お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~後悔するのは~
山場、かなと思います。きな臭くなり、お世辞にも恋愛小説といえない雰囲気になって参りました。うー、セシルお兄ちゃんの出番が。
こんこん、と扉を叩かれた音がした。
気付けばもうランプをつけなければいけないような時間で、日も僅かに暮れ始めている。そんなことにも気付かず没頭していた本にしおりを挟んで、そろそろと立ち上がった。
無闇に出てはいけないと厳命されているので、音は立てなかった。
「グレイス様。ランプをお持ちしました」
その声の主はよくよく知っていて、いつもわたしの身の回りのことを手伝ってくれる侍女だった。
始めはいらないと言っていたものの、ティアの顔が怖くていてもらうようになった。年の近い彼女とは、よく話が合うので最近ではよくお世話になっている。
「あ、すぐ開けます」
さすがにティアも侍女の入室までは禁止しなかった。
この城にいる侍女は、彼女らが身元を慎重に調べた人間しか入れないのだ。一つでも怪しいことがあれば入ることが出来ない侍女と言う職業は、なかなか大変らしい。
確か彼女の実家は、しがない商家なのだが、非常に質のいい紙を卸すと評判で、ティア自身も気に入っているらしい。
がちゃり、と扉を開ければ、邪魔にならないようにまとめた髪がゆらゆらと揺れていた。
「あの、リシティア様はわたくしが入ってもいいとおっしゃっていましたか?」
「ええ。騎士も置いてるし、多分大丈夫でしょうと」
そう言った瞬間だった。部屋の扉にわたしたち以外の手がかかった。
はっと息を呑んだ彼女は、わたしに抱きついて守るように部屋に転がり込む。それから相手に向かって怒鳴りつけた。
「なっ!! 何てことをなさるんですか?! ここにいる姫君はリシティア姫のご友人です。
それをご存じないのですか?! 今すぐ下がりなさい!! 罰せられるのが惜しければ、すぐに」
「あいにく、罰せられるのは目に見えている。ついて来てもらおうか、グレイス・エインワーズ。あんたエインワーズ家の一の姫様だろう?」
はっと、わたしに覆い被さる彼女が息を呑む。それからこちらを見て、また相手に言い返した。
「そんなはずありません。エインワーズ家は遠い昔に断絶されたはず、ここの姫様は違います」
「あぁ、煩いやつだ。命令さえなければ、今ここで殺してやってもいいのに」
騎士の服を着ているくせに、その気配は微塵も感じない。
アレクさんやプルーさん、それに一度しか会ったことのないエイルさん皆が持っていた、矜持と言うものをまるで持ち合わせてないらしい。本当に彼は騎士なのか。
「何をっ」
がっと彼女の胸倉を男は掴む。そして遠慮もなしに床に叩きつけられた。あまりの恐ろしさに声も出ず、息を呑んだ。
彼女の手が力なく床に落ちて、そこでやっと我に返る。怖い、なんて言ってる暇じゃない。
「あなた、何てことを」
「大丈夫。殺してない。ここで寝ててもらうだけだ。本当ならあんたを逃がさないために、この侍女も連れて行きたいんだが、どうやら見つかるのが早かったらしい」
ちっと舌打ちすると同時に、膝から救い上げられあっという間に男の背が目に入る。荷物のようにもたれたらしく、すぐさま頭に血が上る感覚がした。頭がくらくらする。
「はなっ、離して!!」
「誰が離すもんか。あんたは重要な金だ。あんたを欲しがる人間が、一体どれほどいると思ってるんだ」
違う。違う。わたし、が欲しいわけじゃない。
欲しいのは、わたしの中に流れる血だろう。ティアがはっきりと欲しいと口に出した、もう途絶えてしまった『エインワーズ家』の血。
「くそっ。何であんなに突破されるのが早いんだ」
男が見ていたのは、ここの塔とつながる隣の塔との階段だ。
窓からそれを見て、男は悔しそうに声を潜めた。わたしからは見えないが、どうやらこのことがばれたらしい。……隣の塔、ということは今日食事会が開かれているところだ。
