第7場 ルカウドの恨み言
潮時――どちらからともなく、その言葉が出た。
小屋からは窃盗の証拠が大量に発見され、今はそれなりの人数が森を巡回するだけでなく、王都へ逃げ込んでいる可能性も視野に入れて捜査中とのことだ。残党は確かに気がかりだけれど、もう素人に出る幕はない。区切りとしては悪くないだろう。
あとはどう終わらせるかで、いかにして彼らを納得させるかだ。
「なんて言う?」
寝台の上でだらだらしながら、横に座るルカウドに訊ねた。ルカウドの膝に乗るノアと目が合い、その怠惰な豚でも見るかの視線に、億劫ながら首を上げてルカウドの顔を見る。
「家の事情で故郷に帰ります」
「まあそのあたりが無難かしら。でも食い下がられたらどうする?」
「どうしてですか?」
「だってあんた、通い妻みたいなことしてるのに」
「通い妻? え、え……えぇ?」
そこまで困惑しなくても。
えーとかうーとか唸るルカウドの回復を待つ。
「うーん……ご飯はもう作れないと伝えれば済むでしょう」
「ご飯作らないなら用済みってわけ?」
本当にそう思っているのか。ルカウドは困ったように笑うだけだ。
彼はあなたを好きになり始めていると、教えてあげるべきなのだろうか。
でもルカウドはちっとも残念そうでなくて、むしろ――、
「実はあんた、彼が嫌いでしょう?」
私の率直な感想に、ルカウドは目を瞬かせる。
そう見当違いでもないと思うのだけれど、この子は考えもしなかったというのだろうか。
「別に嫌いでもいいじゃない。嫌いだからって見捨てろなんて言わないし、なんであんたが彼をそこまで庇うのか私にはわかんない」
「彼の態度に、傷付かなかったと言えば嘘でしょう。でもアリアちゃんは大切にしています……悪い人ではありません」
本当に心からそう思っているのなら、どうして私から視線を逸らすのか。
私は起き上がり、ルカウドと正面から向かい合った。
「他の誰に優しかろうが、あんたをないがしろにするなら、あんたにとってはいい人じゃないでしょ。なんかこの人は悪くないって暴力男を庇う女みたい。大丈夫?」
「……」
「そりゃ彼は何も知らないし、面と向かって文句言ってもしょうがないんでしょうけど。でも私にくらい愚痴言ってもいいんじゃないの? 森でも思ったけど、もっと自分を大切にしてよ。もう最後なら、この際言ってやれば? 愛想が尽きたって」
ふんと言い切ると、私は一旦口を閉じた。ルカウドの見解を聞くためだ。
私の視線から逃れるように目を伏せるルカウド。その視線の先には、
「きゅぴっ」
ルカウドと視線が合ったノアが目を輝かせる。すかさず寝転がってお腹を見せた。
「きゅうっ」
「……」
ルカウドはそっとノアのお腹に手を置き、撫でる。
撫でて揉んで抱き上げて、ついには頬擦りを始める。その間ノアは一貫して満ち足りた顔をしていた。
「一つだけ、私の恨み言を聞いてくれますか?」
私は一体何を見せられているのだろうと考え始めた頃、ノアの後頭部に顔を突っ込んだルカウドがぽつりと訊いてきた。
「よし。言え」
「できればもっと優しく振られたかったです」
「それがずっと引っかかってたの?」
「たとえ嘘でも、初めての告白でした。嘘でも、真剣でした。緊張しました。初めてでしたから……きっとこれから先も、ずっと忘れられないと思います」
ノアが邪魔でルカウドの表情はわからない。ただ訥々と語る声に、嘘は感じなかった。
「外見が好みだったせいもあるかもしれません。いっそまったく趣味に合わなければ――」
「はああ!?」
「きゅわあ!?」
ノアまで変な声を出して、しんみりとした空気が一瞬で霧散してしまった。
「好みだったの!?」
ルカウドはノアの頭から顔を上げて私を見た。口許は依然隠れたままだけれど、目を見る限りはいたって真面目に発言しているようだった。
「顔に惚れたわけじゃないって、言ってなかった?」
「もちろん惚れてはいません。ただ、ほどよい中肉中背で、色味も落ち着いていて、過不足なくすっきりしたよいお顔立ちだとは思っています」
改めて彼の容姿を思い浮べてみる。
まずはやはり顔だろう。目は大きくも小さくもなく、釣り上がっても垂れ下がってもいない。鼻も低くも高くもない。全ての部位がそういう調子で、過不足ないというのは言い得て妙だと感心する。
珍しい髪の色は、煌びやかな色が好まれるこの国では評価されづらいだろう。もっと艶があれば銀髪と言い張れなくもないのだけれど、現状はむしろ太陽の光を遮る曇り雲みたいな色だ。
あとは、少しだけ浅黒い肌あたりか。ここより北の国でよくある特徴と聞くから、そちらの血が混じっているのではないかと推測できる。
総合して判断するに――、
「あんたの方が美形よね?」
「否定はしませんが、私の好みではありません」
「そんなに好みなら、もうちょっと付き合ってみたら? もしかしたらいい感じになれるかもよ?」
「ありえません。急にどうかしましたか」
「だってあんたが他人の外見を褒めるなんて珍しいから」
今世はおろか、前世ですらルカウドが他人の顔をどうこう言うのを聞いた覚えがない。
アイドルや俳優にもさっぱり興味を示さないどころか、恋愛の話さえろくにしなかったから顔の好みがあるなんて知らなかった。
「私、あんたはそういう感性が死んでるんだと思ってた」
『他人の感性勝手に殺さないでよ』
ルカウドが顔をしかめる。
「じゃあ性格はどんなのがいい? やっぱり優しい男?」
これについてはぼんやりながら聞いた覚えがある。
『品のいい人』
力強い断言だった。
「たとえば?」
『さり気ない気遣い、清潔感のある身だしなみ、場を弁えた発言……それら諸々を合わせて品のよさ、つまり品性!』
内容自体はもっともだし異論もないけれど、何か根深いものを感じてしまう。
「うん、なんかもう……うん。とりあえず、彼とはこのまま別れるのね?」
『当たり前でしょ』
ルカウドがすぱっと言い切った。
私はそっと、心の中で彼にお気の毒様と告げた。