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姫と騎士  作者: いつき
番外編
95/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~傷の一つ~

 怒れるアレク。怖いと思います、怒らせたら。

「アレク、雰囲気が怖いわ」

「原因を知っているだろ。俺は、このために剣を持ってるわけじゃない」

 冷たい声、冷たい仕草。奪うようにしてわたしから剣を取り上げたアレクは、一瞬だけわたしの傷を見て目を眇めた。

 痛くも何ともない程度の傷に、そこまで怒る理由は何だろう。この傷のおかげで、グレイスが今後こんな目に遭わないのならば、安い代償だろう。彼は、そうは思わないのか。

 思わないんだろう。この傷が、心底重いものだと思っているんだろう。そんなこと、ありはしないのに。後も残らない傷なんて、何の意味もない。ただの戒めだ。あの二人に対しての。

「こんなことをしたって、グレイスさんの本性は変わらないよ。彼女は、王族として育ってきてないんだから」

 今更、王族らしさを求めたって無駄だろう。言い聞かせるように紡がれるその言葉に反抗したくて、腕を強く掴む。ぽたり、と出血が酷くなって、指先から血が滴り落ちる。治療して、袖の長い服を着れば大臣方には気付かれないだろう。

 王女が怪我をした、なんて大臣方に知られでもしたら。考えただけでも面倒だ。しかもその原因が、大っぴらに知られてはいないといえども、エインワーズ家だ。何を言われるか分からない。

「でも、彼女は王族よ。紛れもなく、わたしたちと同じ血を持つ」

 あの真っ直ぐな瞳が、穢れを知らない心が、壊してしまうほど愛しくて、大切にしたくて……それでもやはり、苛立つ。王族の血を、引いているに違いないと思わせる容姿と心なのだ。

「エイル。それ、どうやって運ぶの?」

 縛られた男を一瞥し、そう聞くがエイルもまた怖い顔をしたままこちらを見ていた。こっちもこっちで怒っているらしい。あぁ、面倒くさいことだ。この二人は怒らせると、後々面倒なのだ。一人ずつでも十分面倒なのに、まさか二人揃って怒らせるとは。

「今回の行動は、賛成しかねます。ティア姫。俺の仕事に、あなたが傷つくのを黙って見ているという項目はないはずだ。アレクの意見も聞くべきだった。もっといい方法があったかもしれないのに」

「ええ、そうね。あったかも、しれないわね。あくまで過程の話だけど」

 嫌味を言いつつ、そっとため息を吐いた。怖いな、と小さく呟いて、怖い顔をした二人を見る。

 差し出された布で腕を縛れば、この血は簡単に止まるだろう。もとよりそのつもりで剣を引いた。彼らが怖い顔をするような傷は作っていないはずだ。

「二人とも、安心して。大した傷じゃないから。その男を連行して、大臣方に説明をして。そうしたら、今後について話し合いましょう。グレイスと、セシルの今後について。家のことも、考えなくてはいけないでしょう?」

 手早く処置をした手を見せれば、アレクもエイルも少しだけ顔を和らげた。

「あー、グレイスを連れて行った騎士とこの男。あと協力者数名。ことを大きくせずに処理できる?」

「難しいですが、やってはみます」

「大臣方には、広がっているでしょうが」

 二人の声を聞きつつ、扉を開いて外へ出た。古びた屋敷はアームロインが所有している建物の隣だった。もう誰も住んでおらず、あちらこちらにひびが入ってはいたが、使われていたとき同様どこか堂々とした佇まいだった。

 その造りを丹念に見つめていき、隣に立つ二人へ声をかけた。

「彼女は、知らなかったのよね」

 ここが、かつてエインワーズ家が所有していた屋敷の一つだったという事実を。自分の父が、ここへ身をおいていたという事実を。

「王様も、ここへ来たことがあるらしいわ」

 それはまだ、二人が言いたいことを言い合えた時代。身分も何も気にせず、この国の未来について意見を出せていた。

「知らない方が、楽、なんでしょうね。きっと」

 知ってしまえば、辛すぎる。かつてここで過ごしていた人間は死に、人は寄り付かなくなり、ただ朽ちていくだけの屋敷。エインワーズ家が取り壊されて数年、ここは管理されていた。正確には、王が管理させていたのだ。

 その目的も分からないが、数年間そうやってきちんと管理され、この屋敷はあの事件が起きる前と何の変わりもなくここへあった。それを止めてしまったきっかけは、何だったのだろうか。

