2話
今から十八年前このこと。会社の社長であり研究所所長でもある私の母・亞記が急逝し、当時十七歳の私が後継者になったばかりの時のことだ。総務省国際戦略局技術開拓事業促進室の由利慧比古とまともに話したのも、この時が初めてだった。
「人間と同じように成長するヒューマノイドを造れ?」依頼された私は、眉間に眉頭を寄せた。
「はい」
「それは、母も祖父母も開発を諦めた筈です」
「そうです。しかし、リベンジをして頂きたいのです」
お堅い行政官の出で立ちで、仏頂面の由利はそう言い放った。
人間と同じように成長するヒューマノイド。それは、人間が学習するペースとAIの学習ペースを同調させ同じ場所で学ばせるだけのものではなく、身体的にも成長を同調させる。つまり、全てが人間と同じように成長するヒューマノイドということだ。
私は七歳年上の行政官の由利に対して、呆れて溜め息を吐いた。
「何を依頼に来たと思ったら……先代たちが諦めて、その開発計画は中止になった筈ですよ?と言うか昔から思ってましたけど、よくそんなバカなことを考えましたよね。SF作品の観過ぎじゃないですか?無理です。お断りします」
当時の私は、誰に対しても物怖じしない肝が据わった少女だった。別の言い方をすれば、クソ生意気なガキだった。三十代半ばになった現在でも、丸くはなっていないけど。
「貴方には無理なのですか?」
「だからそう言ってるじゃない」
私は腕を組み足を組み、相手を逆撫でする不遜な態度を取った。年下のクソ生意気なガキが、行政官の自分にそんな態度を取っているというのに、由利の表情は眉一つ動かさなかった。
「私は、貴方だから頼みに来たのです。躑躅森未閖博士。貴方は、世界中が天才と認めたあの躑躅森亞記の長女。しかし貴方は、ただの天才の子供ではない。六歳で飛び級で大学に入り、一年後にヒューマノイド開発にも携わり始め、そして十歳で大学院で博士号を取得し卒業。僅か十年で、その秀抜した頭脳は本物だと証明されています」
ずっと仏頂面だから、私をヨイショしているのか、ただ生まれを語っているのか判断できない。
「躑躅森未閖さん。貴方は何の博士号を取得したのですか」
「AIやヒューマノイドといった、シビリロジー技術のよ」
「それは何故ですか。祖父母や母親が、開発に心血を注いでいたのを見ていたからではないのですか。先代らがひとつも成し得なかったことが、悔しかったからではないのですか」
「そんなのはそっちのの勝手な……」
「母・亞記さんの死後、貴方は会社社長だけでなく、研究所所長にも就任した。研究所を受け継いだのも、そういう理由からではないのですか」
表情一つ変えず凪みたいな感情で言うくせに、由利の言葉は私の心を揺さぶった。同時に、母や祖父母、研究者たちが寝る間も惜しんで開発に専念していた姿を自分の脳裏に甦らせた。
「私は、貴方なら実現可能だと確信しています。貴方は日本の希望です。そして世界の道標にもなれる」
日本は当時以前から、AI受容派とAI拒絶派で二分していた。
2020年代初頭に内閣府が制定した、新たな社会を目指す計画「Society5.0」。その実現により、諌薙市と東京を中心に日本全国に先端技術を利用できる環境が整備されたからだった。国民は大半が受容派だが、一部強行的な移行があった為に反感を持った人間が拒絶派となったのだ。政府は、反感を持った拒絶派にもAIが友好的な対象であることを知ってもらうべく様々な試みをしていたが、根強い思想は現在も残っている。その新たな対策プロジェクトとして、人間と同じように成長するヒューマノイドが発案されたのだった。
私は不遜な態度のまま沈黙した。そして、数秒の熟考で答えを出した。
「……わかりました。引き受けます」
「ありがとうございます」
研究・開発は、母が亡くなる数年前までやっていた。その時の研究資料や日報は残っていたので、それを元に開発は再開されることとなった。
「博士。一つだけ、追加でお願いしたいことがあります」
「何ですか」
「ヒューマノイドの動力源なのですが───」
こうして、ヌアーチェア・プラティカブル・タイプヒューマノイドの開発が再び始まった。途中、私が事故で両足切断という緊急事態もあったが、ヒューマノイド用に開発していた足を義足にしてインターフェースで動かせるかを自身で試す機会にも恵まれ、開発は進んだ。