第21場 元護衛コヨーテ
「武器を持たなきゃいけないくらい、危ないことがあるんですか?」
帰路の途中、グレンさんが緊張の面持ちで訊ねてきた。
「誘拐はありえない話じゃないけど、本気で心配なら護衛を雇うかな。この剣も、まあ嗜みの範囲内ね」
「……趣味ってことですか?」
「それか、もしもの備えかな。ないよりはマシだから」
自分の身は自分で守る、と言い切れたらどれだけいいか。一時期本職を身近に置いた経験のおかげで、それがどれだけ難しいことか実感したし慎重にもなれる。
「護衛を雇っていたことがあります。貴族の戯れでした」
「コヨーテっていうんだけど、祖父の代から働いてくれてる庭師夫婦の息子でね。アドレーさんの所にあった、あの大きな剣を依頼したのもそうよ」
「遊びで庭師の息子が、あの剣を……?」
今までの人生からかけ離れすぎた話だったのだろう、彼は困惑の表情を見せる。
「グレイスさんは、アッサンドロープをご存じでしょうか?」
「……知らないです」
ルカウドがそろりと私を窺ってくる。
「説明してみたら?」
事前の話し合いで、仕事には直接関係なくとも、できる範囲で知識を提示しようと決めていた。
そこから何を選び、何を掴むかは彼次第。仕事さえちゃんとしてくれたら文句はないけれど、彼の人生が少しでも豊かになればと願う。
「アッサンドロープは仕事の斡旋をしている組織です。仕事を求める人がアッサンドロープに登録します。これを登録者と呼びます。仕事を頼みたい人はアッサンドロープに依頼をします。これを依頼者と呼びます」
ルカウドはそっと深呼吸をしてから、説明を始めた。視線を巡らせ、度々間も挟みつつ、言葉を紡いでいく。
「アッサンドロープは登録者の能力と、依頼者の持ち込んだ仕事内容を照らし合わせ、合致すれば両者を引き合わせます。そして両者が合意すれば、アッサンドロープの保証の下に契約を結び、アッサンドロープは依頼者から依頼料を預かり、登録者を派遣します」
なんらかの事情で事前に引き合わせることが難しい場合は、アッサンドロープに決定まで全部任せて派遣してもらう方法もあるらしい。
ただしその場合は不正防止のため、登録者とはまた別に人を派遣するから、依頼料がかなり高額になってしまうそうだけれど。
「そして登録者が仕事を達成すれば、預かっていた依頼料からアッサンドロープが斡旋料を引き、残りを登録者へ報酬として渡します。もしも依頼が達成されなければ、依頼料は依頼者へと返却されます。おおよその流れは以上です」
これで大丈夫かと目で訊いてくるルカウド。
「仕様書として渡された文面なら悪くない」
ただし初心者への口頭説明としては少々――。
「……なんかややこしいですね」
案の定、グレンさんはよくわかっていない顔をしていた。
「細かい手続きは増えるけど、依頼者は人手を探す手間が省けて詐欺師が来る心配もないし、登録者も仕事内容の虚偽や報酬の未払いなんかがあれば、アッサンドロープが対応してくれる。両者とも面倒以上に利のある仕組みよ。似たような仕事してる所は他にもあるけど、実質あそこ一択ね」
「他の所にいる人は、アッサンドロープから登録を断られたと思っていいでしょう」
「……二人とも、ずいぶん詳しいんですね」
「さっき話した庭師夫婦の息子で、元護衛っていうのが、あそこの登録者だから」
「家を早くに出て、たくさんの国を巡ったそうです。未知を知るよい機会でしたので、護衛として雇いました」
そんな話をしてから、さほど間は置かず――、
「コヨーテ・サリバンから荷物が届いております」
少し早めの時間ながらグレンさんと別れて帰宅した私達へ、ハイトラーさんが告げた。
「とりあえずアナベル様のお部屋へ運ばせていただきました」
「え? ……まあ、うん。わかった。ありがとう」
自室へ戻れば、一抱えはある大きな木箱が置いてあった。存在を主張する様に送り主と通じるものがある、などと思いながら近寄る。
