お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~大臣方と姫君~
ティアちゃんの堂々とした振る舞いは、こういう心無い言葉から生まれてくるのです。
「リシティア様」
「……いずれ話す」
苦々しい声が会議場に響き、大臣達は一瞬口を紡ぐ。
しかし、すぐに思い直し、次々に言い募った。こんなことで怯んでいては、大臣職など務まろうはずもない。口々に言いたいことを言い出した。
「しかし、リシティア様。詳しいことをおっしゃってくださらなければ」
「私達も対処のしようがございません」
「そもそも、あの娘がエインワーズ家の末裔だと、本当ですかな」
「そんなわけがない。あの日、全ての人間は確かに」
「静まれ。うるさいぞ。……何をしようが、貴殿らには報告する。それがわたしの、義務だからな。貴殿らから見れば、随分通さないだろうが、それでも『王代理』であることには変わりない。違うか?」
ぐっと低い声に、大臣達は体を僅かに揺らした。確かに今、その少女の後ろに『王』を見た気がしたからだ。
年齢にすれば、彼らの半分も生きていない小娘の後ろに、である。幾人かの男はそれに腹立たしそうな態度を示す。
たかだか小娘に、少しでも恐れをなした自分に腹を立てているらしかった。
「ち、違いません。我らがリシティア様。あなた様は現王、ユリアス王の代理でございます」
「しかし姫君、もしエインワーズ家の娘の話が本当だとしたら」
「本当だとしたら、どうするというんだ? 貴殿らに、あの少女をどうにかする権限は一切与えられていない。仮に彼女が本当の生き残りだとしたら、貴殿らは彼女を十六年も前の罪で殺すか?
――しかし、王族殺しの咎を貴殿らが受けることになる。彼女が本当に、エインワーズ家の末裔であるとしたならば、な。それでもいいなら、どうとでもすればいい
ただし、わたしからの『罰』があることを忘れるなよ。わたしは同族を殺されて、黙っていられるほど優しくないつもりだ。
それに、彼女を殺すことになれば、貴殿らがわたしに常々隠したがっていることを、洗いざらい吐いてもらわなくてはいけなくなってしまう。大臣職にでもなれば、少なからず事情は知っているだろう?」
王女がにやり、と笑った。狂気の混じったようなその笑顔に、数人の大臣が顔を強張らせる。
それだけで、『隠し事をしている』という事実を知るには十分な証拠だった。
「っ」
「以上だ。これ以上何か言いたいなら、個人的に来てくれ」
冷え冷えとした声が止んで、それから足音が響く。一切の話を聞こうとしないまま、その少女は出て行ってしまった。
静かな場内が、王女が出て行った後で少しずつ煩さを取り戻していく。
それと同時に、冷え切っていた部屋の中の空気もそれなりの温度を取り戻し始めた。どうやら、空気が冷たかった原因は、王女にあったらしい。
その後ろで、大臣以下男たちが不満げに鼻を鳴らし、次々に王女を批判し始める。最近身勝手な行動が目立ち始めた、王女に対する痛烈なものだ。曰く。
『たかだか十六歳の娘が』
『王になる道を、自ら切り捨てたくせに』
『旧王都の人間が母親の癖に、大きな顔をして』
『我らが長くこの国を守ってきたという事実を知っているのか』
『全く、これだから姫君というものは困るのだ。大したことも知らないくせに』
等々。王女自身が聞いたら、鼻で笑われそうな言葉達だった。彼女の優秀さを知っている者だと、顔を青くしたかもしれない。
もっとも、大臣以下多くの貴族方はそんなことどうでもよく、ただ日頃の鬱憤を晴らすためだけに言っているようだ。
政に類稀な才能を持つ王女を、こんな風に言えるのも怒りがあるからだ。通常の判断力というものが存在していれば、まず口に出来ない類の文句であろう。
自らの能力と比較して、肩を落とす人間だっているのだから。
最近とみに目立つ、自分達を軽んじているような行動に、貴族方は不満を抱かずにはいられない。しかしそれ以上に、彼女の持つ王たる何かに恐れをなしているのも事実だった。
