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魔女に呪われた少女と、美しい支配人と  作者: 柳葉うら
第一部 女神の秘宝
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拾われ令嬢は誘惑してみた

 麗らかな午後、ロゼッタは書斎ライブラリーで歴史の授業を受けており、今しがた終わったところだ。


 朗らかに笑う優しいお爺さん先生が書斎ライブラリーから出ていくと、部屋にはロゼッタとブルーノとナナだけが残される。


(誘惑するなら、今ね)


 ロゼッタは機会を窺っていたのだ。


 抱き上げようとしてしゃがんだブルーノの首に腕を回す。


 彼の身体が一瞬固まった。

 突然のことで驚いてしまったのだ。


 瞳を潤ませたロゼッタは顔を上げて、じっと空色の瞳を見つめる。


「ブルーノ、私のお願い聞いてくれる?」

「……」

「ねえ」

「……」


 全く反応がない。


 それどころか、ゆっくりと優しく手を離されて、黙ったまま部屋を出てしまった。


(怒ったかしら? 何も言わないからわからないけど……)


 期待と不安が半分ずつ。

 観察してみるが、彼の気持ちは掴めなかった。


 ブルーノは扉を閉めると廊下の壁に寄りかかり、心臓の辺りを鷲掴みにしてよろけた。


「……っ」


 胸が苦しくて仕方がないのだ。


 隻眼の護衛、ブルーノ。


 かつて白銀の死神と恐れられ、何にも心を動かされない氷の心を持つと言われたこの男は――ロゼッタが可愛すぎて死にそうだった。

 

 息が止まるんじゃないかと思った。いや、一瞬止まってた。


「よく耐えたましたね、ブルーノさん。私なら陥落してます」


 部屋から出てきたナナが肩を叩いて労った。

 可愛いロゼッタを見られて嬉しかったらしく、口元がニヨニヨとしている。


 扉の外でそんなやり取りがされているのを知らないロゼッタは、首を傾げた。


(おかしいわね。嫌そうな顔をしてないわ)


 戻ってきたブルーノの顔を見てみるが、いつもと変わらない。


「……お願いとは何でしょう?」

「やっぱりなんでもないわ」

「……」


 ブルーノは眉尻を下げる。

 そんな顔を見せられるといたたまれない。


「思い出したわ。イチゴ水が飲みたかったの」

「……」


 例のごとく上目遣いで見つめられるが、ロゼッタは気づかないふりをした。


 折れたブルーノは彼女を抱き上げると、居間パーラーに連れていき、使用人にイチゴ水を頼んだ。


(ダンテなら嫌がるかしら?)


 ソファに腰かけ腕を組んだ小さな悪女は、次の獲物を狙うことにした。



 ◇

 


 夕食を済ませたロゼッタは、居間パーラーでダンテの帰りを待つことにした。

 

 時計がコチコチと規則的に打つ音を聞いてると眠くなる。

 船を漕ぎそうになった時、ダンテの帰りを出迎える使用人たちの声が聞こえてきた。


 居間パーラーから飛び出し、お出迎えする。


「おかえり、ダンテ!」


 精一杯背伸びして腰に抱きつく。戸惑うダンテを、潤んだ瞳で見上げた。


「あのね、お願いがあるの」

「フ……フン、なんだ頭を打ったのか?」


 憎まれ口を叩きながらも、さっと彼女を抱き上げた。もちろん、横抱きで。

 さながら、お姫様を抱っこする王子様のようだ。


 花の妖精のような少女と花の顔の男爵の微笑ましい様子に、メイドたちから「きゃあっ」と歓声が上がる。


(あ、あれ? なんだか嬉しそうよ?!)


 いつもの数倍も機嫌が良さそうな声なのだ。


 それどころか、エメラルドのような瞳がトロンと甘い視線を送ってきて、今度はロゼッタが困惑する番となった。


「で、何が欲しいんだ? いくらでも言ってみろ」


 別に欲しい物があるわけではない。

 強いて言うなら、嫌って欲しいわけで。


(な、なんで嫌がらないのっ?!)


 そこではたと気づいた。

 抱きつく力が弱すぎて嫌がらないのではないか、と。


 誘惑の本当の意味を知らない少女はそう勘違いした。


 腕力云々の問題ではないのだが、ナナの全年齢向けの説明だけではそう考えるしかなかった。


 何も言わずにダンテの首に腕を回して、ピトッとくっついてみる。


「なんだ、急に甘えるようになりやがって」


 ますます上機嫌になって、頬にキスされる。それも、右の頬と左の頬のどちらも1回ずつ。


 あまりにもの甘々っぷりにロゼッタは撃沈した。


 チラと周りに視線を走らせると、見ていた使用人たちは可愛い悪女の姿に悶絶していたのだった。


(なんで誰も嫌そうな顔をしないの?!)


 みんな笑顔なのである。 

 誘惑する悪女は嫌われて、みんな顔を顰めて見てくるはずなのにも関わらず。

 

 ラヴィに至っては、2人が実の親子のように歩み寄り始めていると思って、嬉しさのあまり涙ぐんでいた。


 この夜、バルバード邸は幸せな空気に包まれたのであった。


 ただ1人、ブルーノはダンテにロゼッタを盗られてしまい、モヤっとした気持ちになっていたのだが。


(おかしいわ。どうして嫌いになってくれないの?)


 ロゼッタはダンテの腕の中で遠い目になる。


(エルヴィーラはどうかしら?)


 試してみる価値はある。

 ヤケを起こした小さな悪女は、次の獲物を狙うことにした。



 ◇



 翌日、家に招いてくれたエルヴィーラに、会うなりすぐに抱きついてみた。


「ねぇ、エルヴィーラ、お願いがあるの」

「……くっ」


 潤ませた瞳で見上げたとたん、エルヴィーラは胸に手を当てて苦しそうにする。


「エ、エルヴィーラ、大丈夫?」

「ああ、気にするな」


 その時、自分が放った見えない矢が心臓を撃ち抜いていたことを、ロゼッタは知らない。


 戦いの女神と謳われるディルーナ王国第二騎士団の団長、エルヴィーラ・ロランディ。


 こちらも小さな可愛い悪女に悶絶している。

 しゃがんで目線を合わすと、ぎゅっと抱きしめてくる。


「どうしたんだ。なんでも言ってみなさい」


 そう言って、優しく頭を撫でてくれた。

 しかも、聖母のような慈悲深い微笑みを浮かべている。


 こんなはずじゃなかった。

 予想外の反応に返事が詰まる。


 ロゼッタはたじろいだ。


「え、えっと……もっとお話ししたい」

「そうか、ロゼッタとならいくらでも一緒にお話ししたいぞ」


(おかしいわ。なんで誰も嫌がってくれないの?!)


 ナナに聞いた通りにしてみたのに、誰も嫌がってくれない。

 何かが間違っていたのだろうか、それとも、ダンテたちは他の人たちとは違うのだろうか。


 ロゼッタは頭を抱えたくなった。


(何が間違っていたというの……?)


 エルヴィーラに頬ずりされながら遠い目になった。

読んでくださってありがとうございます(*´ω`*)

「面白い!」や「続き気になる!」って思っていただけましたら感想もしくは評価いただけるととても嬉しいです。

何かしら反応をいただけると更新の励みになりますのでよろしくお願いします。゜(゜´ω`゜)゜。

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