第20場 剣匠アドレー
「早々に申し訳ないですが、買い物へ行きましょう。私の入学まで日がありません。早急に必要な物を準備しなくてはいけません」
応接室でお互いの自己紹介を終えると、ルカウドがおもむろに切り出した。
「まずはやっぱり服だよね」
「一から仕立ててもらいたいですが、間に合うでしょうか」
「無理なら、完成までは既製品を手直ししてもらったのでしのごう」
「そんな、わざわざ……」
戸惑う彼をハイトラーさんが目で制する。
「来月からルカウド様がご入学なさるメルクレア・ロフは、貴族にとって社交の場でもあります。あなたが伯爵家の嫡男に随う者としてふさわしい服装をしていなければ、その批判はルカウド様が被られることとなるのですよ」
強い言葉まで被せられ、グレンさんの表情がより強張った。ついでにルカウドもそわそわし出す。
「費用はもちろんうちが払うし、これも仕事だと思ってちょうだい」
「今日はとりあえず、これを着て行くとよいでしょう」
ハイトラーさんがグレンさんに革の上着を手渡す。
「私はいかがいたしましょうか?」
「いつもの店を回るだけだから、三人で大丈夫」
「ぎゅわ!」
「はいはい、あんたを忘れてごめんなさいね」
「いいえ。入れない店もありますので、ノアは留守番です」
「きゅ!?」
そうして三人で街へ出た。
「店名と場所は覚えておいてね。これから先、お使いを頼むこともあると思うから」
仕立て屋での採寸と、製作に必要な話し合いで多少時間が取られたものの、後はつつがなく必要な物を買い揃えた。
「貴族の人でも、こんな風に買い物したりするんですね」
グレンさんの顔からは少しばかりの疲れが見て取れた。
「時間に余裕があれば、家に来てもらうこともあるけど」
「店頭にあるなら、直接行く方が早いです」
あと見て回ることが純粋に楽しい。貴族でもそういう人は結構いる。
「残すはアドレーさんのとこだけね」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。……あと一店なんですよね?」
「一店は正しくありません」
「店じゃなくて、工房だからね。アドレーさんは特別な武器を作ってくれる職人よ」
「武器ですか?」
グレンさんの視線が、私の持つ長い包みへと注がれる。
購入物はすべて運送まで頼み、特に荷物は増えていないから、買い物中もずっと持ち歩いていた。
「興味がありますか?」
「……あります」
意外そうなルカウドの質問に、グレンさんは暗い顔をしながらもはっきりと答えた。
アドレーさんの家に到着し、呼び鈴を鳴らすも返事はない。
いつものことなので、さっさと工房側へ回る。
「すみませーん、アドレーさーん? いますかー?」
「そんな大声出さなくても聞えてる。……ルカウドも一緒か」
気楽な呼びかけに答えたのは、筋肉質な、特に肩周りのがっしりとした中年男性。
「お久しぶりです」
「まったくだ」
彼は遠慮なく頷き、私達の背後へ視線を向ける。
「うちで新しく雇うことになった使用人です」
「グレイス・スヴィーです。よろしくお願いします」
これまでの店と同じく紹介すれば、グレンさんも頭を下げる。
「……カレムス・アドレーだ」
興味があるのかないのか。頬杖をつき、グレンさんを見やるアドレーさん。
「ふぅん……」
彼の好意的とは言いがたい視線にグレンさんが怯む。
「カレムス・アドレーといえば、チェーレの名工だけど。知らない?」
チェーレは魔力を動力とする道具のことで、今も私が首に下げているヘンダフーもチェーレの一種だ。
「俺は剣匠だ。魔法云々は機能の一つだってのに、どいつもこいつもそればっかり言いやがる」
「しょうがないんじゃないですか。実際すごいですし」
布を解き、現れた愛剣を鞘から引き抜けば、銀色の刃が煌めく。やや大振りで、少し反りのある片刃剣だ。
剣を受け取ったアドレーさんは、早速いつもの点検を始める。
私達と知り合ったばかりの頃は別の場所に住んでいたけれど、強盗に入られたそうで、もっと治安のいいこちらへ引っ越した彼。
専属の衛兵が巡回する、さらに治安がよくて作業環境の整った工業地区への誘いもあったと聞く。でもおもねることを強いられては堪らないから断わったらしい。
彼がおもねたくないこと――すなわち、認めた相手以外には武器を作りたくない。その一点に尽きる。
