表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/35

第29場 彼らの事情

「もしかして、あなたアランさん? それで刺された方の人……エルナさんでしたっけ? 彼ですか?」

「……ハンプスだ」

 ただでさえ不機嫌そうな彼が、一層顔をしかめる。

「名前で呼ばれるのが好きじゃないんですよ」

 さては弄られたな?

 私にしても、ちらりと聞いただけの名前をかろうじて憶えていた理由は、なんか可愛いという印象が残っていたからだった。

「それで、話ってなんですか?」

「あの二人の話を聞かせてもらえたらと思いまして。元気にしていますか?」

「すみません。答える前に確認したいんですけど、これって事情聴取とかではないんですよね?」

「……そうですね」

「あなた個人が気になるなら、本人達に直接会って訊いた方がいいんじゃないですか? それができない理由でも?」

 恩人が気になるのは人情であるから、立場もはっきりしている二人なら会うことはそう難しくないはず。お菓子か果物でも持ってお礼を言いに行けば、二人の様子くらいは知れるだろう。

 わざわざ私のような、立場上どうしたって扱いに困る相手を捕まえてまで訊くことかと疑問だった。

 考えなしの行動の可能性も考えられるけれど、目の前の彼はそう軽卒にも見えない。

「嬢ちゃんを怒らせた俺の巻き添えで、会いたくても会えなくなったんですよ」

 私達から少し離れ、後ろを歩くハンプス衛視が口を挟んできた。

「アリアちゃんですよね? あの子が怒るって……何やったんですか?」

 あの一件で見た、玄関先での攻防が頭をよぎる。

「兄ちゃんのいなくなった恋人の話は、もちろん知ってますよね? 嬢ちゃんが探してくれって最初に駆け込んだのは、衛視の詰所だったんですよ。それに対応したのが俺でして、そういうのは衛視の仕事じゃないし、一番近い警邏の詰所に投げました」

「その詰所にはあまり評判のよくない人がいて、彼女はその人に当たってしまったみたいで……」

 それが先輩から聞いた話の詳細か。やはり気分のいい話ではない。

「なんで、こいつと一緒に改めて嬢ちゃんと顔合わせた時、刺された相手が俺だと知ってたらって言ったら――」

「知ってたら、なんだって言うんですか。見殺しにすれば、仕返しできたとでも?」

 どうしてそんなことを言ったのか……いや本当に。いくらバツが悪かったにしても、命の恩人に言っていい台詞ではない。

「そちらの事情はわかりました。二人ともそれぞれ頑張ってますよ。私から言えることはそのくらいです」

 ほぼ毎日顔を合わせているグレンさんはもちろん、アリアちゃんがどう過ごしているかについてもニコラスくんから報告を受けている。

 しかしそれを私が勝手に教えることは、状況的に二人の意と反している気がした。

「――というわけで、アラン・カレフさんとエルナ・ハンプスさんです」

 だから直接訊けばいいと、そのまま二人を我が家へ招待したのだった。

 グレンさんが顔を引きつらせているけれど、そのまま続ける。

「二人とも、王宮で指南役も務める武の名門ベイグィッド派の門下なんだって。彼らに教えてもらうのは、どう?」

「そんなのっ…………いや、あの……アナベル様は、こいつらがアリアに何言ったか知らないから……」

 私の提案にグレンさんは目を剥いたものの、あっという間に尻すぼみとなっていく。

「一応聞いた。仕返しできなくて残念だったな、みたいのでしょ」

「なら、こんな奴らに頭下げるなんて……!」

「別に頭は下げなくていいよ。彼らは恩を返しに来たんだから」

「でも――」

「アナベル様、申し訳ございませんが、少々お時間をいただけますか」

 見かねたのかハイトラーさんがグレンさんを連れて退室し、宣言通り少ししてから戻ってきた。

「すいません。とりあえず話を聞きます」

「ありがとう」

 手軽な通信機器なんてない世界だ。一緒に暮らしているわけでもない限り、他人とのやりとりは手間がかかる。

 つまり事前の確認なしに引き合わせた理由は、まあ面倒くさかっただけで。うん、私が雑だった。命に関わることではないし、ルカウドもいないからつい横着してしまった。

「あの時はすみませんでした。僕達で力になれるなら、ぜひ手伝わせてください」

 真正面から訴えるカレフ衛視をしばし無言で見つめていたグレンさんが、不意にこちらを向いた。

「すぐには決められません。今日は帰ってもらってもいいですか?」

「そう、わかった。わざわざ来てもらったのに申し訳ないですけど……」

「いえ、構いません。先輩」

「……ああ」

「どうぞ。門までお送りいたします」

 立ち上がった二人は、ハイトラーさんに連れられ応接室から去っていった。

「……むきになってすいません」

「私こそ、急に連れてきちゃってごめんなさいね」

 改めて謝ってきたグレンさんを座らせ、残った茶菓子を勧めつつ自分も食べる。

「本当に無理強いするつもりはないから」

「絶対無理って、わけじゃ……あの、チャープソン様が……さっき部屋から出た時、話を聞いたら余計なことは言わずにとりあえず断れって」

 念押しする私に、グレンさんがおずおずと申告してきた。

「へえ、ハイトラーさんが……」

 そうこうしている内にハイトラーさんが戻ってきたから、早速訊いてみる。 

「はい。胸の内がどうあれ返事は一旦保留にするよう、私が指示いたしました。敷地内で武装を許可するのです、相応の調査が必要でございましょう。その上で、最終的な判断はルカウド様に委ねるべきかと存じます」

