お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~捜索~
お兄ちゃんが可哀想なのはもはやデフォとなりつつありますが、これからかっこよくなっていく、予定。
「報告、ご苦労様。とりあえず、下がって頂戴。……セシル。少しは寝なさい」
「お言葉ですが、今回の失態は全て私の責任です。休んでいる暇も惜しい。すぐにでも調べ上げて、グレイスの救出を」
ティアの自室、自分の声が異様な硬さで響いているのを他人事のように聞いていた。
早く、と気ばかり急いても仕方がないことは嫌と言うほど分かっている。しかし、思わずにはいられないのだ。一刻も早く、と。
「言いたいことは分かるし、責任も取ってもらうつもりだけど。
アレクたちを足止めするほどの邪魔があんなに用意されていたなんて、わたしにも予測できなかったし、正直あそこまで迅速な行動をするとは思ってなかった」
完全にわたしの予測違いだったわ。
ティアの顔が悔しそうに歪むが、それはただ単に相手が自分を上回ったのが悔しいだけだろう。
今回のグレイスの誘拐には、予想できないほどの人手がかかっていた。すぐ追いついたのはいいものの、外を囲もうと動いていたアレクたちが足止めを食らってしまっていた。
そのせいで、飛び降りた男とグレイスの行方は掴めずじまい。
捕らえられた邪魔者たちも、どういったものに雇われていたのかはっきりと分かっていなかった。拷問しようがどうしようが、知らないものを吐かすことは出来ないのだから、彼らの行方は分からないだろう。
そう思うと余計に焦りが生まれて、休む気さえ起きない。起きていなければ、仕事をしていなければ狂ってしまいそうだった。
手が、掠めた感覚が頭から離れない。あのとき、しっかりと掴めていたらと思わずにはいられなかった。
「セシル」
咎めるようなティアの声に、何でもないと頬を緩める。その笑顔は、彼女の顔が歪むくらいには痛々しいらしい。頬に手を当てられて、眉を寄せて見つめられる。
今はその顔も、自分を責める材料にしかならない。彼女に、そっくりだから。
「あまり、責めるのはよしなさい。無理だとは思うけど、責めたって今更結果は変わらないのよ。今回、わたしたちは敵を甘く見すぎてた。だからグレイスが攫われた。――それだけよ」
そのとき、ばたん、と扉が開いてすぐさまエイルが入ってくる。そしてそっと自分の隣に並んで、膝を突き頭を垂れた。
「申し訳ありません、リシティア様。捕まえる機会がありつつ、逃がしてしまったことはすべて私に責任があります。どのような責も、甘んじて受けますので」
「誰もあなたに責任取れ何て言わないわ。グレイスに傷一つつけるな、と言ったのは間違いなくわたしだし、あの状況下なら様子を見ようとするでしょう。
むしろ強行突破して、彼女に傷をつけたときのほうが責任は重いわ」
にこり、と笑う。そこには、悲しみも悔しさも混じってはいない。一片の負の感情も見せず、彼女は笑った。それが薄ら寒い。
こんな状況でさえ、王族は感情を押し隠さなければいけないのか。誰が傷ついても、死んでも?
「で、見当はついた? 馬鹿貴族の」
「それが、いくつかあるのですが……全部かもしれません」
「なるほどね。いくつかの家が協力してグレイスを攫ったと。で、その目的は? グレイスの父を擁立して王座を狙ったもの? それとも、わたしたちの次に王位継承権を持って、グレイスが現れては困るもの?」
グレイスを攫う理由には、いくつかのものがある。
一つ目はグレイスの父、ウォルター・エインワーズを担ぎ上げ、王座を狙った残党が再びグレイスを手に入れて王座を狙うというもの。
彼らはエインワーズ家の血筋こそが王位に相応しいと考えているのだから、グレイスが現れたことは幸いだろう。
十六年前、確かに加担した家全てを処罰したはずだが、残っていないとも言い切れない。
二つ目は、ティア、シエラ様に次いで王位継承権を持つ人間がいる家。遠い親戚筋に数人いるが、その人たちはグレイスよりも王家の血が薄い。ここでグレイスが出てくれば、さらに王位継承権が遠のく。
王位継承権三位と四位とでは、王になれる確率がまるで違うのだ。だから、グレイスが邪魔。
三つ目はあの十六年前のごたごたを思い出したくない人間。あの事件を調べ直されて窮地に立たされる、または真実が明らかになったとき罰を受ける可能性がある人は、当然のようにグレイスが邪魔だろう。
唯一、生きたあの事件の証人なのだから。いくら幼かったとはいえ、彼女はあの家の娘だ。何を覚えているかは分からない。証拠隠滅もかねているのかもしれない。
四つ目はあまり可能性があるとは思えないが、単純に身代金目的。これはないと先ほどティアに断言された。
「とりあえず、十六年前の真相を明らかにしないと話にならないわね。セシルはそっちに集中しなさい」
「しかしっ」
