第19場 はじめまして、からもう一度
帰宅し自室に戻った私は、扉から真っ直ぐ進んで露台へ向かった。
私とルカウドの部屋は隣り合っており、露台が繋がっている。そこに外を眺める気だるげな背中と、その横に寄り添う犬二匹を見つけたからだ。
まず目が合ったのはシィナ、次にノア。硝子戸に手をかけたところで、とうとうルカウドがこちらを振り返った。戸を開ければ、のんびりと声をかけてくる。
「おかえりなさい。ヘレナは元気でしたか?」
白い手すりと曇天を背に、金糸で刺された高価な上着を羽織ったルカウドがゆるりと笑む。
「うん、元気そうだった。お祝いも喜んでくれたよ。あんたにもよろしくって」
「そうですか」
「あとニコルくんとも少し話してきた。最近あんたが構ってくれないって寂しがってたよ」
「……」
「ん?」
「……えぇ?」
「何その顔」
やけに驚くルカウドの顔を不可解な心地で見つめていれば、ふっと穏やかな表情へ戻った。
「素敵な奥さんに、可愛い子供も生まれました。仕事も順調です。私が彼にできることはもうありません」
……そういう話だっただろうか?
違和感を覚えるも、指摘するより先にルカウドが話を変えてしまう。
「グレイスさんが来ました」
ルカウドの視線を追えば、ほんの少し懐かしい灰色頭が眼下に見えた。
今日は彼が初めて新しい職場を訪れる日。私達とも顔合わせ予定になっている。
「少し早いくらいね」
初っ端から遅刻なんてことがなくてよかった。安心する私の横で、ルカウドが上げていた前髪をさっと下ろす。
「おかしくないですか?」
「うん。たった今おかしくなった」
自らの装いを見下ろすルカウドに断言した。
「……顔は慣れてからと思っています。駄目でしょうか?」
「往生際の悪い……まあ、好きにすればいいんじゃないの」
どちらがいいかと言えば、もちろん前髪を上げた方がいい。もっと言えば、短く切ればいいと思っている。
「……そろそろ行きましょうか」
「きゅ! ――きゅっきゅう!」
待ってましたとばかりにノアが室内へ駆け戻り、早く早くとルカウドを呼ぶ。
「だっこですか?」
「ちょっと待って」
横切ろうとするルカウドを呼び止める。
「……どうかしましたか?」
「せめて背筋は伸ばしなさい。正直、私は髪よりそっちのが気になる。姿勢よくするだけでかなり違うんだから」
ぽんぽんと猫背を叩く。
「大丈夫だって」
「……」
「案ずるより生むがやすしよ!」
「ついこの間、難産に立ち会ったばかりでよく言えます」
せっかく元気づけたのに、さらりと毒を吐かれた。解せない。
「きゅー!」
「行きましょう、姉さん」
しかし次にかけられた言葉はずいぶんと柔らかくて、まあいいかと思ってしまう。
「姉さん?」
「はいはい」
白い息を吐く私の視界に、白いものがちらつく。
寒いわけだ。明日の朝はいつにも増して、起きることが億劫に違いない。個人的にはとても憂鬱な未来が確定してしまったわけだけれど、
「グレイスさんは、雪合戦がお好きでしょうか?」
「直接訊けばいいでしょ」
今この場でルカウドの隣りにいる私は、悪くない気分だった。




