私たちのデスメタる日々
すっきりと晴れた、天気が良い日。
私たち、軽音楽部所属のバンド『不条理アドベンターズ』は、学校の屋上で練習をする。
七月も半ばに近づいてきて、女子高生としては日差しを気にしなければいけない。
それなのに何故、こんな太陽に近いところで練習に励むのか。
校舎内に練習場所がないわけでも、暑い気候が気持ちいいドMだからでもない。
私たちが、デスメタルバンドだからだ。
デスメタルは、死体とか地獄とか、とにかくエクストリームな歌詞にエキセントリックな音をのせるミュージックだ。
他者への思いやりを育む学校という教育現場は、私たちのヘルシングな熱いパトスを受け入れる器を持ち得ない。
決して、歌っている姿を見られるのが恥ずかしい、というわけではないのだ。
「ヒナちゃーん、私のドラムがぁぁっ」
ドラムのマキが、屋上を転がる小さなバケツを追いかけて、小さな身体を一生懸命に動かしている。
今日は少し風があるから、ドラムセットとして使っているバケツの中で、一番小さいものが転がってしまったのだろう。
バケツでパトスを表現できるのか、という疑念はあるが、さすがに屋上までドラムセットを持ってくることはできない。
「……ぁっ!」
ベースのナミは、ベースを片手に持ったまま屈んで、ぱたぱたと走るマキに熱視線を送っている。
いま声を上げたのは、おそらくマキのパンツが見えたからだと思う。
なにをしているんだ、この変態は。
このスケベ変態はバンドを組むときに、デスメタルには興味ないけどマキたんが入るなら、と言っていた。
幼稚園の頃からマキたんのストーカー、らしい。
それって幼なじみってことなんじゃないの、と聞いたら、ちょっと頬を膨らませながら、違う私はストーカーだ、と否定された。
よくわからないやつだ。
「ほら、練習はじめるよ」
転がってきたバケツを片手でキャッチして、駆け寄ってきたマキの頭にガボッと被せながら、私は言った。
真のデスメタラーだったら、もう片方の手に持っているギターで、頭にのせたバケツを叩き割るのかもしれないが、まだ私にはそこまでの勇気がない。
高校生になってから三ヶ月、デスメタル歴も三ヶ月、まだまだベイビーちゃんなのだ。
「――ぶはぁ! 死ぬかと思った……」
バケツから解放されたマキは、肩でぜぃぜぃと息をしていて、ナミはその姿を見て静かに興奮していた。
パトスのこもっていない腑抜けた光景に、バンドのリーダーである私は、こいつらの臓物でも引っこ抜いてやろうかと考える。
しかし、それはできない。
いや、人に注意するのが怖いとか、そんなことではない。
マキもナミも、ドラムやベースの腕前は、超スペクタクルなのだ。
それに、一緒にデスメタルをやってくれる子なんて、そうそう見つけられるものでもない。
「あっ、ヒナちゃん。練習はじめる前に……」
屋上のすみに置いてある荷物たちのところに、マキはとてとてと走っていく。
地面に顔が着くか着かないかぐらいに、ナミが頭を下げて、マキのスカートの中を覗こうとしている。
人目があるところでやって、捕まったりしないでほしいなぁ。
あのバンド、メンバーが逮捕されたらしいよ、なんていう噂が流れたら……うん、逆にいいかも。箔がつくし。
「おばあちゃんが、みんなで食べなさいって持たせてくれたの」
てとてとと戻ってきたマキの手には、タッパーが持たれていて。
それをパカッと開けると、中にはもちもちの物体が詰められていた。お餅だった。
どうして、こんな夏の日にお餅が出てくるの? ぽたぽた焼きなの?
