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1:放課後の教室はお喋りがはかどる

 ――わたしが失恋した日から、もうすぐ一年が経つ。


 明日提出の課題の存在は一旦忘れて、隣から聞こえる声に耳を澄ませた。


「【好きな人に意識してもらう方法】……気になる相手に『好きになったら困りますか?』と聞いてみましょう。告白をしたわけではないので、相手は強く断ることができません。その上で、あなたの好意は確実に伝えられます。好意を伝えられると、ドキドキしてしまいますよね? 相手もきっと、あなたのことを意識してしまうはず!……と。なるほどね」


 ここまで音読した親友の古賀菜月(こがなつき)が、画面をスクロールする指を止めた。

 しばし考えた後、一言。


「これは初心者向けではない」


 ですよねぇ。わたしも思った。

『好きになったら困りますか?』なんて聞いて――


「相手に『困る』って言われたらどうするん?」

「『困らせちゃおっかな〜』って言うんだってさ」

「想像しただけでお腹痛い」

「今度やってみよ〜」

「なっちゃん恐ろしい子」

(りん)もやればいいのに」

「修行が足らんのですよ……」


 恋愛だろうが何だろうが、チャンスを掴む人間というのは、それだけ努力をしているものだ。

 気になる相手に「困らせちゃおっかな〜」と言えるのだって、経験と努力を積み重ねてきた自信からだろう。へなちょこなわたしには不可能だ。


 隣からなっちゃんのスマホを覗き込むと、検索ボックスには『好きな人』『片思い』『告白』など、様々な単語が並べられている。


 数分前までは高校生らしく課題に取り組んでいたのだが、今は完全に雑談モードだ。

 先生不在の放課後の教室は、勉強よりお喋りがはかどる。恋愛ネタが絡むと、さらにはかどる。


 なっちゃんは「好きな人に意識してもらう方法ねぇ……」と呟いた後、向かいに座る奥村直斗(おくむらなおと)に話しかけた。


「奥村、話聞いてたでしょ。『好きになったら困りますか?』って聞かれるの、男子的にどうよ?」

「んー。駆け引き系面倒だから、可愛い子に告られたらそっちに行く」

「チャラ男に聞いたのが間違いだったか」

「あらやだ、明日がホワイトデーなのをお忘れかね? チャラ男とか言う子には義理チョコのお返しあげませーん」

「意地でも取り立てる」

「借金かて」

「十倍返ししか認めない」

「破産させる気か」


 なっちゃんと奥村くんの会話を聞いて、明日がホワイトデーだということを思い出した。バレンタインデーと比べると、なんだか影が薄い気がする。

 けれども女子生徒からの人気が高い奥村くんにとってはビッグイベントに違いない。大量にもらった分を返さなくてはならないのだから。


「奥村くんホワイトデーのためにバイト頑張っとったもんね。お疲れ」

「……まじで疑問なんだけど、なんで江藤(えとう)ちゃんみたいないい子が古賀と仲良しなん? 大丈夫? 弱み握られてない?」

「あんたの弱みを握ってやろうか」

「そんなものはございませーん」

「どーだか。元カノ達に聞けばいくらでも出てきそうだけど。ていうかあたしと凛のこと言うなら、あんたと花田(はなだ)が仲いいのだっておかしいでしょ。『チャラ男』と『無理男』なんだから。ねえ?」


 なっちゃんに同意を求められ、ビクッと肩が揺れた。正確には急に出てきた名前に反応したのだが。


「あー。確かに花田と奥村くんは、性格似てないよね。二人ともモテるけど」


 へへっ、と曖昧(あいまい)に笑って返す。

 なっちゃん達は特に気にした様子もなく、会話を再開した。――しっかりしなきゃ。絶対バレたくない。なっちゃんにも奥村くんにも……花田にも。


 正面でいちごミルクを飲む花田陽介(はなだようすけ)にちらりと視線を向けた。

 彼はこちらの話に入ることもなく、真剣な表情でプリントを見つめている。あ、また落書きしてる。


 センター分けの黒髪が、今日も惜しげもなく花田のおでこを見せてくれる。彼のおでこや薄い耳を可愛いと感じるのは、わたしだけかもしれないし、みんな同じかもしれない。

 髪だって、色はわたしと大差ないはずなのに。なぜ花田のものだと、特別に見えてしまうのだろうか。


 無意識のうちに花田を凝視していると、彼の手の中にある紙パックがズコーッと音を立てた。

 中身がなくなった証拠だが、花田は真顔でストローを吸い続ける。いや、もう終わってるから。そんなに吸っても何も出てこないって。口尖ってるの可愛いから勘弁して。


「花田、そろそろ吸うのやめないとオエってなるよ」

「なる手前でやめる」

「事前にやめい」

「じゃあやめるから自販付き合って」

「まだ飲むん?」

「おう。勉強のしすぎで糖分足らん」

「お兄さん、五問目までしか埋まってないですぜ」

「江藤が解くの早すぎなだけ。やっぱ頭ええな」

「褒めても千円しか出ないよ」

「出るんかい」


「そこは何も出ないだろ」と、花田が喉を鳴らす。

 くそぅ、かっこいい。可愛い。


 わたしは一体、何度(もだ)えればいいのだろうか。こんな自分の考えがバレては困るし、困らせる。

 だから顔には出さないように気を付けて「自販行っちゃいますか」と花田を誘った。


「本当に一緒に行ってくれんのね」

「お友達ですけん」

「さすが。持つべきものは江藤。一家に一人江藤」

「わたしゃ家電っすか」


 なっちゃんと奥村くんが飲み物はいらないと言ったため、花田と二人で席を立つ。


 ――あんなことがあったのに、よく友達になんてなれたなぁ。繊細(せんさい)なつもりだったけど、わたしって神経図太いのかも。


 今は毎日がそこそこ楽しい。友達だと割り切ってしまえば、花田と仲良くできるから。

 このまま友達でいれば花田も笑ってくれるし、二度と傷つくことはない。

 ただ楽しくて、ほんの少し、(むな)しいだけ。



 ――わたしは一年前、花田にこっぴどく振られている。

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