第12場 白馬と大蛇・後
「外まで送ろう」
そう言って、白い彼は膝を折り座った。
乗れということだろう。私としては嬉しい申し出なのだけれど、
「……お気持ちだけで十分です」
アンがまたもや難色を示した。
「せっかくだし、乗せてもらわない?」
疲れもあるけれど、何より、一角獣に乗れる機会なんてもう二度とこないかもしれないのだから。好奇心が疼く。
『鞍がないのは無理。落ちるよ』
「彼女はなんと?」
「道具なしで乗るのが怖いみたい」
「首に抱きつくか、たてがみを掴めばいい」
「肝心の腰が安定しません」
そんなことより、とアンが彼から視線を逸らす。
「彼らをどうにかしなければいけません」
「ああ、あれか」
彼は心底どうでもよさそうに倒れた男達を一瞥し、またすぐにアンへ優しい眼差しを向けた。
「こちらでよきに計らおう。なあに、このドゥムジェはなかなか頭が回る。抜かりなく事を運んでくれるはずだ」
「っなぜ我が手を貸してやらねばいかん」
軽く言い放った相方に、蛇が苛立ちを滲ませる。
「何を渋る。ああいった手合いの始末など、珍しくもないだろう」
白馬と大蛇のやりとりを少し引いて眺めていれば、不意にアンが一歩前へ進み出た。
「……あの」
小さな声だったけれど、白馬と大蛇が同時にアンを振り返る。
「十分です。これ以上の迷惑はかけられません」
「気にすることはない」
「……気に入らんな」
遠慮がちなアンに、一角獣は悠然と返した。しかし蛇は、
「すぐにあれらを下さんかったのは、我らに気付いておったからだろう? 半ばで堪えかねたようだが。我らの介入を待ち望んでいたくせに、今更迷惑だなんだと白々しい」
嘲笑混じりに吐き捨てた。
言い返したい。でも私はこの魔獣に敵わないだろうから、もし争いになれば、結局アンに負担をかけるだけだ。一角獣が庇ってくれる気もするけれど、彼をアテにするのも違うだろう。
そんな大人の分別を発揮した私の前で、
「ぎゅうぅ!」
――吠え猛る犬が一匹。主人の腕を勢いよく飛び出した。
「ぎゅおおぉぉ――おう?」
「いけません」
しかしすぐさま掴んで止められ、着地することなく主人の胸に戻った。それでも諦め悪くもぞもぞと動いていたけれど、ほどなくアンの胸に半ば埋まる形で落ち着いた。
「むきゅう……」
不満そうなノアの背を撫でながら、アンは小さく笑みを浮かべ――そして、前を見た。
「合っています。あなた達の介入を待っていました。上は堪えましたが、下まで脱がされることは無理でした……結果はあの通りです」
「それは……すまなかった」
「謝らないでください。少しでも安全に助けようと、様子を窺ってくれていたのでしょう? 気持ちは嬉しかったです」
「うむ」
乙女からの感謝に、一角獣は喜色を滲ませるも――、
「私に効果の広い魔法を撃てば、簡単だったでしょう。纏めて済ませられます」
嬉しいと言った口で、これだ。その纏めてはあんたまで纏めて、でしょうが。
「っそれは……そんなことはしない!」
彼は目を見開き、慌てて立ち上がる。
アンは目を瞬かせ、彼を見た。
見つめ合い、先に口を開いたのは彼だった。
「……そのような扱いをされては、辛いだろう?」
抑えた声で訊ねた彼に、アンはあっさりと返す。
「ええ、まあ」
「そうか……かわいそうに」
悲しげに漏らした一角獣は、不意に頭を下げた。
アンの頭に顎を載せた彼は、目を閉じ、頭を左右に揺らす。もしかして、撫でているつもりなのだろうか。
「このような、いたいけな娘が……」
無言でされるがままのアン。
反応の薄いアンに代わり、巻き添えで同じく微震に見舞われるノアの目が、どうにかしろと訴えてくる。
「その子もいろいろ疲れてるし、そろそろ勘弁してあげて欲しいんだけど」