「マキたんのおばあちゃんのお餅……好き……」
ぼそぼそと喋りながら、ナミはお餅に手を伸ばした。
そうなのか、得意おやつなのか。
確かに、つやつやもちもちとしたフォルムは、なにかそそられるものがあるが。
「ちょっと待ったぁっ!」
私は、お餅に伸ばされるナミの手を掴んだ。
ビクッと驚いた様子で、手を掴まれたナミと、おばあちゃん子のマキが私を見る。
「どうしたの? お餅嫌いだった?」
「それなら、私とマキたんが仲良くお餅を分け合う姿を……指を咥えて見てればいい……」
それぞれが見当違いなことを、私に言ってくる。
こいつらは……まったく、なにもわかっていないようだ。
「あのね、私たちがやってる音楽は、デスメタルなんだよ?」
私の言葉に、二人は顔を見合わせて、不思議そうな表情を浮かべる。
「おばあちゃんの優しさなんて、完全に相反する存在なわけ。そんなものを食べてから、聴衆を殺せるような音が出せるとは思えない」
「え……? じゃあ、お餅はおあずけ……?」
ナミが、私に縋るような目線を送ってくる。
変態のわりにはつぶらな瞳に、私は怯みそうになるが、なんとか耐えた。
「ええ、マキのおばあちゃんには悪いけど、そのお餅は駄犬の餌にでもしてやるわ」
そんなぁ、とナミが私に縋りついてくる。
スケベのわりには柔らかな感触に、ちょっとだけほだされそうになるが、なんとか耐えた。
「マキ、それを渡しなさい」
ナミを腰にくっつけたまま、私はマキに手を差し出した。
お餅の真っ白な誘惑を、見ないようにして、はね除ける。美味しそうだなぁ。
「えーと、このお餅が、おばあちゃんの優しさだから、食べちゃダメってことだよね?」
タッパーを片手に、マキは可愛らしく、人差し指をあごに当てて言う。
「そうよ。デスメタルに魂をそそぐ者が、食べてはいけない物よ」
「じゃあ、大丈夫だよっ」
私の言葉に、マキは満面の笑みで答えた。
どんな理由で大丈夫だというのか、と私は変な顔をしていたのだろう、マキが理由を言った。
「このお餅はね、ババアをひっぱたいて無理やり作らせた物なんだよっ」
満面の笑みのマキは、クレイジーなことを楽しそうに喋る。
天使のような見た目から飛び出た悪魔的な発言に、私は言葉が出てこない。
「天国に近いババアが、奥歯ガタガタいわせながら作ったって考えると、ずいぶんとデスメタってるんじゃない?」
微笑むマキの異常者っぷりに、私は思わず頷かされてしまった。
おそらくお餅を食べたいがための発言だ、そうわかっているのだけれど。
「ほらっ」
タッパーのお餅をつまんで、マキはそれをうにょーんと伸ばしてみせる。
「このお餅は、ババアの垂れ乳を模してるんだよ。きっと美味しいよっ」
そうだとするなら、あんまり美味しそうには見えなくなるんだけど。
私がちょっと引いていると、マキが私にお餅を渡してきた。
「ヒナちゃん、お食べ?」
私は、思わず受け取ってしまったお餅を、見つめる。
うーん、確かに、マキのおばあちゃんの寿命を食べてるって考えると、それは魔王らしいのかもしれない。
私は、手に持ったお餅に、むしゃぶりついた。
もちもちなのに歯切れがよく、あっ、中にはほどよい甘さのあんこ、つぶあんだっ、うーん……お餅とあんこが口の中で混ざり合って。
「おいしーっ! マキのおばあちゃん、和菓子屋さんでもやってるの? もしやってないなら、今から始めた方がいいよっ」
もう一口食べながら、私は言った。
うん、ホントに美味しい。すごいな、おばあちゃん。
美味しいお餅を頬ばる私を見て、マキも、隣のナミも、きょとんとした顔をしているようだ。
いったいどうした――あっ……!
「ち、違うっ……え、えーと、美味しいじゃなくて……惜しいなって言ったの。ババアの乳を模したものじゃなくて、本物を食べたかった、かなぁって……」
私はしどろもどろに、途中から俯きながらも、なんとか言葉を紡いだ。
おそらく、私の顔は真っ赤になっているだろう。
恥ずかしいな、すぐに赤くなるんだ。
……ちくしょう。
私は、残ったお餅を一気に口に放り込んだ。
うっ、喉に詰まる。
マキに視線を送ると、マキは慌てて、私に水筒のお茶を渡してくれた。
それをガボガボと溺れるように飲む。助かった。
「た、食べたら、練習するよっ!」
二人に背を向けるように、私は言った。
背中の方から、デスメタルに似つかわしくない、元気な声が返ってくる。
まったく、この二人はまだ、デスメタルのなんたるかというものがわかっていないのだろう。
まあ、いい。
私は、この後の練習のために、静かに気持ちを昂ぶらせていく。
私たちのミュージックは、夏の青空に消えていったりはしない。
デスメタルは、地獄に響くヘルシングなエキセントリックさを持つ。
つまり、屋上で放たれたデスメタルは、学校の校舎、中で部活に励む生徒、職員室の教師、すべてを包んで地獄に届ける。
口の中に残るほのかな甘さも、全部、音にして吐き出してしまえばいいのだ。