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姫と騎士  作者: いつき
番外編
93/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~ただいま~

 救出編。やはりいいとこを持っていくのは、男前の姫君なのか。それともイケメン騎士なのか。はたまた、影の薄いヒーローなのか。

 悔しくて涙が零れそうになった瞬間、からんと刃物が落ちた。

「あなたが決めることじゃないわ。馬鹿にするのもいい加減にしてくれる? アームロイン家の出来損ないさん?」

 次いで聞こえたのは涼やかな声。それとぐっと呻き声聞こえてそちらを向くと、彼は腕を押さえて呻いていた。

「迎えに来たわよ。グレイス。帰りましょう」

 あぁ、後。

「セシル。弓、下ろしてくれると嬉しいわ。これの処分は、あなたの担当じゃないことだし」

 余裕そうな声は後ろにいるセシルに向けられた。セシルはゆっくりと弓を下ろし、興味を失ったようにそれを投げ捨てる。

 男の腕に刺さった弓矢とそれをあわせて考えると、矢を放ったのはセシルだと言うことになる。

「グレイス姫、帰りましょう」

 どん、と男が蹴られてわたしの上から落とされた。

 痛みに悶絶している男はそれどころではないらしい。ただ顔を歪めるだけで、何も抵抗を見せなかった。それを冷たい目で見て、エイルさんはわたしに手を差し出す。

「セシルさんじゃないのは許してくださいね。あの人、姫様の命令であそこから一歩も動けない仕様なんです。それが、約束なんで」

 あなたの救出に行くときの約束は、姫様の指定した場所から一歩も動かないことなんですよね。

 そう行って、エイルさんは笑う。差し出された手に掴まって立ち上がれば、ゆっくりと背中に手を添えられて立たせてくれる。そのままセシルの元へ連れて行かれて、ぱっと手を離された。

「セシルさん。そんなに睨まないでくださいよ。これも仕事なんですから。確かに、役得だとは思ってますけど」

「君って時々、わざとかと思うくらい憎らしいことを言うね」

 ぐっと手を引かれてセシルの方へ倒れこむ。

 きゅっと抱き込まれて、息が吐けるようになる。泣きたくもないのに涙があふれて、膝から力が抜けた。へたり込みそうになるのを止めようと足に力を入れる前にセシルに抱きしめられた。

「おかえり。ごめん、グレイス。遅くなった。ごめんね」

「ごめっ、なさ。ごめんなさいっ。本当に、ごめんなさい」

 何に対する謝罪なのか、何が言いたいのか、はっきり自覚できる前に言葉があふれる。

 伝えなきゃ、ダメなことはたくさんあるはずなのに、謝罪の言葉しか出てこなくてセシルの服にしがみ付いた。

「セシルをっ、傷つけた……。大切にしたかったのに、セシルに、辛い思いをさせてっ。ごめ、なさ」

「ごめんね、グレイス。傷ついてないよ、大丈夫。平気だよ? 本当に。確かに、グレイスが攫われたって聞いて、自分が許せなかったけど、それでも傷ついてない。

今はこうしてここにいるから、もう痛くもなんともない」

 優しくして欲しいわけじゃない。

 わたしが、優しくしてあげたかったんだ。この人のために、自分が出来ることをしたかった。そのためなら、ティアの小剣を抜けた。人を傷つけることだって、平気だった。

 この人のためなら、人を傷つける罪さえ背負えると思った。

 ティアが、『その罪を背負ってあげる』と言った意味が、やっと分かったのだ。大切に、したいからその覚悟が出来るんだと。

「セシルをっ、大切にしたかった! 守ってもらうんじゃなくって、同じくらい守りたかった。そのために、自分の身を、きちんと守りたかったの。それなのに……、わたし何も出来なくって」

