第22場 魔法の勉強・前
「いらっしゃーい。さ、座って座って」
書斎へ来たグレンさんの顔を見て、私は気安く声をかけた。
彼にはとりあえずルカウドの入学まで、午前中はハイトラーさんの指導、午後からはルカウド主導で魔法の勉強をしてもらうことにした。
「いかがでしたか?」
腰かけたグレンさんへ、ノアではなく教書を手にしたルカウドが歩み寄る。
「えっと……大丈夫です」
若干泳ぐ目と、いまいち歯切れの悪い言葉。勤務初日でもしっかりしごかれたと見える。
「はい、お茶どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
一息吐いたグレンさんを確認し、ルカウドが教本をめくる。
「そろそろ始めましょうか」
「お願いします」
ルカウドが窺うように切り出せば、グレンさんもぺこりと頭を下げた。
「魔法を構成する要素は、発動と性質と属性の三つです」
左右を本棚に挟まれた書斎で、淡々とした声が響く。
「発動は魔法を使う方法です。詠唱と魔法陣が有名でしょうか。詠唱は言葉によって魔力を操り、その場で魔法を編み上げて使います。もう一つはあらかじめ構築しておいた魔法陣を消費することで、魔法を使います」
グレンさんの反応を見ながら、ルカウドは教書の内容を簡潔に纏めた講義を進めていく。
「性質は放出と循環です。魔力を体外に放つ魔法は放出、魔力を体内で回す魔法は循環となります。属性は火と水と土と風と炎と氷の六つがあります。誰でも使用のできる属性は火と水と土と風の四つです。残りの二つは適性を持つ人が少ないので、特殊属性と区別される場合もあります」
最後まで言い終え、ルカウドは小さく息を吐いた。
「ここまではご存知でしょうか?」
「学堂で習いました」
「実践はどこまでしましたか?」
「……カプロを点けるとこまで」
カプロは最も普及しているチェーレだろう。電気の代わりに魔力を消費する点以外は、使用感は前世の照明と大差ない。形状も備え付けから持ち運べる物まで前世同様にいろいろある。
「そう。なら、はい」
卓上照明型のカプロをグレンさんの前に移動させる。
「別に疑うわけじゃないけど、一応ね」
蝋燭より安全かつ手軽な灯りとして以外にも、カプロにはもう一つ有名な用途がある。
チェーレの使用は魔力を注いで、行き渡らせることが必要だけれど、その技術は魔法における放出、及び循環と通じる。そしてカプロはチェーレの中でも扱いやすく、光るという効果も一目瞭然でわかりやすいことから、いつしか魔法の基礎練習としても活用されるようになっていた。
どれほどの貧困層に生まれようと、魔法使いの資質を示すことさえできればのし上がれる。カプロはその足がかりとなる。
もしかしたらを夢見て、親は子へカプロを贈り。この自主性を国も歓迎した。加えて優れた照明の普及は生活水準の向上にも繋がり、今では出生祝いとして国がカプロを贈呈するほどだ。
「どうかしましたか?」
「いや……大丈夫です」
硬い表情のグレンさんがカプロに触れ、ほどなくカプロの光源が点灯した。
彼の顔に浮かんだ脂汗を見つめ、訊ねる。
「参考までに訊くけど、アデラの星は何個点いた?」
アデラは魔力を測るチェーレだ。濃紺の石板に百個の黒い球体がはまっており、注いだ魔力の量に応じて一個ずつ白く点灯していく仕組みとなっている。
ロフの入学試験でも使われ、白光させられた球――通称、白星の数が七十を超えれば、他の結果がどれだけ悪かろうと合格できるなんて話も聞く。
「……………………十九です」
絞り出したかのような回答に、そうか、と心の中で納得する。言いたがらないということは、普通ならそういうことだ。ルカウドのような秘密主義者なんてそうはいない。
魔法使いの資質というべき魔力は、簡単に増やせるものではない。
七歳くらいまでは誕生時からあまり変わらず、八歳から十五歳くらいまでが一番伸びる時期で、十六歳から二十歳の間はじわじわと、以降はほとんど成長しない。
グレンさんは現在十九歳。二十歳以上の平均は三十あたりで、二十を切る人は一割以下といわれている。たとえ世界が変わっても、少数派の肩身が狭いことは変わらない。世間一般的に劣等と見なされる側でもあるなら、なおさらだろう。
「黙ってて、すいません……」
「関係あったら、雇う前に訊いてるから大丈夫」
「はい。あなたの仕事に魔力の量は関係がありません」
元より、少ないのだろうと察していた。
魔法に関してとにかく貪欲な国なので、多ければ何かしらの接触があったはず。彼の苦境を救う提案が用意されたはずなのだから。
「グレイスさんは私と一緒ならば、ロフの授業を受けることができます」
暗い顔で俯くグレンさんへ、ルカウドが語りかける。
「私の所属する学級は基礎を教えません。必要がないことを入学試験で証明しているからです。基礎はできていることが前提の授業なので、できていないと理解できないでしょう。最高の教育を受けるせっかくの機会に、ぼんやりしていてはもったいないと思いました」
ルカウドの精一杯の説明に、グレンさんがそっと顔を上げた。
見上げられたルカウドは一瞬口ごもったけれど、軽く息を整えて穏やかな声で告げる。
「魔法の習得まで強要するつもりはありません」
再び俯くグレンさん。
ルカウドが気まずそうにこちらを見てくる。まあ待て。
「……俺だって、できることなら……」
沈黙を破ったグレンさんへ、私は訊ねる。
「魔法を使えるようになりたい?」
「……はい」
彼の肯定に、ルカウドを見る。
ルカウドは小さく頷き返してきた。そしてグレンさんに向き直って宣言する。
「筋肉があなたの願いを叶えます」
「…………はい?」
顔を上げたグレンさんの視線の先には、今日一番の生気を放つルカウドがいた。
「魔力は、筋肉で補えます。階段昇降はお好きですか?」