「もしルカウドが二人を受け付けないなら、私達だけでもいいと思ってるんだけど」

「いいえ、アナベル様。確かに私はルカウド様を贔屓しておりますが、今回の件についてはまた理由が違います。彼ら二人がなんらかの暴力行為を示した場合、最も危険を負われる方……対処なされるのが、ルカウド様だからにございます」

「彼ら一応公職だけど」

「職業は能力の指針になれど、人格を保証するものではございません。邸内には奥様がいらっしゃいますし、アナベル様も奥様に似て見目麗しくあられる。身近な方の多くがアナベル様のご容姿より気質を評価し接しておられますから、忘れがちになるのもわかりますが、最低限のご警戒は怠られませんようお願いいたします」

 ことさら慇懃に言葉を並べられ、ここから先は本気の説教になると気付く。私は頷いた。

 母さんが現役の頃、頻繁に現れる不届き者への対処でハイトラーさんはずいぶん苦労したと聞く。ちなみに今でも時々出てくるあたり、過ぎたこととは笑えない。

 ただ私はといえば、母さんの信奉者である先輩から、

「お前は悪くないよ。悪くはないけど、色気もないよ」

 などと言われる体たらく。なお正直者の先輩にはきっちり肘を入れておいた。

「ねえ、グレンさんの話も聞かせてもらえる? 一方の話だけ聞いてっていうのもね」

「話って言っても……あいつが余計なこと言ったせいで、アリアがすごく怒って発作も出て、それであいつら追い出したってくらいですよ。それからは一度も会ってなかったです」

 アリアちゃんの発作か。それならグレンさんの強い拒絶も納得がいく。

「ならばこの件について、アナベル様に伝えておきたいことや、知っておいていただきたいことは?」

 ハイトラーさんの問いに、グレンさんが迷いがちに口を開いた。

「アリアは、あいつの言ったことにただ腹を立てたわけじゃないんです。自分のことだったら、そんな怒らないんで……」

 ところどころおぼつかなかったり早口になったりしながらも、ぎこちなく言葉を紡ぐ。

「また会えた時、仕返ししたなんて言えないって。そんなことしてもアンは喜ばない、合わせる顔がないって。アンに会ってなかったら、きっと動けなかったって……」

 口下手なりに、懸命に伝えようとする彼の顔を見て、なんというか……無邪気だな、と思った。

 ここで真っ先に口から出てくるものがアリアちゃんの釈明。誰よりも妹を優先する兄。

 個人的な好悪とはまた別に、ルカウドが彼は報われるべきだと考える所以だろう。

「ところで彼らから聞いたのですが、グレイスの家の近くで偶然お会いになったそうで。詳しい状況をお聞かせ願えますか?」

 隠す理由もないので、可能な限り詳しく経緯を話す。

「何やってんのあいつ……」

「偶然通りかかっただけって言ってたけど」

「私が思いますに――」

 ハイトラーさんは不思議がる私とグレンさんに紅茶のおかわりを淹れつつ、

「気まずさから悪態をついたものの、返ってきた答えにかえって打ちのめされてしまったのでしょう。とにかく気になって仕方がないのですよ」

 それはさらりと、ハンプス衛視の不可解な言動に対する見解を述べた。

「恨み言でも返ってくれば楽になれると思ったのでしょうか。実際のご年齢よりも落ち着いた風情であられましたが、思慮はとても若々しくございますね」

 ルカウドとともに、ハイトラーさんの容赦も旅に出てしまったようだ。というか元々毒気は強い方で、ルカウドか母さんあたりの前だと慎むだけかもしれない。

「実際の年齢より?」

「二十六歳だそうですよ」

 コヨーテと同い年か。確かに少し老け顔と言えそうだ。

「それよりも……ベイグィッド派ですか」

 ハイトラーさんが小さく漏らし、顔を曇らせる。

「どうかした?」

 珍しい反応に首を傾げれば、ハイトラーさんはグレンさんへちらりと視線を向け、またすぐこちらを見た。

「キース・テッフェンはベイグィッド派でした」

「そうだっけ?」

 他でもないハイトラーさんからその名を告げられ、私は次の言葉に迷った。

 彼の話をすると、ハイトラーさんの態度がどこかおかしくなる。

 詳しいことは知らない。事情を知っていそうな父さんとルカウドは口を閉ざした。

 でも常日頃からお世話になっている相手を、不快にしたいわけもなく。自然と彼の話題は避けるようになっていた。

「アナベル様にも、お知りいただいてもよいかもしれませんね」

 少し考える素振りを見せた彼だったけれど、次の瞬間にはふっと表情を緩めた。

「今から一年ほど前に、ご家族でブロウ商会主催の夜会にご出席なさいましたね」

 もちろん覚えている。社交界的に引きこもりのルカウドが珍しく出席した夜会で――例の決闘にまで発展してしまった騒動の現場だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