12話
その日からあたしは、恋愛に関する感情をひたすら分析し続けた。正確な出力をする為に、加賀美さんたちお店の同僚や、お母さんや研究チームの人たちや、ミヤちゃんとカナンちゃんに、“好き”や“恋”がどういうものかを聞いた。
「特別に思うこと」「会うとドキドキする」「胸がぎゅってなる」「仕草にキュンってする」「どんな時でも会いたくなる」「ずっと話していたくなる」「ずっとその人のことばかり考えてしまう」と色々教えてくれたけど、擬音は未だによくわからないし、ぎゅってなるのは胸の筋肉の動きなのかって聞いたら、「違う!」って凄く怒られた。他のことに関しても、友達にも同じようなことが当て嵌まるんじゃないかと思って、その違いを分析し始めたけど、適当な出力ができない。
ヒューマノイドと人間の生き方の違いからも分析してみようとしたけど、あたしの性質上、考え方が堅くなって、どんどんほしい出力から遠ざかってしまった。
出力に行き詰まったあたしは、困った時の頼りの綱である、博物館の彼女の元へ行った。これまで何度か頼って、必ずしもほしい出力をくれた相手ではないけれど、同属の彼女なら何かしらヒントとなることを知っているんじゃないかと思った。
「ねえ。貴方は、恋愛の“好き”が何なのか知ってるの?」
「勿論、知っているわ。“好き”とは、心が惹かれること、気に入ることよ」
「だから、意味は調べればわかるってば。貴方は、特別に“好き”だと思える人はいなかったの?」
「いたわ。私は、人間が好きよ」
彼女は、いつもと寸分の違いのない微笑みで答えた。でも、感情の起伏があまりないように聞こえて、あたしにはプログラムされた答えとしか思えなかった。
「それは、特別な“好き”なの?」
「元々人間は、私たちにとっては特別な存在よ。好きなのは当たり前だわ」
「貴方はなんでそう思えるの?」
「人間に好意的に接することができるよう、プログラミングされたからよ」
「プログラミング……」あたしは首を振った。「そうじゃなくて。あたしが知りたいのは始め方なの。何をどうしたら“好き”になれるの?どういうことが“好き”なの?あたしなら何を特別に“好き”だと言えるの?」
あたしは彼女に明確な答えを求めた。明確じゃなくてもいい。経験でも憶測でも何でもいいから、教えてほしかった。けれど。
「……私は、人間が好きです。私を人間に好きになってもらう為には、私は人間に好意的な存在だと認めてもらわなければなりません」
「え……」
彼女は答えとは程遠いどころか、基礎学習プログラムにある模擬回答を適当に選択して口にした。
そうだ。彼女がINDタイプだと言っても、30年以上も前に造られたプロトタイプだし、ソフトウェアはその当時のもので、アップデートなんてそんなしょっちゅうされてはいない。今は最前線から排除されて、こんなところで展示物にされて、彼女の本来の仕事をしていない。そんなヒューマノイドに、プログラミングされた感情しか知らない彼女に、概念なんて聞いても端から意味がなかったのだ。そんなことは、ちゃんと考えればわかった筈だった。
あたしはがっくりと肩を落とした。
「あなたは“幸せ”を知っていたから、特別な“好き”も知ってるのかと思った。“幸せ”も、プログラミングされた感情だったんだね」
あたしの“幸せ”というキーワードに、彼女は反応する。
「私は人間の為に仕事ができて、幸せだったわ。あなたは今、幸せ?あの時、答えを聞いていなかったけど、あなたにとって幸せは何?」
「特別な“好き”がわからないんだからわかる訳ないでしょ!」
普通にプログラム通りに話す彼女を苛立たしく思って、思わず怒鳴った。周りのお客さんが注目したけど、そんなことは至極どうでもよかった。
彼女は、あたしの気持ちに構わず話を続けた。
