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姫と騎士  作者: いつき
番外編
92/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~偽者同士~

 さて、誰がグレイスを助けるんでしょうね。個人的にセシルお兄ちゃんは大穴です。(笑)文官の辛いところ。こういうときにあまり活躍できない……。

 好きだよ、グレイス。


 呟かれた言葉に返そうと口を開き、声が出ないことに気が付いた。

 声を上げようとするのに、開いた口からは何も出てこず、息も上手く吐けない。吸おうとするのにそれも叶わず、喉に手を当てた。


 好きなんだ、君が。


 わたしもよ、と返せない。何故だか涙が零れて、声のほうに手を伸ばして彼を掴もうとした。しかし確かにいたはずの彼の手は掴めず、空を切る。

 足掻いて、伸ばして、彼の手を掴もうと躍起になればなるほど苦しくなって、それでも手を伸ばし続けた。

 待って!

 声が出ない。その一言が出ない。だから彼は、離れて行っているのか。手が届かないところに、どんどん遠くなっていくのか。

 引き止めたいのに、そのすべが見つからず、また涙が流れる。置いて行ってほしくない。傍にいてほしい。

 お願いだから、どこかへ行かないで。連れて行って。わたしも、わたしも大好きだからっ。

 淡い彼の姿が、どんどん遠くなる。手を精一杯伸ばして、霞のような彼の手を掠めるのも気にせずただ彼の姿を追おうとした。


 グレイスっ。


「セシル!」

 はっと目を開けて、そこでやと自分が夢を見ていたのだと気が付いた。夢から覚める一瞬前、目に入ったのは『あのとき』の彼の顔。掴めそうだった手が掠め、彼がどんどん遠ざかったあの瞬間の顔。

 絶望に彩られ、自分を責めている顔だった。

 その顔が、目覚める一瞬前、目に入ってきたのだ。夢の中でも、彼の手を掴めなかった。夢の中でさえ、その手に縋り、彼を救うことは出来なかった。

「ごめっ。ごめんなさい……」

 夢の中ですでに泣いていた。新たに出た涙はすでに出来ている涙の筋をなぞり、乾きかけていた肌をぬらす。

 ぐらぐらする体を支えようと手をつき、そこで自分がベッドに寝かせられていたことに気が付きすぐさま立ち上がろうとする。

「あっ」

 ぐらっと体が傾き、立ち上がろうと床についた足が折れた。支えようと床に手をつくのに、肘に力が入らず体が転がって呻いた。

 どうしてか体に力が入らない。意識もぼんやりとして、どこか霞がかっている。

 頭に巣食うもやを取り払おうと頭を振っても、ぼんやりとした感覚は拭えない。ここから逃げなければいけないと、再び足に力を込めて、よろよろと立ち上がった。

 幸い、誰もいない。逃げるならば今だろう。

「おはよう。オヒメサマ。よく眠れたかい?」

 しかしその考えはやはり甘かった。後ろから声がして、慌てて扉から出ようとする。

 しかし呆気なく捕まって、くらくらした体を支えきれずへたり込んだ。正直に言うと、その男の人が寸でのところで支えてくれなければ、体ごと倒れていただろう。

「あなた、誰……?」

「僕?」

 あぁ、紹介が遅れて申し訳ない。

「リシティア姫と遠縁だから、君とも遠縁ということになるか。アームロイン家の長男、ユーグ・アームロイン。よろしくね、グレイス・エインワーズさん」

 薄い茶髪に濃い緑の瞳の彼はそう名乗る。遠縁と名乗るからか、その容姿はわたしの知っている王族の配色と違う。

 顔立ちもどこか角ばっていて、優美なイメージの王様ともティアとも違った。

「何が、望みで、わたしをこんなところに連れ去ったの? 一体何のために」

 彼を傷つけたの。ティアに迷惑をかけたの。侍女に、手を上げたの。

「あぁ、そんなこと? まぁ、話してあげてもいいんだけどねぇ。冥土の土産代わりにでも」

 くっと顔を持ち上げられた。にっこり、と笑ったその顔の奥に、僅かながらもティアの色を垣間見た気がした。

 しかし彼女にあった気高さも、慈しみもこの人からは感じられない。ただ、立場が上の者が下の者を見るような、蔑みの色しかない。

「君が正式に復権されれば、君は王位継承権第三位になる。シエラ王子が成人するまでは、姫が一位、王子が二位。王子が成人してからは王子が一位になる。……僕は、今王位継承権三位だ」

 そこでようやく『死んでもらわなきゃ』の意味が分かった。

「三位と四位ってかなり違うんだよねぇ。あそこの直系は優秀だが、どうも体が弱いものが多すぎる。姫はさておき、王子は成人まで持ったとしても長くはないだろう。姫の母君も早くに亡くなられているようだから、姫だっていつ亡くなるか分からない」

 さて、問題だ。

「その次の三位と、いつ死ぬかも分からないような君の次である四位。一体どちらが特だろう」

「そんなのっ、関係ない!! ティアもシエラも死なない。王様だって、長生きなさる!! わたしたちが出る幕もない。わたしたちに王位が回ってくることは一生ない。断言できるわ!!」

