第26場 早すぎる再会
いつぞやの彼はとても不愉快そうだった。
こちらとしても、早すぎる再会は歓迎しづらい。なんならもう二度と会わないくらいのつもりだっただけ余計に。
「私達を尾行していました」
そうでしょうとも。見かけたりすれ違っただけなら、ルカウドだって警戒はしてもこんな風に強制連行なんてしないだろう。
「少し話したいな。いい?」
ルカウドは頷くと、掴む位置を頭から少し下ろし、首のあたりを握る。
「どうもこんばんは」
「離せ」
もっともな要求だ。
ちらっとルカウドを見れば、首を横に振って返される。
「悪いんですけど、少しの間このままで質問させてください。尾行って、私とルカウドのどっちをですか?」
「同じ問いに二度は答えぬぞ」
「……姉さんです」
ここへ戻るまでにルカウドはある程度の聴取を済ませたということか。
「いつからですか?」
「劇を観に行ったら、姉さんがいたそうです」
意外な趣味だ。
「じゃあ偶然ってことですか? せっかくだし、ちょっと調べてみちゃおうみたいな」
「はい」
「私の名前、わかります?」
「彼は知っています。私達を特定できる情報を持っています」
「具体的に、私を尾行してどうしたかったんですか?」
「どうもしません。知ることに損はありません」
「なんか小さいですね」
「この程度の変化など造作もないわ」
ようやく自分で答えてくれた。
「うーん……もう思いつかないからいいや。なんかごめん。わざわざ連れてきてくれたのに」
「気にしないでください」
ルカウドも自分とは違う着眼点を期待していただろうに、ただの二度手間で終わらせてしまった。
「もうよいのか」
「無理やり訊き出す気とかないですし」
「危機感がないな」
「あなただって、あの時何も訊かないでくれたじゃないですか。ならこちらもとりあえず今回は見逃すのが筋かなーと」
そもそも彼が嘘を吐かない保証はなく、真偽を確かめるにも検証が必要だ。となれば彼を長く拘束する必要が出てくるけれど、あまり現実的な話とは思えない。
「用が済んだならば、いい加減離せ」
「下は冷たいです。大丈夫ですか?」
しんしんと降り続ける雪で、足元の石畳はすっかり白く覆われていた。
「気遣っておるつもりか。おい、これはなんだ?」
「弟です。あの件も知ってます」
もう隠す必要もないだろうと素直に答えれば、彼は何やら不満そうに目を細める。
「妹はどうした」
「……黒髪の女性でしたら、妹ではありません」
「ならば姉か?」
「他人です。姉妹に見えましたか? まったく似ていないでしょう」
はっきり否定したルカウドへ、彼は視線を返す。
「姉妹だからといって、必ずしも同じ顔とは限らぬし、血が繋がらずとも姉妹と呼ぶ場合もあるだろう?」
「……」
「なんだその目は。そう思ったがゆえに、そう言ったまでだ。どうでもよいわ。――それとも、やはり我の口を封じておくか?」
硬い顔で沈黙したルカウドを煽る彼だったが、
「しません。毒蛇は食べません」
「……嘘であろう?」
動揺を滲ませた。察したようだ。
ルカウドが庭で焼く物は芋だけではない。肉や魚はもちろん、爬虫類までいける。
最初は拒絶していたニコラスくんへの態度を軟化させたきっかけも、庭で焼いた蛇を一緒に食べたことだった。
平然と蛇を口にしたニコラスくん曰く、ここよりもっと南に蛇を食べる国があって、蛇を漬ける専用の調味料まであると。しかも次に来た時はそれを持ってきた。
珍しい料理は時々私にどうかと訊いてくるくらいで、他の人へ勧めることはほぼしない。ルカウドもそのあたりはちゃんと弁えている。
だから嫌がらせのつもりが、笑うでも引くでもない反応に、ルカウドもすっかり調子を崩されてしまったようで。
以降は徐々に打ち解けていき、現在の形に落ち着いた。
「すみません。最後に一つだけ言わせてください」
動きを鈍らせる彼へ、ルカウドが明るいとは言えない声で言う。
「あなたの判断は公に認められません。……ありがとうございました」
「意味がわからぬな」