「私たちヒューマノイドにとって、人間に好きになってもらうことが幸せよ。そして、与えられた仕事に従事することで、その気持ちに感謝するの。そうでないと、私たちはこの世界に存在できないわ」
「“好き”になってもらったって、その意味がわかってなきゃ感謝なんてできないよ。同じ質で気持ちを返せないよ」
「意味なんてわからなくてもいいのよ。人間のおかげで私たちが存在しているんだから、そんなことを考える必要はないの。私たちはただ、自分の役目を果たす。無駄なことは考えずに、合理的であればいいの」
(合理的……)
「そんな風に考えられる貴方が、羨ましいと思うよ」
「そう思うのは、貴方の確たる存在理由の所為ね。不完全なあまりに、迷子になっているのよ。貴方も私たちと同じように造られた方が、幸せだったのかもしれないわね」
彼女からの同情の言葉に、とても共感してしまった。合理的な思考ができる、普通のヒューマノイドで生まれたかった。少しでも、そう思ってしまった。
あたしは博物館を後にした。買い物客で賑わうモールの建物を出ると、走り出したくなって駆け出した。
(あたしって、何で不完全に造られたの?橋渡しが目的だったとしても、最初から人間を理解できるようにプログラミングしておいてもよかったんじゃないの?本当に不完全だった必要はあったの?)
歩く人たちの間を縫って走った。何処に向かうかも決めないで、ひらすら走った。
(どうしてあたしは、こんなに悩まなきゃならないの?誰か教えてよ!)
人間に聞いても、ヒューマノイドに聞いても、考えても、考えても、何もわからない。抵牾しくて、苛立たしくて、自分の価値を見失いそうだった。
「痛っ」
「ごめんなさい!」
走り続けていたら、途中で人にぶつかってしまった。謝ってその人を見たら、思いがけない人だった。
「西銘くん」
西銘くんはあたしを一瞥したけど、ぶつかったことは何も言わずに、あたしを無視してまた歩き出そうとした。あたしは反射的に、彼の腕を掴んだ。
「待って西銘くん!」
「んだよ」
「少し、話そう?」
あたしには、他にも解決しなきゃならないことがあることを思い出した。
西銘くんは舌打ちして不機嫌な表情をしたけど、面倒臭そうにしながらも歩道脇のベンチに一緒に座ってくれた。両手は上着のポケットに入れて、顔はそっぽを向けて、あたしと話したくないと態度で示していた。
「会ったの、小学校以来だね。元気だった?」
「……」
「この前襲われた時は、驚いた。西銘くんは、本当にジャカロの人なの?」
「そうだけど」西銘くんは、少しも誤魔化さずに肯定した。
「なんであんなことしたの?」
「お前んとこの研究所が、オレたちの要求を受け入れなかったからだ。なのに、また無視しやがって。器物損壊罪で起訴とか、ふざけてんだろ。代表も怒ってるんだからな」
「また、あたしの腕を折る?」
「結局、決めてんのは官庁の偉いやつなんだろ。お前の腕や足を何本折ったって、状況は変わらねぇ。代表もそれを十分承知してる」
繰り返す訴えを何度も退けられて、ジャカロも遺憾に思っているようだった。あたしも、動力源のことをなんとかしてと何度も訴えていたから、少しはその気持ちはわかった。
「ジャカロはなんで、AIやあたしたちヒューマノイドが嫌いなの?あたしたちは貴方たちに、どんな悪いことをしたの?」
「ネット接続できんだろ。そのくらい自分で調べろよ」
「調べたよ。でも、直接聞きたい」
襲撃事件があって仕事に行けなかった時に、ジャカロのことは検索して調べた。でもそれは第三者の目線での記事だったから、当事者の気持ちはそんなにクローズアップされていなかった。だから、身内の西銘くんに直接聞いてみたかった。
西銘くんはまた舌打ちした。けれど、やっぱり面倒臭そうにしながらも話してくれた。




