第4話『戦士イツカ』
城塞都市エリゥのギルドで冒険者登録を済ませた俺は、受付に簡単な説明を受けていた。
そもそも冒険者には命の危険がつきまとう為、ソロでの行動は推奨されないらしい。
基本的には登録が済んだら仲間を募り、パーティを組むのがオーソドックスな形なのだとか。
続いて離職率の高さ。依頼中に命を落とすことも多いが何より、初めての依頼を達成した直後に辞める冒険者が多いらしい。
魔石を売り払ってある程度の金を手にしたあとは大抵、他の仕事に流れてしまうという。
そういった事情がありながらも長年生き延びたベテラン冒険者に憧れる若者は多いらしい。
そんな若者たちが新規の冒険者として殺到するため、ギルド管轄地にモンスターが溢れるといった事態は稀なのだそうだ。
ちなみに、ここのギルドは強いモンスターが多く、大体十年も続ければベテランとして名を残せるらしい。
と、一通りの説明を受けたが、剣も振れない俺とパーティを組みたがる物好きはいないだろう。探す価値は十分あるが……。
スマホが思った以上に高値で売れたので、一週間ほど様子見のつもりで行動することにした。
まさかとは思うが盗賊のグランデル達が血眼になって俺を探さないとも限らない。
しばらくはギルド脇に居を構える酒場『クランベリー』と近くの安宿、それからギルドの依頼書掲示板を往復して情報を集めた。
しかし残念ながら俺を受け入れてくれそうなパーティなんてどこにも無い。
実績を作るしかないと思った俺は、なけなしの金で買った剣を腰に下げて依頼を受けてみようと思い立った。
楽にこなせそうな依頼は無いものかとギルドで掲示板を眺めていた時、一人の男が俺に近づいてきた。
「よっ、有名人。冒険者としての第一歩を踏み出せずにいる、って所かな?」
「アンタは?」
「俺はイツカ、流れものの冒険者さ。面白い奴が居るって聞いてな」
イツカと名乗る茶髪の男は、傷だらけの大盾と剣を背負い革の鎧を身にまとっている。
ぱっと見たところ年齢は俺の二つほど上か?素朴な顔付きに似合わない筋骨隆々の体躯は、歳が近いとは思えないくらい迫力があった。
丸太のような腕を持つこの男は値踏みするような眼で俺を見る。
「いい事を聞いた。俺はテオ、仲良くやろうじゃないか」
握手を求めて右手を差し出す。本心だ。どうせ後がないならこの男とパーティを組んでしまおう、なんて調子の良い事を考えていた。
イツカは俺の差し出した右手を握り返す事はせずに顎に手をやって少しの間考えた後、口を開いた。
「聞きたいことは山ほどあるんだが、立ち話もあれだろ?場所を変えて話そう」
◇
所変わっていつもの酒場『クランベリー』でイツカと席についた。
昼間のここは客もまばらで密談にはうって付けだ。酒も頼まずにイツカが切り出す。
「テオ。最近幅を利かせていたグランデル盗賊団の下っ端が捕まったそうだ。遺跡がどうとかって貴族に食い下がってるんだと」
そうかそうか。それはまずい、最悪だ。俺を襲おうとした奴らじゃないか。
下っ端が俺の名前を吐いたのなら、根も葉もない噂の当事者にさせられた貴族連中に目をつけられてしまう。
くだらない噂だろうが、顔に泥を塗られた貴族様が何をするかなんて分かりきったことだ。
もしかすると冒険者ギルドにお尋ね者として賞金が掛けられるかもしれない。しかし目の前の男が敵か味方か分からない以上、動揺を見せる事は許されない。
もし仮に裏で捕縛の依頼が出回っていて、それをイツカが受けていたとしたら……?
俺はいつでも逃げ出せるようにこっそり椅子から腰を浮かせた。
「それは良かった。盗賊なんていない方がいいに決まってる」
「そうだな。……そいつの話じゃ、異能持ちと取引したんだと。荒野で遺跡を漁り放題だってな」
「ははっ、面白い噂じゃないか?遺跡なんてこの辺りにあるはずないだろうに」
「……知らない振りはよせよ、テオ。俺は本当のところを知りたいだけだ」
終わった。イツカはホラを吹いたのが俺と分かって話している。
ここは今すぐ逃げるか?だがどこへ?運良く街を出た所で、約束を反故にした盗賊共に嬲り殺しにあうのが関の山だろうな。
「……どこまで知ってる?」
イツカは俺の言葉を聞いて満足気に笑う。
「そう来なくっちゃな。俺に分かってるのは、お前が盗賊どもを出し抜いたって事ぐらいさ。ありもしない遺跡の話だってそうだが、スキルの所からホラなんだろ?よくそんな危ない橋を渡ったな」
ぞくり、と全身が粟立った。ハッタリを全て見抜かれた。目の前のコイツだけは騙せない。事実を話して誠意を見せよう。
「降参だよ、大正解だ。そこまで分かってて俺に話しかける理由は?盗賊共か貴族様に俺を引き渡すだけで、それなりの金が入るだろ」
「話が早くて助かる、問い詰めるような真似して悪かった。こっちも立て込んでいてな。俺ともう一人は決まってるんだが、信頼できるパーティメンバーを探してる」
冒険者たちはパーティで命を預け合って行動するが、悲しいことに全てのパーティがそうじゃない。
魔石に目がくらんで依頼中に仲間を手にかける事態も珍しくはないそうだ。
盗賊との関わりが噂される俺や流れ者のイツカが組める相手は決まって、そう言う仲間殺しの連中なんだろう。
しょっ引かれる未来を思って絶望していた俺からすればイツカと協力出来るなら願ったり叶ったりだ。
装備のくたびれ具合を見るにイツカは相当腕が立つ。歴戦の風格って奴だ。俺のハッタリを見破ったその思考回路も素晴らしいの一言だ。
イツカは俺にとって最高のパーティメンバーになるだろう。
……ただ、俺はイツカにひとつだけ伝えなきゃならない。ここが一番の問題だ。
俺は鉛のように重たくなった口を開く。
「誘いに乗りたいのは山々なんだが……。俺、剣を握った事がないんだ」