よって、表立っての批判はあまり口に出せずにいた。
あの冷ややかな瞳で見つめられれば、否応なしに『冷淡な白薔薇姫』の称号が浮かんでしまう。それでなければ、半年前の結末を思い出してしまうのだ。王の承諾も得ず行われた審判と、その後の顛末。
服従せずにはいられなかった、鋭い瞳と笑顔。大臣達の声に耳を傾けているようで、まるで自分の想像通りに動いている様子を静かに見届けているようにも見えた。
信頼していた騎士が倒れ、一時は冷静さを欠いたように見えた王女は、その後すぐに体勢を立て直した。
あれだけの悲鳴が嘘のように、しっかりと立ち上がった。それに感嘆以上の恐ろしさを感じてしまったのだ、この大臣方は。
あの姫君はもはや少女でも何でもなく、王であるのだ、と。
自分の大切にしている人間よりも、その役割を優先するのだ、と。
それは一人の少女というには、少々異常すぎる行動だった、と大臣たちは思う。思う、がそれで救われたのも確かに事実なのだ。だから、何も言えない。
それが正しいとも、正しくないとも。
「さて、王女は何を考えているのやら。そう思わぬか、ボールウィン大臣」
「そうですね。私には何を考えているのかさっぱり」
穏やかな笑顔からは、何も見えず周りの大臣は眉を寄せる。この人間もまた、食えない人物であるとここにいる人は皆知っているからだ。まともな神経をしていれば、近づくことはないだろう。
近づけば利用されるか、さもなくば頭から喰われてしまうか。二つに一つだ。何とも恐ろしい二者選択。
出来ればどちらも取りたくはないが、この人が相手だといつの間にかそのどちらかに嵌っているのだから、不思議なもの。
「貴殿には、分かっているのではないか」
「まさか。あの王女の考えなど、私たちに計れるはずもないことですよ」
にっこりと笑ったシルド・ボールウィン。その様子を見て、数人が立ち上がりイライラと声を上げる。いつもこのボールウィン大臣にやり込められている人たちだ。
「ボールウィン大臣、貴殿の息子達にも言いたいことがあるのだがね。最近では、あの長男殿でさえ、少々理解できない行動に出るときがあるとか。まぁ、次男殿は今に始まったことではないがね」
「そう。跡取りが約束されているあの容姿を持って生まれたにも拘らず、実家の名を捨てるなど。狂気の沙汰としか思えぬ」
「おまけに、仕えているのは後数年もすればどこかへ嫁いでしまうかもしれないリシティア様だ。シエラ様に仕えればいいものを。まったく、アレク殿の考えは私たちには理解できません」
「そして、平民育ちの娘と親しくしているらしいセシル殿も。あの娘は、未だ素性の分からない、『謎』です。そんな娘とかかわりを持って、一体どうするのか」
「名門ボールウィン家の息子達が、何とも恥知らずな」
「まったくだ。これからの政の中心となるような人物達が無責任に」
口々に言い募っている大臣達に、ボールウィン大臣はあえて反論を返さない。ただ静かな微笑でその声たちを受け止めていた。
「若者達の考えは、彼らだけのものですよ。私達がとやかく言っても、彼らは聞き届けないでしょう。特に、下の息子は誰に似たのか頑固者ですからね。自らの主は、自らで決めるようです」
私も、そうでしたから。
そう言って、大臣は扉の方へと去って行ってしまう。大臣自身に対する嫌味だったはずなのだが、本人はどこ吹く風。気にしていないらしい。
「ボールウィン大臣っ」
「まだ話は終わってないようだが!」
「そうですか? 王女がいなくなった今、もう話しても仕方のないことだと思いますが」
他の大臣方も、それ以上何を言っても無駄だと感じ、次々に席を立つ。
残った数人は、王女に直接抗議するかどうか迷いっているようだった。しかし、やがてその抗議する人間に誰も名乗りを上げないことに気がつくと、小さな声で文句を言いつつ、会議室から出て行った。
短くてすみません。次回はこれより長めです。ティアとアレクの会話。