お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~有罪の無実~
「離してっ」
「グレイス」
「離してってば!!」
訳が分からなかった。自分の身を道具のように扱うティアも、わたしを危険なものから遠ざけようとするセシルも、一体何がしたいのか、全く分からなかった。
自らの無力さも、無知さも気にならなくなるくらい、腹が立った。自分のせいだという意識も、何もかも抜け落ちて、ただセシルを責める言葉だけが口から漏れ出す。
「どうしてっ!!」
どうして、どうして?!
「どうしてわたしをっ、遠ざけようとするの?」
わたしはもう、何も知らなかったあの頃には戻れない。
ただの孤児で、マザー・アグネスに守られていて、何の心配もなかったあの頃の自分自身を、もう思い出せなくなっていた。自分は、『グレイス・クロノス』ではなくなっていたのだ。
いつの間にか。王族じゃない、なんて言い張りながら。少しずつ、少しずつ昔の自分をすり減らしていっていた。
「わたしはもう、あの頃のわたしじゃない!!」
そうだ。もう、あの頃の自分じゃない。
「じゃぁ、王族なの?」
「違うけどっ」
違うと、言い切れる自分はまだいるけど。だけど確実に、減っているんだ。
断言できるほど、無関係でいられる自分はもうほとんどいない。ごく自然に、自分が王族であることを受け入れていた。
王様に会って、話をして、ティアと仲良くなって。父を、受け入れていた。教会にいた頃は、あまり考えもしなかった両親を心の中で思い浮かべていた。どんな、人たちだったんだろうかと。
「グレイス、君は王族だけど……」
本当の意味で、ティアたちみたいにはなれない。
「なってほしくないんだ」
セシルが、苦しそうに一度喉を鳴らした。
「確かに、ティアはすごい。次期女王として、何の不足もないだろう。だけどね、ただの女の子としては足りないことだらけなんだ。ううん、足りないからこそ、女王として相応しいと思えるんだよ」
意味が、分からない。
「俺はね、グレイス。君には、そんな風になってほしくない」
『君』が好きなんだ。
「グレイス、君自身が好きなんだよ。王族のしがらみも、権力争いも、何も知らない君が大切だ」
そんなの、勝手だ。城に、連れてきたくせに、そんな『わたしと関係ないもの』ばかりがあるところに連れてきておいて、それに染まるな、なんて。何て、勝手な。
「セシルの、言ってることが分からないよ……」
「ごめんね。好きだよ」
その好き、は何にも興味のないわたしに対する言葉だ。知りたい、と思ったわたしに対するものじゃない。
「離して」
「グレイス」
「そんなことに、興味のない子を選べばいい。わたしは、もう戻れないから。セシルが好きな、わたしはもういないんだね」
街娘の、わたしはもうどこにもいないんだ。王族に、なれないくせに、中途半端にいろんなことが気になるわたししかもういない。
「君がっ、好きなんだ!!」
「だけどそれはっ、今のわたしじゃない!!」
彼の手を振り解き、彼から距離をとった。彼の掴んだ手が痛くて、涙が滲んだ。
「わたしはもう、知っちゃったんだよ! 自分の元の家が、どんな家だったか!! 他の人から見て、どうか。そうしたらもう、何も考えずに、ただ漠然とセシルが好きだった頃には戻れない。
セシルが大切だけど、好きなだけじゃいけないことに気が付いちゃったんだもん」
幸か不幸か、先ほどのティアの言葉で知ってしまった。
王族は、それだけじゃ駄目なんだ。どうしようも、ないんだ。セシルのためなら、この身がどうなろうと構わなかった。だけど、それは思い上がりなんだ。
自分の血は、王族の血だから。彼一人の命なんて守れないんだ。民の命は、守れるのに。
「確かに、この国の人のために、命を捧げるなんてできない。民のために、この身を裂くことは、ティアみたいにできない」
だけどね、セシル。
「セシルのためにも、できないことが分かっちゃった」
わたしが死のうと、『今の自分』にはセシルを守る力なんてないんだ。ただの孤児でも、王族でもない自分は。
エインワーズ家の一人娘として、世間に出ない限りは。エインワーズ家の真実を知り、その定めを受け入れない限りは。
「王族に、なろうとしてるわけじゃないよ」
王族に、なりたいわけでもないんだ、本当は。
だけどもう、どうなりたいか、自分でも分からないんだよ。どうしたら、一番いいか、なんて分からない。だけど、このままじゃいけないことくらい、分かる。
「グレイス。そのままで、いいよ。俺が守るから、何からも、ちゃんと守る。ティアにだって、手を出させない」
それは、無理だよね? セシルを犠牲にして、守って欲しいわけではない。
セシルがその気になれば、本当にティアの手から守ってくれるのかもしれない。エインワーズ家の謎が、世間に出ないようになるのかもしれない。
「君のためなら、謀反の謎を世間に明かしても構わない」
「どういうこと? 謀反を、出さないようにするんでしょ?」
わたしが知っている知識と、セシルが知っている真実がかみ合わない。謀反を世間に明かさないことで、わたしを守ろうとしているんじゃないの? 違うの?
