第33場 若き画家ディナン・中
「これもあなたに仕事を紹介する理由のひとつなんだけどね。あなただって、前みたいに近くで見守れる方が安心でしょ? あんなことがあったばかりだし」
私だって、何もただの好奇心から詮索したわけではない。和解の後押しをしても問題ないか、確認しておく必要を感じてのことだ。
「ちゃんと絵の仕事だけで稼げるようになれば、このままより仲直りしやすくなるよね? 我が家としても、二人が厄介事に巻き込まれないよう、近くで目を光らせてくれる人が増えたらありがたいなって」
何かあったら、十中八九ルカウドが首を突っ込む。そして疲弊する。あんな大事はそうないとしても、なるべく手を打っておくに越したことはない。
「信用してくれるのは嬉しいけど、本当に大切なものを全部他人任せって不安じゃない? 少なくとも、何かあったらすぐ気付ける位置を確保しといた方がいいよ」
「でも……」
だいぶ傾いているけれど、まだ決断しきれない様子だ。
「まあ、あとはあなたの判断に任せます。とりあえず頭の隅に留めておいてもらえる?」
「……わかりました」
「うんうん。じゃあ話を戻すけど、仕事はどうする? どちらか受けてみる? サハリスさんの方は少し特殊だから、できるだけ早く決めて欲しいんだけど」
というのも、サハリスさんの仕事には競合相手がいる。
若手を集めて描かせ、気に入ったものを選ぶらしい。ただし普通の競技会とは違い、選ばれなかった人にも十分な報酬が支払われる。
彼女との会食から帰った母さんにこの件を聞いた時は、あの人らしいなあと思いつつ、詳しい話を聞きたいとすぐ手紙を書いた。
よい肖像画が欲しいだけなら、若手をわざわざ集める必要はない。潤沢なお金とコネを使って、熟練の画家に依頼すれば確実だ。つまりこれは彼女なりの若手支援の一環。
単純な資金援助はせず、競わせることについては彼女の趣味というか。気概を見たいのだろう。栄光は勝ち取ってこそ、みたいな人だから。
「返事を引き延ばすと、印象悪くなっちゃうんだよね。決断力のない人は駄目って。あと参加できる人数も限りがあるから、そっちで締め切られちゃうかもしれないし」
「アナベル様、よろしいでしょうか?」
「もちろん」
サハリスさんの人柄も含めて軽く説明したところ、ハイトラーさんがそっと発言の許可を求めてきた。
「両方お受けになられてはいかがでしょう」
「大変じゃない?」
「納期などの交渉は必要かもしれませんが、できないことではありません。挑戦なさるべきです。あなたにその気があるのでしたら、今回は私が交渉をお引き受けいたしましょう」
提案した者とされた者、二人の視線が交わる。
「……よろしくお願いします」
そして、ディナン・ローパは深く頭を下げた。
「あ、そうそう。あなたの描いた絵、もう一度見せてもらえない?」
「いいですよ。どの絵ですか?」
「青い花の絵が見たいの。でもせっかくだし、見たことない絵もあるなら見たいなあ」
「わかりました。ついて来てもらえますか?」
案内された部屋は、窓が完全に塞がれ真っ暗だった。
布を被せられた絵らしきものが所狭しと置かれている。
「このカプロは、絵の具を退色させづらい特別製なんですよ」
ディナン・ローパが部屋の中心に置かれた大きなカプロを点けると、手近なものから布を取り去っていく。
次々と現れる風景画はどれも色鮮やかで、目移りしながらそれを待つ。
「あ、これですね」
ついに見つかった絵は、あの時と変わらず青に満ちていた。それも濃淡だけでなく、赤みを帯びた青や緑がかった青、紫に近い青などいくつもの種類の青が混在し、明るくも複雑な色彩を成している。
「やっぱりいいね」
あの時は確か銀貨六枚だったか。値段を訊くと、彼は小さく笑った。
「お代はいりません。差し上げますよ。なんだったらもう一、二枚選んでください。熊から助けてもらったお礼です」
「……熊ですか?」
ハイトラーさんが眉をひそめる。
「秘密でしたか? すいません」
「いいの。口止めしてたわけじゃないし」
でも、できれば知られたくなかった。完全に私のうっかりだ。
「アナベル様?」
ハイトラーさんの視線が痛い。
「前に森で、ちょっとね。無事終わったことだし、わざわざ心配させることもないかなーって」
本当は、まだ目的を果たしていないのに森へ行きづらくなると困るからだったけれど。
ついでに熊と遭っても森へ入り続ける理由を突っつかれたら具合が悪い。
「……心配くらいはさせていただけませんか」
「ごめんなさい」
完全に納得した顔ではないまでも、ハイトラーさんはごく短い言葉でこの話を終わらせた。
母さん相手にも思ったけれど、後ろ暗い時は優しくされる方が精神的にくるものがある。
「お二人とも大旦那様に似たのでしょうね。大変活動的な方でしたから」
ふっと遠くを見るハイトラーさん。三代に渡ってご迷惑をおかけします。
そして、気を取り直して――。
「そういうことなら、私とルカで二枚貰おうかな。時間は大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ごゆっくりどうぞ」
ちょっとした宝探し気分で一枚一枚しっかり眺める。
全部確認して、もう一枚は、夕焼けに染まるアピレールの絵をもらうことにした。
アピレールは妖精王に由来する不思議な剣が刺さった台座のある小高い丘で、ちょっとした観光名所になっている。
「額は金色がいいかな」
我ながらいい物を見つけたんじゃない? 心の中で自画自賛していたら、ディナン・ローパがすすっと寄ってきた。
「もう一つ、いい物をお見せしましょうか?」
「え、何?」
好奇心を隠さず返せば、彼は嬉しそうな笑みを浮かべて言う。
「師匠の最高傑作です」




