第28場 不審者
グレンさんとの魔法の時間、そろそろ付きっ切りもお互いしんどいだろうと剣を手に取った私。素振りしつつむこうを窺うと、むこうも私を見ていた。
気を散らせてしまったかと謝れば、どうにも煮え切らない返事。そしてふと思い出した。
「そういえば、剣に興味あるって言ってたね」
「剣にこだわってるわけじゃなんですけど。強くなりたくて……」
「理由は?」
「俺とアンのことは知ってますよね。ケンカしたんです、あの日……アンを攫った奴が家に来た日。それもあって、一人で帰してしまいました。あんなことがあって、外もだいぶ暗くなってたのに」
いつも明るい時間だけしか会わないようにしていたのは、それを避けるためでもあった。アンの姿では帰れる家がない。
「そもそも俺があいつに目を付けられてなければ、俺が強ければ、あんなことにならなかったんです」
「誰かにそう言われたの?」
「……いえ」
嘆くだけで終わらせたくないという姿勢を好ましく思う反面、少なからず苛立ちも覚える。もしも本人でなく周りが言い出したことならなおさらに。
だって理不尽だから。たとえ付け入られる隙があったことは事実だったとしても、彼に罪があるとは思えない。
……ルカウドがアンだと明かさないことについては、あえて棚上げにしている。
事態がそこそこ落ち着いた今になってみれば、彼との関わり方はもっといいやり方があったとつくづく思う。正直に打ち明けて、ごめんと言えたらさぞかし気が楽に違いない。
しかしながらこの件で私が絶対に通すべき筋は、ルカウドの味方でいること。ルカウドの同意もなく、ルカウドのためでもなく、ルカウドを脅かしかねない行動は選べない。
思案した私は、正直に訊いてみる。
「ねえグレンさん。あなた、どれだけ本気で頑張れる?」
武術指南は私達の手に余る。私は半人前で、ルカウドは力任せのケンカ殺法。本格的に学ぶなら他人を頼らないといけない。
「あの子はできる範囲で頑張ったらいいと思ってるし、別にそれでも構わないんだけどね?」
求められるまま与えるだけでは彼のためにもならないと思うし、周りの説得も難しい。
最悪ルカウドがそうしたいからで通すことは可能だ。可能なのだけれど、乱発して本当に必要な時の通りが悪くなっても困る。
「駄目だったらやめればいいやーより、何が何でも食らいついてやるって方を応援したくなるものじゃない?」
融通して欲しいなら、相応の気概を見せて欲しいという話。実戦級の鍛錬なら心身共に打ちのめされることなんてザラだし、どうしたって根性抜きでは語れないのだから。
「お願いします」
「わかった。今すぐは無理だけど、なんとかしましょ」
まずハイトラーさんに話を通して、ルカウドが帰ってきたら改めて話し合い。あと指導役も探さないといけないか。
――こうしてあれこれ思案する一方で、少し思ったこと。
肝心の相手がいない。ここはルカウドがグレンさんのアンへの想いを知り、見直したりときめいたりするところでは?
どこかすっきりとした雰囲気のグレンさんに、どうにも生温い気持ちが湧いてしまう私だった。
不審者かな? その姿を見て、率直に浮かんだ言葉だった。
ルカウドの代わりにシィナと散歩へ出て、ついでにささやかな用事も済まそうと下町へ足を運んだものの、空振りしたすぐ後。
日を改めよう――散歩を再開して、細い路地の入口を通り過ぎた私はふと立ち止まり、踵を返した。そして路地をそろっと覗き込む。
薄暗くて何があるでもないそこに、見知らぬ男性が一人立っていた。その視線を追って見上げた先には、戸の閉じられた窓がある。
まあそれだけなら、怪しみつつも足を止めるほどではなかったかもしれない。
問題は男の仰ぐ窓がグレンさんの家の一部、もっと言えばアリアちゃんの部屋の物であることだった。
しかも見たところ年は三十歳そこそこといったところで、加えて人相も風体もあまりよろしくない。これが十代半ばの折り目正しそうな少年とかだったなら、甘酸っぱい何かを期待できたかもしれないのに。
彼がよろしくない相手であった場合、今ここで私が負う危険と、放置して後でアリアちゃんへ降りかかるかもしれない不幸を秤にかける。
前者も遠慮したいものの、後者は絶対に避けないといけないところだろう。
でも具体的にどうしたものか。視線を巡らせれば、こちらへ近づいてくる衛視の隊服が目に入った。二十歳前後くらいの若い青年だ。
最適は警邏の人だったのだろうけれど、ただの通行人を巻き込んだり、私一人で足踏みしているよりはずっといい。
ただ彼が私の窮状など知るわけもなく、欠伸とかしながらのんびり歩いてくる。
大声で呼ぶわけにもいかず、早く早くと視線を送っていたら、不意に目が合った。さらに見つめ合うこと瞬き三回分ほど、察してくれたらしく衛視の青年は小走りで駆け寄ってきてくれた。
「すみません」
「どうかしましたか?」
第一印象は少し頼りなく見えたけれど、視線に気付いてくれたり、私に合わせてちゃんと声量を抑えてくれるあたり察しのいい人らしい。
「怪しい人が知り合いの家を窺ってるみたいなんです」
指した先の路地には変わらず男がいた。
「知り合いの家……?」
青年衛視はスヴィー家を見て、私の顔を見て、男を見て――、
「……あの人なら大丈夫ですよ。僕の先輩で、同じ衛視ですから」
やや申し訳なさそうに、再び私の方を向いた。
驚いて路地を覗き込めば、問題の彼がこちらへのしのし歩いてきており……庇うように、すっと間へ入ってくれた青年の肩越しに向かい合った。
「まだ療養中のはずなのに、ここで何してるんですか?」
問いかけた声にとがめるような響きはなく、いっそ親しみのようなものさえ感じた。
「いいだろ、散歩くらい。お前こそこんな時間にこんなとこいるなんて、サボりか?」
「夜番だったので、今は帰りです」
改めて近くで見た男性は、不愛想さを差し引いてもやはり人相がよろしくなかった。
「で、そこのお嬢さんは俺になんか用ですかね?」
どうやら状況を理解しているらしい。ここは素直に謝るべきかと口を開いたところで、若い衛視が私を振り返った。
「大丈夫ですよ。僕らにとって情報提供はありがたいことなんです。情報を精査するのも僕らの仕事なので、次不審者を見つけても遠慮なく通報してください」
「……そういうのは警邏の仕事だろ」
「またそんなこと言って。今回はたまたま先輩でしたけど、知らない男性が同じようにしてたら放置はまずいってわかりますよね? すごく怪しかったですよ」
爽やかな見かけによらず、結構辛辣な……とりあえず私はもういいかな? 後輩衛視と同様に、さりげなく私と先輩衛視の間に入ってくれていたシィナを見る。
――うん、一言断って失礼しようか。もう一度口を開きかければ、後輩衛視もまた私を見た。
「失礼しました。お送りします」
「そこまでしてくれなくても……散歩も途中ですし」
本心から遠慮すると、彼は向き直ってまで私と向かい合う。わずかなためらいを見せて、でも引き下がりはしなかった。
「個人的になんですが、少し話を聞かせてもらえたらと思いまして。少し前に……ここで衛視が怪我をしたことはご存知ですか?」




