お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~真実だけ~
短め。どれくらいの長さがベストなのか、未だ掴めず。
「すみません、グレイスさん。二人とも、あなたを思ってのことですから、許してください」
二人が出て行ったのをしっかりと見届けて、アレクさんは息を吐いた。
それから席へと促され、お互いに席へと座る。彼はわたしを王族として接しないことにしたらしい。妙に敬うことも、貶すこともせず、普通に接してくれる。
「さて、どこからお話すればいいか迷いますね。実に入り組んでいて、二人の言い分も一理あるから」
迷ったように視線をさまよわせて、それからわたしを見て、ふわりと笑んだ。
わたしに向けられた、初めての笑顔だ。セシルがするみたいに、ただ優しさを含んでいるものでもなく、ただ何だか安心してしまう笑顔。
「あの、セシルを、傷つけてしまったみたいです、ごめんなさい」
冷静なアレクさんを相手にすると、自分が随分と感情的になっていたように思った。そのせいで、セシルにひどいことを言った。わたしを、好きだといってくれる人に。
あんなに、一生懸命わたしを守ってくれようとしてくれる人に。どうしてあんなひどい言葉、いえたんだろう。
感情に流されたとは言え、聞き分けのない子供のような言い方をした。自分は、好きなのに相手はまるでそうじゃないみたいな言い方。
わたしは、好きだけど、セシルはそうじゃないみたいな言い方。……そんなことないと、今までの行動で痛いほど分かっているのに。とても大切に、してもらっているのに。
わたしは、好きだよと、そう言えばよかったのかもしれないと、今更ながら思った。
「いえ、兄も感情的になっていたみたいだし、大丈夫でしょう。あれで結構、打たれ強いところがあるから」
ニコッと笑って、それから切り取られたように不自然になってしまった髪を手に取られる。
「完全にこちらの落ち度でした。すみません、こんなにしてしまって」
「いえっ。あのっ、わたしこそ、何も出来なくて」
セシル相手だと、色んな想いが混ざって上手く言えない言葉も、アレクさんにならすんなりと伝えられた。彼と全く違う容姿をしているせいで、弟だということも時々忘れそうになる。
セシルに言葉を伝えるとき、色々と躊躇してしまうのだ。何が彼を悩ませ、怒らせ、不快にさせるか分からない。それは、『好き』だから。
そんな単純なことに、今気付くなんて。アレクさんと話している、今になって。
「まず、先ほどのティアの行動を謝らせて下さい。随分、気に病ませるようなやり方をしましたから」
傷は浅く、何ともないそうです。彼女に言わせれば、傷のうちにも入らないらしい。
「あの、罰って」
「あぁ、優しいあなた相手だからできた罰ですよ。つまり、自分のせいで他人が傷つくことを嫌うあなた相手だから、ティアも自分の手を切ることができた」
あの人は本当に、人の痛いところを突くことが上手いから。
「次にあんなことをすると、あなた以外の人を傷つけるっていう、牽制の意味を兼ねて、ですかね」
「そう、ですか」
それだけのことで、自分を傷つけるのか。
「許してやってください、とは言いません。『この中』で育ってないあなたには、今のティアを理解することは難しいでしょう。同じように育ってきた俺でさえ、難しいから」
苦悩にまみれたその声で、やっと彼も年相応に彼女を好きなんだと自覚する。
追いつけない彼女を、一生懸命捕まえようとしているのだろう。だけど、その間にはやはり、大きな溝があるのだ。一緒にいて、不自然でない彼女らでさえも。
「だけど、分かってほしい。彼女は、この国を、民を、愛しているだけです」
「はい」
納得なんてできない。そんなのやっぱり少し異常だと思う。
国と民のためなら、何だってできるなんて信じられない。だけど、彼女にとってはそれが偽りのない事実なんだ。そういう風にしか、育ててもらえなかったんだ。
「それで、本題ですね」
そこでやっと、アレクさんが本題に入ろうと少し身を乗り出した。
「事実だけを言います、よく聞いて下さい。エインワーズ家に、謀反に関わった証拠は一切出てこなかった。
謀反に加わった家と懇意にしていたあなたのお父さんは、謀反の計画が進められていたと思われる時期から、ぱったりとその方々と交流を断たれました。
それが何を意味するのかは、はっきりとは掴めていません。
そして、その証拠集めに奔走したのは俺達の父であり、最終的に謀反だと判断した王様に、その決断の資料として様々なものを渡したのも、俺達の父です。
云わば、あなたの父を殺したのは『シルド・ボールウィン』」
息を呑む。何も言えない。
だから、ティアは言わせたくなかったのか。だから、セシルは誰が困ろうがもうどうでもいいと言ったのか。
ティアは、わたしとセシルの間に溝ができないように。
セシルは、自分の父親のせいで無罪かもしれないわたしの父が、殺されたから。
「兄は、その事実ごと公表することを提案しています。つまり、無罪だったかもしれないことを。王様の判断が、誤りだったかもしれないことを。そして真相を掴もうとしています。
反対に、ティアは全てを調べるのと平行して、全ての謎を公表しないようにしています。事実は、自分の胸に全てしまって、十六年前の忘れかけられた事件を、そのまま闇に葬る、と。
そして、あなたには新たに『名』を与えると。新しい王族の家名を与え、事情を知っている数少ない貴族には緘口令を敷き、全てなかったことにする」
「あの……」
「どちらがいいのか、俺には分からないから、事実だけを伝えました」
僅かに苦さを含んで笑うアレクさんにも、どちらがいいのか、なんて分からないのか。それなら、わたしが分からなくったって、当然なのかもしれない。
「そう、ですか」
「でも、たとえどんなことがあっても、ティアは自分の血族を見捨てることはないと思いますし、兄もあなたを蔑ろにはしないと思いますよ。もちろん、俺も」
あなたは王族の特質を持っているから。
「髪と、目ですか?」
「もっと本質的なことですよ。外見も確かにありますが、それだけじゃない」
アレクさんが緩く笑って、それからそっと耳元に唇を近づける。
「愛される素質があるということです。皆不思議と味方したくなる。特に、我が家の男は王族の血を引く姫君に弱い」
父はティアの母に、俺はティアに、兄はあなたに。
「ね?」
それは、わたしを元気付けるかのような言葉で、ほんの少しだけど笑った。
「あの、アレクさん」
「何ですか?」
「セシルに、ひどいことを言ってしまったんですけど、謝れば、許してもらえますか?」
聞いたところで、それはセシル自身にしか分からないことだろう。しかし、縋るように聞いてしまった。『許してもらえますよ』と言ってもらえたら、勇気が出るような気がした。
「それは」
少しだけ、アレクさんが笑う。今日はよく笑う日なんだ。すごく、優しい顔をして笑う。
「それは、兄に会ってから言ってみればどうですか? 兄のことですから、許してくれると思いますよ?」
小さい頃、何度も許してもらいましたからね。
そう言って、アレクさんは過去を懐かしむような顔をした。
セシルは重度のブラコン、シスコンであると信じて疑わない。