第30場 執事ハイトラーの昔話・前
閉会近く、いつの間にかいなくなっていたルカウドを探していたらブロウさんの家の使用人から呼ばれ、駆けつければルカウドとテッフェン伯爵が睨み合っている状況だった。しかも詳しい事情を聞く前に、私は父さんの指示で先に帰らされた。
本当は母さんも一緒に帰したいようだったけれど、ルカウドを残しては絶対に帰らないと折れず。
一人悶々と帰宅した私は寝ずに待ち、ようやく帰ってきたと思ったら説明は明日にお預け。
翌朝ようやく父さんから話を聞けば、テッフェン伯爵がハイトラーさんに絡んで酒までかけようとしたところを、ルカウドが割って入ってハイトラーさんの代わりに酒を被ったという。
つまり迷惑な酔っ払いかとげんなりしつつ、ルカウドが一歩も引かない態度であったことについては不思議だった。普段ならケンカになるよりはマシだと、笑って穏便に済ませそうなものだ。
ただルカウドはむこうが全面的に悪いとしか言わず、父さんからもこの件を追求しないよう言いつけられてしまった。
正直とても気になるし、心配でもあったけれど。父さんが事情を把握していて是としたならと、私も見守ることを決めた。
以降は書面でやり取りするも、むこうはむこうでルカウドの方が悪いと言わんばかりで平行線。全面的にむこうの非を認めさせることは無理そうだった。
こうなれば、お互い様で手打ちあたりになるだろうと私は予想していた。
しかし、ここでまたもやルカウドが謎の行動力を発揮する。決闘なんてとっくに廃れていた制度を引っ張り出してきた。
さすがに何事かと思った。よほど腹に据えかねることでも言われたのかと。
テッフェン伯爵はルカウドの挑戦を喜々として受け入れ、騎士志望の息子を代理人に立ててきた。
それを受けてルカウドは一度だけ、キース・テッフェンに代理人から降りるよう手紙を書いているけれど。彼の返事は否。
ただ明文こそされていなかったものの、自分の父親にも非があることを理解していたようで。こちらが和解を受け入れるのなら、話を取り持つとも書いてあった。
『……仕方ないね』
静かにキース・テッフェンの申し出を切って捨てたルカウドは、豪華な衣装と剣を用意して決闘に臨み――勝利した。
以上が、私の知るあの一件の顛末だ。
「アナベル様にお伝えしていなかったことがございます。当家にお仕えするより以前、私はテッフェン家で働いておりました」
まったくの初耳だった。
「すべては私のためでした」
そう言ってハイトラーさんが明かしてくれた裏の事情。そもそもの発端は私が生まれるよりもずっと前、テッフェン家で働いていた若き日のハイトラーさんに、先代のテッフェン夫人が関係を迫ったことだった。
それを拒絶したまではまだよかったものの、逆恨みか事の露見を恐れてか、テッフェン夫人はハイトラーさんの排除を企み……最終的に彼一人が泥を被せられ追い出されたらしい。
「先代の伯爵も他の使用人も、心から奥様を信じたわけではなかったと思います。ですが家名と使用人一人の名誉、秤にかけるまでもなかったのでしょう」
寒空の下で自暴自棄になっていたところ、まだ存命だった祖父と少女だった母さんに出会って拾われた。
懸命に働くハイトラーさんを祖父は重用し、母さんも彼を慕った。そうして長らくテッフェン家と関わることのない生活を送っていたという。
……きっかけは、母さんが女優になったこと。
女優として瞬く間に注目され始めた母さんと、母さんの世話を全面的に任されたハイトラーさんの前に、自分を貶めた相手の息子クライズ・テッフェンが現れたことだった。
「奥様の楽屋へ許可なく入室しようとなさいましたので、徹底的にお帰り願いました――八回ほど」
「しつこすぎる」
しかし話はそれだけで済まなかった。
ハイトラーさんには当時お付き合いしている女性がいて、結婚も考えていたらしい。その人が妊娠したらしいのだけれど……ハイトラーさんには、まったく身に覚えがなかった。
交際相手は結構な年下で、結婚するまで手は出さないと決めていたから。
当然どういうことかと問い質せば、子供の父親はクライズ・テッフェンだと。女性はテッフェン家と関わりの深い家の使用人で、迫られて拒み切れなかったと。
悩んだ末に、ハイトラーさんは女性に結婚を申し込んだ。たださすがに子供の父親は無理だから、子供は養子に出すことを条件として。
「彼女は子供を選びました」
もはや引き留める気力はなく、そこで二人の関係は終わった。
その後間もなくクライズ・テッフェンがかねてからの婚約者と結婚し……彼女の十月十日も過ぎて、テッフェン家は嫡男の誕生を発表した。
「……件の彼女は?」
「別れてから彼女の動向を探ることはしていなかったのですが、キース・テッフェンの誕生後しばらくして確認したところ、彼女はすでに亡くなっており、子供もその少し前に流産したという話を知りました」
「……そういうていとかじゃなくて?」
「彼女が亡くなっていることは間違いないかと」
「そうなの……」
「私の心配ならばご無用ですよ。薄情かもしれませんが……彼女が私よりテッフェン伯爵の子供を選んだ時点で、私は彼女を以前のように想うことができなくなっておりました」
ただ、とハイトラーさんは付け加える。
「確証はありませんが、キース・テッフェンはやはり彼女の子であると、私は考えております。髪と目の色にテッフェン家の特徴が濃く出ておりましたが……顔立ちには、面影がありましたから」
誰の、とは問うまでもないだろう。しかしだとすれば――、
「いろいろ面倒な辻褄合わせてまで、庶子を嫡子にしたってことだよね。ちょっと意外。ここまでの印象だと、無視するか、遠くへ厄介払いしそう……あ、王妃様の妊娠?」
「はい、そういった噂が囁かれておりました。実際のご懐妊の発表は、テッフェン家が発表をする三日前でしたが」
事実テッフェン家の狙い通り、キース・テッフェンは王太子と親密な関係を築き、優秀な剣の腕を生かして将来は騎士団の要職だろうと目されていた。
「なんというか……よくまともに育ったね、彼」
快く彼を受け入れる人ばかりだったとは思えない。特に育ての母となった婚約者側は不愉快極まりなかったことだろう。
私は彼と言葉を交わしたこともなかったけれど、噂に聞く限り彼の評判は良好で、王太子との親交を許されていたことから実際の人柄も大きな問題はなかったはずだ。
「私が耳にした話では、養育は先代伯爵が主導したそうですよ」
「過去の失敗を生かしたのかな」
もしくは、身近に素晴らしい反面教師がいたおかげか。
「話を戻しましょう。そして、あの夜会です。私がお約束していた時間にお迎えへ参りましたところ、テッフェン伯爵と遭遇し言いがかりをつけられました。どうやら奥様の件を覚えていたようです」
忘れた頃に現れては迷惑をかけられる。とても精神衛生に悪そうだ。
「ついには酒杯まで向けられ……そこへルカウド様が割って入ってくださいました」