「まったく、あの姫様の勘の鋭さと言ったら野生の獣だな」
どうやらティアのことらしい。あの外見を見て野獣と表現しているのなら、この男は中々度胸がある。わたしには絶対無理だ。
「離して!!」
膝で男に反抗しようが、どんどんと背中を叩こうが、歯牙にもかけない男は窓を数秒見てから部屋を出た。
男が身を翻した一瞬、わたしにも窓の外が見える。黒い制服を着た騎士たちが、様々な色のマントを翻しながらこちらの塔へ進んでいた。
「リシティアの野郎、警備隊も何も関係なく投入してきてやがる。誤算だな」
この姫一人ごときに、そこまで執着するとは。
男は舌打ちを繰り返し、走り出した。ばたばたと廊下に響くいくつもの足音が迫ってきていた。後もう少し、ここにいれば助かるのに、なんて情けないの。
何をしても敵わず、結局捕まるままに任せている。
さっき、ティアと約束したのに。自分を大切にする、と。セシルを、大切にする、と。
なのに。
「……貸してもらっておけばよかった」
彼を傷つけるくらいなら、人を傷つける覚悟など安いものだろう。
人を傷つけた罪悪感を背負うことだけで、彼の心を守れたなら、それでよかったのだろう。何で今更、そんなことに気が付くんだろう。
「セシル」
傷つかないで、なんて無理な話なのは分かってる。誰より責任感の厚いあなたに、そんなことは無理だろう。だけどお願い。
「自分を、責めないで」
この男を刺してしまえばよかった。
場合によっては、殺してしまうかもしれないけど、それでも、よかった。セシル自身が苦しまないのなら、それならわたしは。
「それで、よかったの、に」
揺れる視界で思う。泣く資格はないと。
こんな簡単なことにも気付かず、ティアの気遣いも断ったわたしが、悪いのだ。たとえこの身が血に染まったとしても、自分は剣の鞘を抜くべきだったのだ。
自分を守るためだと言い聞かせて。
男が角を曲がろうと身をひねる。その一瞬、向こうの方に騎士の制服以外の色が見えた気がした。
手を伸ばしても、届かないけれど、確かにそれは『彼』だった。誰よりも守りたいと思った、彼だったはずだ。
涙でかすむ視界にははっきりと映らない、ましてもう曲がってしまえば確かめようがない。だけど確かに、彼だった。
「……シル」
遠くの方で、泣き叫ぶような声が響く。
ついで次から次へと怒声が響いて、涼やかながらも確かに殺気の入り混じった声が当たり一面中に響きわたった。
「彼女の身の安全さえ確保できれば、あとはどうしても構わないわ!!」
確かな怒気の中に、僅かだが心配そうな声色も隠れていて、それが嬉しいと思ってしまった。
不謹慎だけど、今初めてティアとの間の関係が見えた。それは、多分。利益だけの関係じゃなかったのだろう。
「リシティア、くそっ!!」
男が呟く。そこには恐れが混じっていた。
焦燥と、抗えないほどの恐怖。彼は今、初めて感じたのだろう。彼の人を敵に回すとどうなるかと言うことを。
身をもって、知ったらしい。
「しっかりなさい!!」
ティアの怒声が、誰に向けられたものであるかは、はっきりと分かった。
「セシル! 今すぐに大臣達を調べ上げて。さっきの騎士の所属は多分『白』よ。
貴族階級の息子でしょう。だけど単独犯だとは考えにくいわ。こんな馬鹿げたことをする人間が、今まで野放しになるはずがない。多分、裏に誰かいるわ。
大臣か、その子息か、あるいは……。片っ端からエインワーズと懇意だった、もしくは敵対していた貴族を調べなさい。どっちであるかは後でわたしが判断します」
ちっと男がまた舌打ちをした。それはティアの推理が合っていることを示しており、男は追い詰められる者の恐怖を感じていた。
事件です。山場です。ノリノリで書きました。安っぽい悪役というのは、書いてて非常に楽しいものです。(不謹慎ですみません)
それを追い詰めるティアちゃんを書くのはもっと好きですが。