第16場 ルカウドの親友・前
「はじめまして。ジョウンくん?」
母親の腕の中でいい子にしている赤ん坊。興味深げに私を見つめる瞳は父親譲りの茶褐色で、うっすら生えた髪も収穫直前の稲穂みたいな色でよく似ている。これならきつい大奥様にいちゃもんを付けられる心配はなさそうでほっとする。
「顔立ちはどうかしらねーまだちょっとわからないなあ」
お祝い片手にヘレナを訪ねた私は、彼女とおしゃべりをしていた。
「私といたしましては、顔より性格ですね。夫は私に似て欲しいと申しますが、客観的に考えて自分と似た方がよいことくらいわからないのでしょうか」
「わあのろけ」
しばらくして使用人が顔を出し、私へ軽く頭を下げてからヘレナに話しかける。
「ランバーデム商店のお嬢さんが来てますけど、どうしましょう? こちらにお通ししても大丈夫ですか?」
普段はきっちりひっつめている髪を、今は緩く束ねているだけのへレナ。服装もゆったりとした物で、場所も談話室ではなく私室だ。それでも通されるということは、かなり親しい間柄なのだろう。
私はヘレナに退室の意向を伝えた。
「ニコラスくんに用があって。どこにいるか知ってるかしら?」
「旦那様なら、今言ったお客さんと一緒ですよ。これからお客さんを呼びに戻らなきゃなんで、アナベル様も来ますか?」
大体の間取りは把握しているし、他人の手を煩わせるまでもないかと思ったけれど。
顔なじみである若い使用人からの申し出を、私はありがたく受けることにした。
「久しぶりにアナベル様とゆっくりお話できて楽しかったです。お祝いも、ありがとうございます。ルカウド様にもよろしくお伝えください」
「ええ。じゃあまたねー」
ヘレナと別れ、案内された先は応接室だった。
「ミリシア様をお迎えに上がりました」
さしあたって少し離れて待つ。位置的に姿は見えないものの、よく知る男性二人の声に混じり、覚えのない女性の声が聞こえてきた。これはかなり若そうだとか、とりとめもなく考える。
ほどなく応接室から現れたのは、柔らかそうな金髪を肩までの長さに切り揃えた女の子だった。しっかり季節感を取り入れた小奇麗な出で立ちが、いかにも良家の子女といった印象だ。
「へ……?」
私を見て、彼女はとても驚いた顔をした。
使用人の真後ろに立って存在を主張するのもどうかと、むこうからも死角の――扉のある壁際で待っていたことが仇となったか。横で聞いていた限り、私のことを伝えていなかったこともあるだろう。
なので「ごめんね」と会釈すれば、彼女もすぐに「こちらこそすみません」と会釈を返してくれた。
実際のところお互いに発声はせず、彼女の様子から私がそう解釈しただけなのだけれど。大きく外れてはいないはず。
「こんにちは、アナベルさん」
続いて顔を出した彼、ニコラスくんも私に気付き柔和な笑顔を浮かべた。
「こんにちは。いつもの貰いに来たんだけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
気さくに答えた彼は、女の子へ顔を向ける。
「彼女が、君の会いたがっていたアナベルさんだよ」
「やっぱり! お母様によく似てらっしゃいます」
ニコラスくんの言葉に、若草色の大きな目が輝いた。
「あ、申し遅れてすみません。私はミリシア・ランバーデムです」
「アナベル・ノーベスよ。はじめまして、ランバーデムさん」
はにかみながら笑う彼女は、小動物のような可愛らしさだった。似たような髪形と身長なのに、我が家の珍獣とはえらく違う。
「昔、家の倉庫が放火されて……ノーベス伯爵が消してくださったんです。いくら感謝してもし足りません」
母さんの信奉者かと思えば、どうやら父さんの方だったようで少し安心した。
歌劇女優だった母さんに憧れる相手は、よく似た顔の私にも夢を見ている場合が多々ある。結果として、期待外れという顔をされた経験は少なくない。その点、防災を担う部隊を率いる父さんの支持者は気が楽だ。
「彼女も今年ロフに入学するんですよ」
「あら、そうなの?」