「命令が聞こえなかった? 今のあなたにグレイス捜索は無理よ。私情が入りすぎて、あなた自身の身を危険に晒しかねない。そんな人間を現場に出せるほど、アレクたちの仕事は甘くないの」
ぐっと黙れば、分かったらここで仕事をなさい、とティアが言う。要はここから出したくないのだ。
……自分でも、ここから出てグレイスを探しに行かないと断言は出来ない。むしろ、今すぐ走り出してしまいたいくらいだった。
「エイル、最近急に人の気配がするようになった建物を探して。今日大勢来たところでもいいわ。可能性があるところは片っ端から調査して頂戴。人では惜しまない。好きなだけ連れて行って。
あぁ、『白』はここにいさせてね。まだ邪魔する人間がるかもしれないから」
すらすらと焦りさえ見せない彼女が羨ましく、同時に動揺ばかりしている自分に嫌気が差す。
一刻も早くしなければ、彼女の命が危ないかもしれないのに、自分は何も出来ない。何も、彼女の役に立てない。
「分かりました。すぐ取り掛かります。プルーを連れて行っても?」
「いいわ。好きにして」
短いやり取りのあと、彼はこちらに一礼して素早く身を翻す。とっさの判断力はアレクを上回ると評価される人間だ。
彼に任せておいて、失敗した作戦がないことも知っている。それでも、不安だった。
「……誘拐事件、ね。プルーのときを思い出すけど、わたしも彼も成長したと思わない?」
「さぁ。その事件に関わることはなかったので」
しかし会議に出るティアが日に日に衰弱して言っていく様子は痛いほど分かって、何度も声をかけようと思った。
「ティア。俺は、彼女を守りたかった」
「ええ。そうね。そして結果、果たせずわたしたちはグレイスを失った。もう少しで、あなたも失うかもしれなかった。飛び降りようとしたらしいわね、追いかけて」
あのときは必死で、とにかく身を乗り出した。届くと、思った。だけど寸でのところで自分の体はエイルに引き戻されて、彼女の体は下へ落ちた。
目の前の彼女が、どんどん遠ざかっていくさまは恐ろしく、喉から声が漏れた。
「下に、誰かいた?」
「いや、よく分からな」
そこまで言って、フラッシュバックのようにそのときの様子を思い出す。彼女の向こうに、白い布が広げられていた。その四隅に数人人間が立っている。
そしてその傍らに、人が一人。あれは。
「セシル? どうかした?」
「ティア。今日食事会に出席した人間は、俺以外に何人いた……?」
え、何? とティアが首を傾げる。それから、見知った名門の名前がいくつか挙げられる。その中に、確かにいた人物。
「あのあと、その人たちはどうしたんだっけ」
「簡単なことをいくつか聞いて、帰ってもらったわ。まさか拘束するわけにもいかないでしょ。名門ご子息を長時間拘束したら、何を言われるか目に見えてるもの」
そのとき、ノックも何もなく唐突に扉が開く。そこには息を切らしたアレクがいる。
「あら、傷の手当てはもういいの?」
「傷のうちに入らないものばかりですから。まさか貴族の子弟を切り捨てるわけにもいきませんし」
「悪かったわ。切り捨ててもいいと言わなくて。切り捨てると思ってたから」
そんな無茶を言いつつ、言いたいことがあったんでしょう、とアレクを促す。
アレクは一度息をつき、それから神妙な面持ちで切り出した。今、自分が考えていたことを、彼がまさに言い当てる。
「アームロイン家の長男が帰ってこないと連絡がありました。他にも数人、ご子息が帰ってこない、と」
「そんなこと、いつものことでしょうに。そこら辺の人間は評判もよくないし、碌でもないところに行ってるんじゃないの?」
否定しつつ、ティアの目はどこまでも鋭い。自分の見当違いがはっきりと分かり、苛ついているのだ。大臣達の仕業だとばかり思っていたものが、全てまだ城勤めさえ満足に出来ていない息子達の仕業だということに。
「まだ断定は出来ませんが、すでにいくつかの店にはいないことが確認されています。いつも集まる場所にいないと言うことは、調べた方がいいかと」
「……誰が首謀者なのかしら」
冷たい声が、部屋に響いて、その笑顔に背筋が凍る思いがする。今回、彼らは彼女を本気で怒らせたらしい。
負けず嫌いで、何よりも王族を粗末に扱うことが嫌いな彼女のことだ。つかまったら最後、簡単には釈放されないだろう。
「姫様、見つけましたけど。それらしいところ」
「そう? 行きましょうか。こんなお粗末な計画、二度と考え付かないようなお仕置きを考えなくちゃね」
にっこりと笑って、彼女が立った。それから、中々動かないこちらを見て、苦笑いをする。先ほどの底冷えする笑顔ではなく、少しだけ心配するような優しい笑顔だった。
「落ち着いたようなら、来る?」
あなたにとって、辛いことが起こらないとも限らないけれど。そう言い置いて、彼女は返事を聞かずに部屋を出た。
突撃編に続く、と。
相変わらずヒーローより男前なティアちゃんでした。書いてて楽しいと言うより、『どういう育てられ方をした姫君だ』とつっこみたくなる。