 結局セシルに、辛い思いしかさせなかった。人を傷つけたという罪を、背負わせただけだった。

「ねぇ、グレイス。言いたいのは、それだけ?」

 ちょっと怖い顔をして、セシルが言う。

「俺が聞きたいのは、そんなことじゃないって、これ前にも言ったね。俺が言って欲しいのは、唯一つだよ」

 ただいまって、そう言ってくれればいいんだ。

「それだけで、どうでもよくなるから」

「ただ、いま。ただいま!」

「おかえり。グレイス」

 彼は、ごめんねという謝罪を許してはくれないから、それはそっと心にしまう。

 忘れてしまわないように、再びそんなことが起こってしまわないように。次の機会があれば、自分が罪を背負えるように。

「さて、これで俺の仕事は終わったし、帰ろうか」

「え、でも。あの人、どうするの?」

 それは何も考えず、出した言葉。セシルの顔が曇って、そっと肩に手を置かれた。そしてそのまま部屋から出ようとするので、足を止めて振り返ろうとした。

「セシル。約束したはずよ。グレイスを連れてさっさと出て行きなさい、今すぐ」

「誤解です、リシティア様っ。お願いですから、話を」

 切れ切れの懇願がやっと耳に入り、迷わず振り向く。

 床に転がった男に、剣を突きつけているのはアレクさんで、その横には冴え冴えとした目をしたティアがいる。薄っすらとは笑っていたが、まるで笑顔に感じられない。

「何、やってるの?」

「何って、当然のことを。まぁ、処分」

 さらりと言われた言葉はわたしの想像を超えていて、声も出ずにそちらへ走りよろうとした。しかしセシルがわたしの腕を掴んで放さない。

 逃げようと体をひねれば、腰を攫われて強制的に部屋から出させようとする。

「放して!!」

「さっさと連れて行きなさい。それが約束だったわ」

「分かってる。グレイス、行こう。君は何も知らなくていい」

 『君』は。

 ……わたしは、何も知る必要がない、と。この人たちは、まるでわたしを、何も知らない幼子のように扱う。それは事実だが、こうもはっきりと言われると腹が立つ。

 確かに自分は何も知らないけれど、だけど事実を知らされないほどではない。

「わたしが、子供だから?! だから、何も知らなくていいって! そう思うの? セシルも?」

 セシルが目を逸らす。それは紛れもなくわたしが『子供』だからだと言っていて、その手を力いっぱい振り払った。

 柔らかく拘束されていたわたしの手は、驚くほど簡単に離れる。まさか振り払われるなんて思っていなかったらしいセシルは、目を見開いた。

「ティア! その剣を離して!」

「あら。どうして? この馬鹿な子息は、たった王位継承権ごときで王族の直系の血を失わせようとした」

 柔らかく笑う彼女は、間違いなく『王女』様であり、次期『女王』様だ。つかつかと近づいて、アレクさんの剣に触れて、彼の瞳を見つめる。

 アレクさんが驚いたように一瞬だけ目を見開いた。

「やめてください。アレクさん。必要ないことです」

「すみません、それはあなたが決めることじゃないんです」

「どうしてっ?! 被害者はわたしのはずです。わたしが、決めて何が悪いの?!」

 がっとその剣を取り上げようとする。しかし反対に手を掴まれて、片手でティアの方向に向かされた。

「彼を、解放して。処分って、何をするのか知らないけど、その必要はない」

「あなたを殺そうとしたの。意味のない王位継承権争いなんかで」

「お前達には分からない! これがどんな意味を持つか、分かるわけもない!! だから『ごとき』だと笑えるんだ!」

 男が声を上げて、その声にティアが反応する。その目には殺意とはまた違った感情が浮かんでいて、怯えが走る。

「ええ、分からないわ。三位だろうが四位だろうが、あまり変わらないのに、たったそれだけのためにこの髪を切り落とすなんてね」

 死に値するって、はっきり言った方がいい??

「王族に刃を向けるとどうなるか、知りたいでしょう?」

 ドS、ドSと唱えながら書きました。本編のティアちゃんとはちょっと違う、厳しくて『正しい』彼女は、書いてて時々痛々しくなります。

 その背景を、グレイス視点だと一切含めることが出来ないのに、ただの厳しい人ってなっちゃうけど、本当は違うんだよ! と言い訳したい。

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