控えめに申し出れば、彼は思い出したように私を見た。
「おお、すまない。つい」
ひょいと頭を離し、彼は改めて座り込んだ。振り出しか。
ややげんなりしていると、上目遣いの彼をじいっと見下ろしていたアンが口を開いた。
「私達を乗せるより、彼らを運んでくれると助かります。あの一番大きな人を運んでもらえるなら、残りは私一人で運べます」
「私だって一人くらいならいけるよ。引き摺ってもいいよね?」
アンが二人なら、私はせめて二番目に重そうなのを運ぼう。軽く見繕っていれば、
「……ドゥムジェよ」
地を這うような声が聞こえた。
「なんとかしろ。あんなものを乗せたら背が腐る!」
「ならば、手など貸さねばよいではないか」
「乙女の頼みを無碍にできるか。以前死にかけたお前を助けてやったろう!」
「昔の話を持ち出しおって……おい小娘」
不満げに呟くと、蛇はアンへ視線を寄越す。
「運び出してどうする。埋めるならば、この森で済ませた方がよかろう」
「……然るべき場所へ引き渡します」
「やはりその程度か。慰み者の次は、晒し者とは」
――さて、どうなるか。蛇がせせら笑う。
苦しげに顔を歪めるアンを見て、昔のことが頭をよぎった。それは言うなれば二度目の――。
「そもそもだ、然るべき場所とやらは、あれらをどこまで裁けるのだろうなあ?」
「それは……」
表情をくもらせるアンには、何か懸念がある様子だ。
「埋めるべきとおっしゃるのですか?」
「いやそれは駄目でしょ」
自衛で勢いあまってならともかく、無力化した相手を私刑で殺すなんて、抵抗があるどころの話ではないし、それをアンにさせるなんてことはもっての外だ。
「我を侮るな。罪を詳らかにせず、罰は相応しく与えればよいのだろう?」
「そんな都合のいい方法があるの?」
「我ならばできる」
「どうするおつもりですか?」
「なぜ懇切丁寧に説明してやらねばいかん」
自信たっぷりで答えるも、肝心のところでそっぽを向く蛇。
「ひねくれ者ですまない」
「望み通り手を貸してやるのだから、文句を言われる筋合いはない」
「これでも約束は守る奴なので、許してやっておくれ」
「おぬしら人と違ってな」
呆れたような視線を送る相方に、蛇が不貞腐れる。本当に面倒くさい性格をしているらしい。
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
つい見てしまった理由を生温く笑ってごまかす。
アンは怪訝そうだけれど、正直に答えて微妙な顔をさせるよりはマシだろう。
「ともあれ、話は纏まったな」
彼から期待に満ちた視線を注がれ、アンは自分の胸元に視線を落とした。
「……いい子で付いてきてくれますか?」
「きゅっ」
威勢のいい返事に表情を緩め、今度はこちらを向く。
「前に乗ってもらっていいですか?」
「はいはい。じゃあよろしくね」
観念したらしいアンのお願いに頷き、白い彼に軽く断りを入れてから跨る。
「……失礼します」
ノアをそおっと地面へ下ろしてから、アンもぎこちなく跨った。
お腹に腕が回ってきて、ぎゅっと抱きつかれる。バイクの二人乗りみたいで懐かしい。
「立ち上がっても大丈夫かな?」
「うん」
「はい」
ゆっくりと立ち上がった彼が、蛇へ振り向く。
「では任せたぞ、ドゥムジェ」
鷹揚な呼びかけを無視し、蛇は男達へ這い寄る。かぷかぷかぷかぷ。素早く全員を噛むと、何事もなかったかのように戻ってきた。
「これで意識が戻っても動けん」
麻痺毒だろうか。
……少しほっとする。口を挟む間もなく、さっくり終わらせてしまったのかと思った。
「なんだ、来るのか」
「悪いか」
「いいや? ――では行こうか。見ての通り私は浮かれているから、粗相をするかもしれない。何かあれば教えておくれ」




