第18場 ルカウドの親友・後
同僚と二人で帰宅中だったカレフ衛視は、酔っ払いの乱闘騒ぎに出くわした。仲裁に入るも、同僚が刃物で刺されてしまい、彼自身もあわやという局面で、
「酔っ払いの頭に、上から降ってきた煙幕玉が直撃したそうです」
乱闘があった場所は、丁度アリアちゃんの部屋の窓から見てすぐ下だった。その後も兄が呼びに行った応援の到着まで、彼女は部屋の物を投げ落とし続けたらしい。
そんな勇姿に惹かれたカレフ衛視は距離を縮めようとするも、彼女の反応は芳しくない。そこへ自分のために使用した煙幕玉が形見のようなものだったと知り、せめて代わりを贈ろうと考えた。あとブロールを欲しがっているという情報も入手したので、どうせなら一緒にと探したらしい。
「煙幕玉はまだしも、ブロールが見つからないと相談されまして。僕も調べてみたのですが、ブロールを扱っている店は見つかりませんでした」
「そんなのわざわざ調べなくても、あなたの店にあるじゃない」
「うちの店にもないんです」
「……どういう意味?」
「うちの扱う商品に香辛料はありません。ルカが気を遣うだろうと黙っていましたが……ルカに渡している香辛料は、僕が個人的に仕入れた物ばかりで、店頭には出していないんです。在庫も商品とは別に僕が管理していますから、間違って売りに出されたなんてこともありません」
「あなたの調査が完璧だったとして。店で買う以外にも、手に入れる方法はあるんじゃないの?」
「アン・フォークスは、知人からのお土産だと言っていたそうです」
「じゃあそうなんでしょ」
我ながらしれっと言えたものだと思う。
「いまだ彼女の身元が判明したとは聞きません。情報を意図的に隠していたとしか思えませんし、嘘を吐いていた可能性も高いのではありませんか?」
「可能性は証拠にならない」
きっぱり跳ね除けるも、彼は気を悪くした様子もなく続ける。
「アリア・スヴィーをこちらで雇う話はご存じですか?」
「ハイトラーさんから聞いた。自分から仕事が欲しいって言い出したんでしょ?」
なんでも男三人の会話に臆することなく入り、頭を下げてきたそうで。聞いた時は、喉に芋を詰まらせ、紅茶で流し込むくらいには驚いた。
「一回医師の健診を受けてもらって、意見を仰ぎながら彼女にできる仕事を探そうと思います」
「まあ手厚い」
「そうでもないですよ。だって僕は、彼女が一番望んでいることだけは……叶えるつもりがないんですから」
「監視も込みってわけ」
「仕事を紹介する上で必要だと伝えて、いろいろ話を聞かせてもらいました。アン・フォークスについてもです。容姿については聞き及んでいましたが、彼女から詳しい言動を聞いた僕の頭に浮かんだのはルカでした。放置すれば、彼女もいつか気が付いてしまうかもしれない」
「グレンさんは?」
「彼は守らなければいけない存在がまだいることを、ちゃんとわかっています。すぐには無理でも、遠からず前へ進めるでしょう。たとえその先が、アン・フォークスのいない未来でも。責任感が強く、とても真っ当です。知識と技術を身に付けることができれば、彼はきっと化けますよ」
「つまりもしもがあっても、交渉の余地はあるってことね」
「その点、彼女は少し……難しく思えます」
「なんか昔のニコルくんっぽいよねえ」
彼女の執念は、どこかあの頃のニコラスくんに通じる。
いくら素気なくされてもルカウドの許へ通い詰め、一年かけて打ち解けることに成功し、更に一年かけて言葉も教えてくれた。
「……僕には打算がありましたよ」
「きっかけとしては珍しくもない話だし、別に害意があったわけでもなし。今あの子を大切に思ってくれてるなら十分よ」
それで、と話を戻す。
「もしかして、動かぬ証拠みたいのはない?」
「あれば、こんなにのんびりはできませんよ。ルカも呼んで、早急に対応を話し合わないといけないでしょう?」
「それもそうね」
納得し、肩の力を抜く。
「彼女が恋でもして、アン・フォークスから目を逸らしてくれるといいんですが……」
「カレフさんって、どんな人なの?」
「年齢は十八歳、気さくで面倒見のいい青年ですよ。誠実な仕事ぶりから職場でも期待されていますし、両親に加え二人いる妹との家族仲もすこぶる良好。更には金銭関係と女性関係も、僕が知る限り問題ありません。懸念があるとすれば、彼を慕う女性がたくさんいるということくらいでしょうか。何しろ、これだけの好条件かつ見目もいいですから」
「それは少し心配ね。恋愛絡みでトチ狂う人って多いから」
とはいえ、現状は諸々カレフさんに頑張ってもらう他ない。
「そうだ。わかってると思うけど、もしもの時は何も知らなかったで通してね」
事実、ニコラスくんは今の今まで何も知らされていなかった。
「こうして話したのは、釘を刺すためでもあるんだから」
「……でしょうね」
ニコラスくんの顔には飲み込みがたいと書いてある。
「わざわざ被害を広げることないでしょ。あと私がルカに恨み言とか言われちゃうし? それに――」
引き返す機会はいくらでもあった。黙って押し通したのは私達だ。
たくさんの人に迷惑をかけてしまったことは申し訳ないし、もっとうまくできていたらと思わなくもないけれど、私達が動いたことで最悪の結果は避けられたと信じている。
「あなたが一番優先しなきゃいけないのは、私達じゃないでしょう?」
優しく言い聞かせれば、彼は静かに息を吐いた。
「ルカと同じことを言うんですね」
「うん?」
「ここのところ顔を会わせる度に言うんです。僕は家族を、ルカは勉強を優先しないといけないからあまり会えなくなるって。言葉自体はもっともですけど、そもそも最近は控えなければいけないほどの頻度で会っていません」
二人が会うのはせいぜい月に二回程度だし、お互いの家がそう離れているわけでもない。彼の言い分はわかる。
「新しい生活が不安で、他に構う余裕がないんだと思うの」
けれど私が口にしたのは、当たり障りのない取り成しだった。
「少し待ってあげて」
そう――これから、一年だけは。