「あなたの選んだ方法は真っ当ではありませんが、救われた人がいます。私はあなたよりたくさん救う答えを持ちません。あなたが一人にも感謝されないことは引っかかります。あなたに感謝を言うことができる人は私と姉と……アン・フォークスだけです。だから私はあなたに感謝を言いました。一人くらいならば、いいのではないのかと思いました」
「つまりただの自己満足か」
「はい」
何度もつっかえるルカウドの言葉を黙って最後まで聞いた後、彼がずばりと言った。ルカウドもあっさり頷く。
それを私は黙って見守るに留めた。私が何を言っても、彼の機嫌を一層損ねるだけだろうから。
「さようなら」
「あっちの彼にもよろしく伝えておいてくださいねー」
私達はそれぞれ言葉をかけたが、解放した彼は無言で速やかに去っていった。
「尾行されてたなんて全然気付かなかった。すごいねルカ」
外套を着直し、ノアを受け取ったルカウドが視線を下へ向ける。
「私ではありません。シィナです」
「そうなんだ。シィナすごーい」
私が撫でると、シィナは嬉しそうに目を細めた。
「彼の匂いをシィナに覚えてもらえたことは幸運でしょう。家に来たらわかります」
「すごいすごい」
「家の人の匂いも全員覚えています。いなくなったら探せます」
愛犬について語るルカウドは、我がことのように誇らしげだった。
天気のよい昼下がり、そろそろ実践もしようかとなって、私達はグレンさんを連れて庭へ出た。
「じゃ、あれに向かって撃つから。見ててね」
私は的代わりに立てたカカシもどきを指す。
下はならされ、三方の壁に囲まれたここは、魔法の練習にと設えた場所だ。それ以外にも、私が剣を振り回したり、ルカウドが珍味の類を焼いたりと活用している。
「《集めて》《束ねて》《放て》」
詠唱の完遂とともに私の指先から射出した魔力の塊は、狙い通りカカシの胸に命中した。
「これは魔弾って言って、初心者がまず練習する定番ね」
自分が教えてもらった時のことを思い出しながら、詳しい手順を説明していく。
「威力とか今は考えなくていいから、とりあえず的まで飛ばして当てることを目指しましょ」
そうして、しばらく的と向かい合うグレンさんを監督した。
「……すいません」
かすかに光りもしない現状を嘆いてだろう、グレンさんが肩を落とす。
最初のとっかかりを探す段階だから、むしろ光るまでが一番長いことも珍しくない。かくいう私も一月はかかったし、一般的にもそのくらいだと聞いている。
「初めからできる人の方が少ないよ。焦らず頑張ろ」
「はい……」
私は軽く励ましてみたものの、グレンさんの表情が晴れることはなく。
そんな彼を、ルカウドは静かに見つめていた。
「当たらないねえ」
「きゅー」
グレンさんを帰した後、今度はルカウドがカカシに向かっていた。
ルカウドは一発を正確に当てることが苦手らしく、今も三発撃った内の一発も当たらずに終わった。なお他人の目があると緊張してさらに精度は下がる模様。
身体強化系統の魔法の多用は、効率がいいからだとルカウドは言うけれど。このあたりの事情も無関係ではないと思う。
「入学試験では的に当てられたんだよね?」
魔弾はロフの入学試験でも定番だ。
「……こうしました」
次々と現れては消える薄い青色の魔法陣に合わせ、魔弾が連射される。
十発くらい撃てばさすがに当たるようで、数発がカカシの首を抉るように撃ち抜いていき、ついには頭がボトリと落ちて転がった。
「うわあ……」
「試験はもっと弱くしました」
引いた声を上げた私へ、ルカウドはばつが悪そうに付け加える。
「ただ当たるまで撃っていれば、不可を付けられます。一番は正確なことですが、無理でしたので速さと量を見せました。ないよりはいいと思いました」
「まあねえ」
入学試験の結果については、最終的な合否しか教えてもらえないから断言はしかねるものの。筆記とは違い、実技は試験官の裁量が大きい印象だ。つまるところ、試験官との相性次第だろう。
そうして曖昧に頷いていれば、ハイトラーさんがやってきた。
少し早いめだけれど夕食だろうかと思えば、どうやら違うらしい。
「グリペ様から、プラリオ領へ向かう馬車にご同乗なさらないかとの申し出がございました」