 あの優しい王様が、亡くなるなんて考えたくない。

 気高く、民と国のことを慈しむティアも、その姉を一生懸命追いかけるシエラだって、早く亡くなるなんて絶対にない。あの二人が、これからの国を支えるんだ。

「君は、王位がいらないの?」

 暗い緑が一層深くなる。その鋭い目が光り、わたしを射抜いた。

 掴まれた顎に力を入れられて、反論も許さないと言うように上を向かされ続けた。悔しくて、彼から目が放せない。ぐっと目に力を入れて睨んだ。

「いらない! わたしはもっと別に欲しいものがあるから。その欲しいものを、手に入れられるから! 王位なんていらない。王族の称号も、エインワーズ家の名前だっていらない。必要ない」

 そんなものに意味はない。わたしを助けてくれるものは、王位継承権でも王族の称号でも、生家の名前でもない。

「わたしが欲しいのはっ」

 唯一つ。それが何か言おうとした瞬間、首に何か当てられて、その冷たさで言葉が止まった。やっと、自覚したとも言う。自分が、どんな状況に置かれたかということを。

「よくしゃべる姫君だ。あの憎たらしいリシティアと一緒。自分は正しいと、正当な後継者だという顔をして、こっちを馬鹿にしている。腹立たしいことだね。金髪と碧眼を持っているからといって」

 鈍い光を放つ刃物が彼の瞳に映る。その瞳に、確かに殺意が見え隠れしていて体が震えた。

 彼を飲み込もうと揺れる殺意の色は、初めて見るものだったが正体がはっきりと分かるほど禍々しく、体が勝手に逃れようとする。

「よく似ている配色を持ってるね。君とリシティアは」

 さらり、と手にとられた髪に刃物が当てられて、声を出す暇もなく切られた。

 緩い曲線を描くその髪はばっさりと切り取られ、彼の手の中にある。それがさらさらと彼の手から零れ落ちた。

 彼が、綺麗だと褒めてくれた髪が、あっけなくわたしから切り離された。

「僕は、この色が大嫌いだ」

 美しく、誇り高く、全国民を味方につけるこの色が。

「君は、王位がいらないと言った。なら」

 ここで死んでくれるかい?

「君がいなければ何も問題はない。僕は三位のまま、あの二人の死を待つ。そして王位につく。なぁに、謀反は起こさないさ。そこまで馬鹿じゃない。よくよく知っているからね」

 謀反人の最後を。

「君の父上が、いいお手本だよ」

 全く馬鹿だと思うよ。あんな少ない人数で、計画で、王の信用だけを頼りに王を殺そうとするなんて。

「正気の沙汰じゃない」

「……めて」

 止めて。お願い止めて。もう、それ以上言わないで!!

「父をっ、馬鹿にしないで。謀反人かもしれないけど、許されない罪を犯したかもしれないけどっ。それでも」

 あの人がいなければ、自分はセシルに出会うことさえ叶わなかった。

 彼が、自分を逃がさなければあのとき死んでいた。セシルにも出会わず、ティアにも出会わず、自分のいる意味を考えることもなく。

 恋することも叶わずに。あのとき、命を落としていた。だから、紛れもなく父は大切な人なのだ。

「父は父よ! 大切な、家族だわ」

 だん、と押し倒された。そのまま彼は馬乗りになり、両足でわたしの肩を押さえ込む。

 抵抗が出来ず体をひねるが、わずかに浮くこともなかった。刃物をじかに見て、やはり恐怖が先にたつ。恐ろしくて、どうしようもない。

「死んでくれ、グレイス。君が目障りなんだ。君がいたら、困るんだよ」

 大丈夫、怖くもないし、問題もないよ。

「だって、前に戻るだけだもの。君がいないのが普通だった。君がいることのほうが異常なんだ。君の存在が、城を騒がせて混乱させる。この国のあり方を、危うくさせている。ほら、考えてごらん? いない方がいいだろう?」

 そんなことない。そんなこと、あってほしくない。だけどそれを否定するだけの力もなくって、ただ涙を流さないように唇をかみ締めた。

 ティアなら、反論できることがわたしには出来ない。悔しいけど、本当なのかもしれないと、そう思った。

「今回のことで、王族の直系が少ないという問題は変わらないんだ。一人増えただけで、根本的な解決にはなりはしない。焼け石に水だ。リシティアの意地だよ。『色』を持たない僕に王位を継がせたくないだけ」

 違う、違う。そんなことで、王位を継がせたくないという彼女ではない。

 『血』がないというのも事実だけど、それだけじゃない。血のみで王家が支えられるなどと、彼女はそんな甘い考え持ってはいない。

「あなたが、王に相応しくないと思っているだけだわ。色なんて関係ない。色がなくたって、地位を手に入れることが出来る人はいるもの。……あなたと、彼は違う」

「誰のことを言ってるのって、あぁ、セシル・ボールウィンね。そっか、君は彼が好きなんだ。へぇ。お似合いだね」

 どちらも偽者同士。

「彼は、弟の。君は、リシティアの」

 ちょうどいいじゃない。

「傷の舐め合いってやつか」

「そんなのっ」

 言い返そうと口を開き、首に刃物を突きつけられて息を呑んだ。威勢も何も関係ない。死の恐怖は形を成してわたしを苛む。

 体は勝手に震えて、血の気を失い、言うことを全く聞かなくなる。どうして、この人に文句の一つも言い返せないの。

 ティアとグレイスの違いは書いてて本当に顕著すぎる、と唸ります。アレクとセシルも結構違うと思うけど、ここは根本的には似ているので。

 でもグレイスはふとした瞬間、『王族』らしさを出すと信じてる。

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