 王は、何を思い、ここの管理を止めてしまったのか。あの頃のまま、維持することの無意味さを知ったのか。それとも、維持することが空しいと思ったのだろうか。無駄だと、悟ったのかもしれない。大切にしても、ここに来るべき人はこの世へいないのだから。

「疲れたのかしらね」

 血筋を疑うことにも、逆に信じることにも。

「そうだとしたら」

 それはなんて、悲しいことだろう。あの仲の良かった人間が、裏切ったのかもしれないと思う毎日は、さぞや苦痛だっただろう。そして、自らの手で処分を下したとき、どんな思いだったのだろう。

「身内の裏切り、なんて考えたくもない」

 その言葉は、半年前の事件以来ずっと囁かれている噂に対してだろうか。思わず口に出して、自分でも驚いた。ヴィーラ様を疑いたくないのに、大臣達の言葉はそれを許さない。必死に証拠を探しても、無実だと言う証拠は出てこない。

 いっそ、はっきりとあの謀反の事件に関わっていたと言う証拠が出れば、楽になるんだろうかとそっと思う。だけどその証拠もないから、まだ信じるかどうか決めあぐねなければいけないのだ。

 信じたいのに、無条件に信じることを己の地位は許さないだろうから。

「帰りましょう。大臣方が心配しているだろうから。嫌味を聞かなくてはいけないわね」

 冗談半分にそう言って、足を踏み出す。待たせていた馬に跨ろうとして、後ろから腰を引き寄せられた。その遠慮のない引き寄せ方は、あまり知らない力加減で、思わずその人物の方へ振り返った。

 強く引き寄せられて、逃がさないように力を込められる。今までにない、無遠慮な触れ方だと思った。それとも、セシルがいつもグレイスにしているくらいの力加減なんだろうか。

 恋人同士の力加減は、今だ経験をしたことがないから分からないけれど。

「ティアはこっち」

「一人で乗れるけど? これ、傷のうちに入らないし。痛くないもの」

 引き上げられるようにして、アレクの前に乗せられる。そのまま逃げ出さないようにか、しっかりと腹に手を回された。馬に乗れない、小さな子供にするようで落ち着かない。ぎゅっと力強く後ろから抱きしめられて、ゆっくりと振り返る。

「ねぇ、アレク。別にわたし、死にたがりなわけじゃないのよ?」

 一応、それは言っておかなくてはいけない気がした。何だか、多大なる誤解を受けている気がする。まるで、自分の命を軽んじているとでも? ありえない。自分は王女で、次期王候補だ。

「知ってる、けど」

 不安にさせてしまっただろうか。この命を差し出せると、当然のように言い切ったから。国と、民のためなら喜んで、迷いもなく。それが当然のことだと思う。間違っているなんて、思いもしない。

「ティアは、傷つくことで許しを請うことはしないって知ってるけど」

 自らが傷つくことで、許しを与えられる、なんてこと、もう思わない。思わないように、なりたい。自分が傷ついて、罪を許されるならどんなにいいだろうかと思っても、結局は許されないんだから。

 自分の侵す罪は、例えどんなことでも許されないものだ。王族の罪は、とても重い罪となる。

「グレイスさんの罪を変わりに背負うって、こういう意味なの?」

「違うわ。この程度じゃない。もっと、もっと重い罪を背負うことになるかもしれない」

 その意味を、わたしでさえ正しく理解してはいない。王族殺しの罪を、どんな風に背負えばいいのか、まだ分からない。だけど、わたしにはどうしても王族の血が必要なのだ。この血が、民に求められている限り。

「大丈夫よ、アレク。簡単に、差し出すつもりもないわ。もちろん、捨てるつもりも」

 迷うことさえ許されないわたしは、気丈に笑って見せた。偽りの笑みは、自分でも思うほど無機質で人形のようだった。

「ティア」

「大丈夫よ、本当に。大丈夫」

「お願いだから、無理しないでくれ」

 懇願のようにかけられる言葉は、引き攣れた傷が再び開くように痛い。もう気にしないと思っていたのに、どうしても泣き言を言ってしまいそうになる。どうすれば、いいのだろうか。どうすれば、グレイスもセシルも傷つかないんだろうか。

「……二人の幸せは二の次ね」

 まずは、この面倒な問題を片付けなければ。

 次はグレイスとセシルメインで。多分。そのあとは珍しく、グレイスとアレクの会話かな。

 王族というものについて少し語ってもらう予定。

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