「いっそ、世間に明かしたほうが君のためかもしれないという、だけだよ」
謎も、不可解な事実も、全て晒してしまえばいい。その結果、貴族や王族が困ろうが、もうどうでもいい。
「セシル、意味が分からない。何を言っているのか……わたしにはよく」
「分からないなら、説明してあげるわ」
割ってはいるのは、恐ろしいほど冷静な声。ノックも何もなく、セシルの自室の扉が開いた。
「ティア。いくら友人でも、礼儀はわきまえるべきだ」
「ごめんなさい、話し合いが終わってもないのに、セシルが色んなことを伝えようとしているみたいだから入らせてもらったわ」
厳しいセシルの声に、ティアは笑ってこたえた。
腕をしっかりと包んでいる服からは、怪我をしている様子は分からない。どこまでの深さだったのか、どれほどの大きさだったのか、聞くことさえ憚られた。
「グレイス、君の父君は無実だったかもしれないんだ……」
「セシルっ!!」
「事実だ! 無実だった『かも』しれない」
それは少なからず、有罪だったかもしれない、という可能性も秘めている。
「謀反に加担した形跡は全く見られず、証拠見つからない」
「じゃぁ、何で」
何で、殺されなければいけなかったの。証拠も何もないのに、どうして。
「色々、あったのよ」
「その色々って何?! 『色々』で、人を殺すことができるの……?」
ティアの何かを隠す仕草が苛立ちを高める。そのときに、もう一つの声が入った。
「ティア、兄さん、出て行ってください。俺が話しますから」
表情の変わらない端正な顔立ち、漆黒の髪と瞳。それがティアとセシル、それからわたしの間に入って声を上げた。
「あなたたちは、総じて冷静さを失っているようです。こんな状態で、グレイスさんに話しても正しいことは伝わらない。出て行ってください。それなら、俺が話したほうがまだマシだ」
冷静な声は、こんなときでさえ感情を映していない。
「命令するの? このわたしに」
「お前には関係ないことだよ、アレク。下がってなさい」
「リシティア様、大臣達がもう来る時間です。部屋に帰ってください。外にエイルがいますから。ボールウィン大臣補佐、あなたも同様です。ボールウィン大臣から、至急戻ってくるようにと」
ふわりと息を吐いたアレクさんは、口調を変えて二人に告げる。それはアレクさんからではなく、騎士隊の隊長からの促しの言葉だった。
それぞれ、王代行、大臣補佐という肩書きを持つ二人は、しばらくアレクさんを睨みつけて、やがて扉に向かった。
「アレク、余計なことは言わないでちょうだい」
「彼女を、傷つけるような真似をしないでくれ」
それぞれそう言って、それから大人しく部屋を出た。
雲行きの怪しい感じですが、グレイスは基本、物事をそんなにややこしく考えない子です。ティアとアレクに分けてあげたい……。