「贈り物でしょうか」
うきうきした様子で私と木箱を見比べるルカウド。その足元には、玄関で合流したノアもいる。
「少し過ぎたけど、たぶんあんたの誕生日祝いじゃない?」
言いつつ確認すれば、濃く大きな字でルカウド様へと書かれていた。
「……私ですか?」
目に見えて盛り下がるルカウドだった。
「あいつが理由もなく、私に贈り物なんてするわけないでしょ」
「むう……」
目の前に鎮座する現実を見よう。
「とりあえず開けてみない?」
頷き、蓋へ手をかけるルカウドは淡々としたものだったけれど、
『これ、ノアとシィナにそっくり!』
箱の中身がわかると、目の色を変えた。現われた硝子細工の犬二匹にはしゃぐ。
「ぎゅ……きゅ……きゅっ」
少々煩悶を覗かせたノアも、結局はルカウドに同調した。大嫌いな相手からの贈り物は不愉快ながら、喜ぶルカウドに水は差せなかったらしい。コヨーテの名前が出る度に顔芸をしつつ、一応は大人しくしていたし。
『たぶんそれ、特注じゃない?』
姿形だけでなく、二匹の体格差まで忠実に再現されている。偶然にしてはできすぎだ。
『ってことは、ものすごくお高いのでは!?』
私は金額よりも制作過程が気になる。
ここまで似せられたということは、実物を知るコヨーテが絵を描きでもして詳細を伝え、他にもいろいろ注文を付けた可能性が高い。まさに執念だ。
『これは……あっちの郷土料理の本みたい』
ルカウドが捲る本を覗き込む。
『すごい、全部翻訳してくれてるよ』
あちらの本だけあって、文面はすべて見知らぬ言語だ。そこに翻訳がびっしりと書き込まれていた。そこそこ分厚い本なので、結構な文章量にも関わらず……明らかにあの男の字で。
「ぎゅ……っ」
ノアが変な顔をしている。私もしているかもしれない。
『次は――』
その後も、いい香りのする石鹸や入浴剤、蛸柄が珍しい大皿、植物図鑑など次から次へと出てくる。
とうとう箱の底が見えたあたりで、私への土産が現れた。
『これは姉さんのだって。はい!』
渡されたのは、掌に乗るほどの箱。開けてみれば、付け爪が一揃え入っていた。
武芸を修める都合上、爪は伸ばせないし傷めることもしょっちゅう、しかし貴族令嬢として身だしなみも疎かにはできない私が愛用している物だ。
『ついこの間、新しいの買ったばかりなんだけど……』
しかも同系色だ。なんとなしに指先へ合わせる。
『あぁん!?』
『何!?』
『この間私が買ったのよりいい! すごくいい!』
大きさはぴったりだし、色も私の肌と合わせることで急に映え出し、単品の印象からずいぶんと変わる。しかもよく見ると、針先のように細い線で模様が描かれており、照明の当たり具合によって小さな花が咲くかのごとく浮かび上がるのだから――。
『負けた……圧倒的に……!』
あいつの得意げな顔が目に浮かぶようだ。
『そこは素直に喜ぼうよ』
「ぎゅ」
アッサンドロープの招集により、コヨーテが西へ旅立ったのは今から三月半くらい前のことだ。
性格の面でいくつかの玉に瑕はあったものの、それを差し引いても有益な男で、グレンさんの件でも思い出すことは度々あった。
『グレンさんのことも、あいつがいたら楽だったのにね。適当な理由付けて、あいつを森に放てば全部解決しそう』
『……そうかもしれないけど、もういないし。もしいたとしても、関係ないコヨーテを巻き込めないよ』
『関係ないの?』
『ないでしょ?』
コヨーテは関係ない。それを私は何かおかしく思って訊ね、ルカウドは何もおかしくないと言うように訊ねた。
本当にただの気まぐれで雇っただけなら、私も気にせず流しただろう。しかし私は、いいや私達は知っている。
他ならぬルカウドによって知らされたことで、私は協力した。そして真実は私達だけの秘密。つまり――元護衛のコヨーテは、グレンさんと同じだった。
グレンさんの件をあっさり受け入れられた理由も、初めてではなかったからという点がなかなかに大きかったと思う。