所有者に合わせて一から作り上げ、何度も調整を繰り返してようやく完成する逸品。修復どころか、整備や点検さえ彼以外には務まらない。つまり一回作ればそこで終わりではなく、所有者と継続的に付き合っていかなくてはならない。相手を選びたくもなるだろう。
「魔力通して振ってくれ」
「はーい」
返された剣を構える。
魔力を通せば、刃は徐々に朱色を帯び、ついに夕焼けのような色彩へ至った。十分な量の魔力が通った証を確認し、剣を振って見せるも、
「……もういい」
「何か問題ありましたか?」
楽しくなさそうな顔で止められてしまった。
「問題があるのは、剣じゃなくておめえさんだ。明らかに鈍ってる」
心当たりは……あった。
よい手合せ相手だった護衛が、すったもんだの末に西方へ旅立ったことだ。
「鍛え直せ。次、ルカウド」
すごすごとアドレーさんから離れ、置物のごとく佇むグレンさんへ声をかける。
「そこらへんの物にべたべた触わったりしなければ、少しくらい見て回っても大丈夫だけど」
「いえ……はい」
横に立てば、グレンさんは落ち着かなげに視線を巡らせる。
「ええっと……ルカウド様は剣じゃないんですね」
彼はルカウドが作業台へ置いた物に目を留めた。
「刃物を他人に向けるのが嫌なんですって」
ルカウドがアドレーさんに作ってもらった物は棒と鋏だ。飾り気のない鈍色の棒と、ぴかぴかの銀色をした大きな鋏。
棒の状態を確認し、アドレーさんが渋い顔をする。
「全然使ってないな……使えよ」
伸びろニョイボーと言いながら、自分の部屋で振り回している姿はたまに見かけるけれども。
「武器を使う機会なんて、そうはありません」
すごい嘘だ。しかしながらグレンさんの件で使わなかった理由はわかる。
アドレーさんの武器はなんだかんだで目立つから、他人に見られれば足が付く可能性も比較的高い。
「じゃあ魔力」
ルカウドは頷き、受け取った棒を掲げる。
棒が透き通るかのごとく薄い色へ――まるで青みがかった氷のように変化し、さらに鮮やかな赤が陽炎のように立ち上がった。
「綺麗ですね……」
「でしょう」
もちろん自分の剣の方が愛着はあるけれど、ルカウドのあれも素直に綺麗だと思う。しかしルカウドはといえば、
「色の変化をなくせませんか。目立ちます」
「しつこいぞ。いいかげん諦めろ」
棒を伸ばしたり縮めたり曲げたりしながら、今日も今日とてお決まりの提案を却下されていた。
「これはコヨーテの剣ですか?」
棒に続き鋏の点検も終えた後、ルカウドは工房の端に立てられた一本の剣へ向かった。
「完成しましたか?」
「最後の調整がまだだ。あいつ、いつ帰って来るんだよ」
「予定では、あと半年?」
アドレーさんが一層顔をしかめる。
「埃で埋まるぞ」
「邪魔なら、あいつが帰ってくるまでうちで預かりましょうか?」
「未完成品なんて外に出せるか」
それもそうかと納得する。
「……そいつ、あれの関係者だろ」
帰り際、かけられた言葉に少し驚く。
「アドレーさんが知ってるなんて」
「嫌でも耳に入ってくる」
アドレーさんは世事や噂話に興味がなく、必要がなければ工房に籠りっ放しもザラな人だ。他人の評価も気にしない、典型的な職人気質と言える。
「マフにも連れてくのか?」
「いえ、ロフですよ」
「……そうか。まあルカウドと一緒なら、ちょっかいかけてくる奴はそういねえか。機嫌損ねて決闘なんて、割に合わねえもんな」
「申し込みません」
ルカウドは否定するけれど、
「一回だけでも十分なのに、二回もやらかしてる奴が言っても説得力ねえよ」
「こちらから申し込んだことは一回です……」
剣匠を自称するだけあり、アドレーさんは基本的に剣を推す。ルカウドにも再三、私のように剣を持てと言ってくるのだけれど、ルカウドは断わり続けている。
なのに過去の決闘騒ぎでは、剣を手に戦った。適当な店で、見映え重視で選んだ量産品。
まずい気はしたけれど、案の定だった。アドレーさんはいまだ根に持ち続けており、しばしば思い出したように突っついてくる。
そろそろ止めるか、と思ったところだった。
「ずいぶん大きな剣ですね」
グレンさんがルカウドへ歩み寄り、全長が自らのつま先から肩ほどまである大剣を見つめる。
「使う人が大きいですから……」
ぎこちない彼へ、ルカウドもまた躊躇いがちに答えた。
「……」
「……」
しかし、会話は続かず――。
「……」
「……」
揃って私を見る二人。
「おい、大丈夫なのかあれ」
「今後の成長に期待ですね」
知識と技術を身に付け、颯爽とルカウドを助ける彼の姿が早く見たいものだ。




