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魔女に呪われた少女と、美しい支配人と  作者: 柳葉うら
第二部 秘密の庭の肖像画
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跡継ぎ令嬢は氷の公爵閣下と出会う

更新お待たせしました!

 それは、ブルーノと一緒に氷菓子を食べに行った帰りのことだった。


「ジルダ……?」


 通りがかった男性に声を掛けられた。


 よもやその名前で呼び止められるとは、思いも寄らなかった。

 一瞬にして頬の肉が強張るのを感じる。


 ゆっくりと頭を動かして見上げると、紺色の髪に金色の瞳を持つ美貌の男性が立っていた。


 王国騎士団の制服に身を包んでおり、腰には剣を下げている。

 胸元に刺繍されているのは、剣に尾を絡みつけているドラゴンの紋章。


 ドラゴンの瞳がロゼッタを捕らえている。


「……人違いですわ」

「そうだね。私の知っているあの人はもう居ないというのに……彼女の髪の色は白金色だったというのに、君を見ているとなぜか思い出してしまったよ」


 その眼差しはロゼッタに向けられているものの、どこか遠くを見ているように感じられた。


 この眼差しの意味を知っている。

 そう予感したロゼッタは、ごくりと唾を飲み込んだ。


(この人は、ジルダ殿下に近い人だったようね……)


 どくどくと心臓がけたたましく音を立てて脈を打つ。


 緊張に体を強張らせているロゼッタに向かって、男性は胸に手を当てて騎士の礼をとった。


「素敵なお嬢さん、お名前を教えていただいても?」

「騎士様に名乗るほどではありませんわ」


 知らない人に名前を教えてはいけないとダンテから言われていた。

 その教えを抜きにしても、目の前の人物に知られるのはよくないと直感が告げてくるのだ。


 それなのに、男はうっすらと笑うと、


「私はファウスト・シルヴェストリ。第一騎士団の団長をしている」


 と自分の名前を告げた。


「シルヴェストリ……公爵閣下……」

「おや、私が当主なのをご存じでしたか」


 驚きのあまり、あんぐりと口を開いてしまった。

 

 シルヴェストリ公爵家とは、ディルーナ王国に二つしかない公爵家の一つだ。

 さらに驚くのは、シルヴェストリということはつまり、ファウストはリベリオの兄ということになる。


(全然似ていないわ……。本当に兄弟なの?)


 常に微笑みを湛え、優美で女性と見まがう美しさを持つリベリオとは異なり、ファウストは冷たい眼差しが印象的な涼やかな顔立ちの美丈夫だ。


 顔立ちはさることながら、性格も陽気なリベリオとは正反対のようだ。

 獰猛な肉食獣のような力強い気迫に、思わずたじろいでしまいそうになる。


「先日は路地裏でお会いしましたね。あの時はご挨拶ができず申し訳ございませんでした。どうかご無礼をお許しください」

「い、いえ……。わたくしのような者にそのように畏まらないでくださいませ」


 自分は身分を明かしていないとはいえ、相手は公爵家だ。

 どのように対応していいのかわからず逡巡する。


「……お嬢さんは、私の名前を聞くだけ聞いて立ち去るんですか?」


 暗にマナー違反を指摘されてしまい、おませな少女のプライドが疼いた。


 そう言われてしまうと名乗らないわけにはいかない。


 バルバート家の人間として、そして次期支配人として、恥の無いように振舞いたいのだ。


「こちらこそ、先に名乗らせた無礼をお許しください。わたくしはロゼッタ・バルバートですわ」


 挑発するような瞳を見つめ返し、悔しさを滲ませながらそう答えた。


「なるほど、バルバート男爵の……」


 ファウストがそう呟きながらロゼッタに手を伸ばすと、ブルーノがすかさず目の前に立って制する。


「ブルーノ、わたくしは大丈夫だから下がりなさい」

「……」

「いいから、下がるのよ」


 それでも微動だにしないブルーノに、ロゼッタは焦りを覚えた。


 自分はともかく、平民のブルーノが貴族に――公爵家の人間にたてつけばどうなるのかわかっている。


 大切な護衛を守りたい一心で、ロゼッタはブルーノの上着の裾を引いて戻るように訴えかける。


「――なるほど、主人の命を最優先にして己の命を差し出すとは、よくできた番犬だ」

「聞き捨てなりませんわね。ブルーノは犬ではなくてわたくしの護衛ですわ。この無礼でおあいこじゃなくて?」


 本音を言えば恐ろしくて仕方がないのだが、背筋を伸ばして顎を引き、毅然とした態度で挑むように睨みつけた。


 ファウストからすれば仔猫に威嚇されているようなもので何ともない。

 しかしファウストは口元を綻ばせると、片手を胸にあてて深く頭を下げた。


「小さな貴婦人、どうか私の非礼をお許しください。お詫びのしるしにお茶をさせていただけませんか?」

「今度また、偶然お会いすることができましたら、よろしくお願いしますわ」

「随分と手厳しいですね」


 さも会いたくなさそうな顔をしているロゼッタに柔らかく微笑むと、部下らしき騎士たちを引き連れて去っていった。


(どうにか嵐が去ってくれたわ……)


 何事もなくやり過ごせ、安堵の溜息をついた。


 そんなロゼッタの周りでは、平民も貴族も目を丸くしてロゼッタを見ている。


「氷の公爵閣下が微笑んでいたよな?」

「あのお方が人間に興味を持つこともありますのね」


 見物していた人だかりからそんな声がこぼれてくる。


「氷の公爵閣下?」

「あのお方の通り名だよ! ぜんっぜん笑わないのさ」


 聞きなれない名前に首を傾げるロゼッタに、側に居た行商人が教えてくれた。


 氷の公爵閣下ことファウスト・シルヴェストリは人の心を持たない。


 王国の剣としての使命を果たすこと、それだけのために生きている人間なのだ、と。

 そのためか、妻にも子どもにも関心を示さないようだ。


(厄介な人と出会ってしまったようね)


 今後はなるべく会わないようにしたいものだ。

 そう願う一方で、ふと、シルヴェストリ公爵家にまつわるとある話を思い出すと興味を抱いてしまう。


(あの人もまた、オスカルの支援者《パトロン》をしているのよね?)


 まだ見たことの無い作品を所有しているのかもしれないと思うと、どうしても気になってしまうのだった。


 去り行くファウストの背中を見つめるロゼッタを、ブルーノは傍らで見守っていた。

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