ロフの新入生なら成人済みのはず。この国の慣行に従えば成人女性は髪を伸ばすものであり、彼女のような短い髪は珍しい。低めの身長もあって十四歳くらいかと思った。
「じゃあ後輩か。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
とはいえ、マフとロフは学舎が別だから、あまり顔を合わせる機会はないだろう。
私よりよほど遭遇する可能性の高そうなルカウドについては――あえて触れないでおく。恩義だけで付き合うにはあの子が難物すぎて、この素直そうなお嬢さんに義務感を植え付けたくない。
「お会いできて嬉しかったです。ありがとうございました」
そして最後に改めて父さんへの感謝を述べると、彼女は使用人とともに去っていった。
「よいご令嬢でしょう?」
「そうね。それでも少し驚いたけど」
有名人の両親だけでなく、私とルカウドにも会ってみたいという人は結構いる。
それを承知していても、ニコラスくんが他人に私達を紹介することはほとんどない。私達のために人脈を使ってくれることはあれど、人脈作りに私達を使うことはしないでいてくれる。
今回彼女を紹介してきたのも、純粋にルカウドの学友としてどうか、という提案なのだろう。
「専門性の高い商品を扱っている店のお嬢さんなので、話も面白いですよ」
「何を扱ってるの?」
「たとえば、これですね」
ニコラスくんが手に持っていた箱を開ける。
綿に埋もれて納まった六つのそれは、色や大きさに多少の違いはあれど、どれも掌に収まる黒っぽい球体だった。
「これは?」
「煙幕玉です」
一応訊ねてみたものの、既視感が強化されるだけに終わった。
「知人に相談されまして。彼女に話してみたら、お祝いと一緒に持ってきてくれたんです。どうかしましたか?」
「いえ、別に。これ以外は何を売ってるの?」
「狩猟者向けの小物や機械式の罠、職人向けの工具が中心ですね。手堅い物だけでなく変わり種も扱っていて、その筋では有名なんですよ」
「へえ……ルカに紹介したい?」
「僕が直接紹介すると、自分の負担を無視してまで、彼女の面倒を看ようとするかもしれませんから。アナベルさんと面識を作っておくくらいが丁度いいですよ」
「よくわかってらっしゃる。それで、いつものあれは?」
「そうですね、付いてきてください」
軽く首を傾げつつ、深くは考えず先導する彼の背に続く。
ニコラスくんからは定期的にルカウドが使う香辛料を譲ってもらっている。基本的には本人が受け取っているけれど、こうして機会さえあれば、私が受け取ることも珍しくはない。
友人の姉とはいえ、貴族の令嬢に荷物運びをさせるなんてと初回は恐縮された。
私としてはただでさえ儲けのない友情価格に、他人まで使わせるのは気が引けて――私が愛用する剣より重いのかと問えば、以降は遠慮なく手渡されるようになった。
「どうぞ」
その部屋はずいぶん奥まった場所にあった。促されるまま入室し、視線を巡らせる。
普段通される談話室よりこじんまりとしていて窓もないけれど、調度品が真ん中に置かれた長方形の机と、それを挟む二脚の長椅子のみなので窮屈には感じない。
「そういえば、アナベル様は初めてでしたね」
「ルカはよく使ってるの?」
「たまにですよ」
ニコラスくんは小さく笑い、卓上に置かれていた鞄を開けた。
「すみません。直前に一本欠品してしまいました」
言われてみれば、いつもは瓶が隙間なく詰まっているのに、今日は一本分だけ緩衝材と代えられていた。
「それくらい気にしないって」
「ブロールという、北で出回っている香辛料なのですが」
「へえ」
「どうしても欲しいと頼まれたので、渡してしまいました」
「そう」
二人はゆうに座れるだろう椅子の中央へ腰を下ろす。革張りの椅子は見た目だけでなく、座り心地も上質だった。
ニコラスくんは扉の鍵を閉めると、私の正面に座った。
「ここなら他の誰かに話を聞かれる心配はありません」
「そう。で、私に何を訊きたいのかしら?」
背もたれに深く寄りかかった私は、意図して唇の端を釣り上げた。




