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姫と騎士  作者: いつき
番外編
88/127

お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~向かう道~

 波乱の幕開け、とでも言いましょうか。

 ここからは1/29日に予約投稿したものです。……二つしかストックができてないのです。

「今日の講義はここまでとするわ。悪いけど、これからわたしも仕事なのよ。……ええ、したくもない馬鹿息子達との食事ですとも」

 美しく着飾ったティアが若干怖い顔をしながら笑う。

 今日は大臣子息達を招いた食事会らしい。将来を担う彼らを見極めるとともに、次期女王として名高いティアとの対面を目的とするらしい。もちろん、そこにはセシルも含まれていた。

 最近、ティアに政治のことについて話をしてもらっている。

 その中で、ティアが惑う話題と言うのは決まっていて、自分とシエラとの後継争いのこと、ヴィーラ様の疑い、それから――わたしの父親のこと。

 しかし傍目にはそれを避けているようには見させない。あくまで、大多数が不快に思う内容を避けているようにさえ見えなかった。

「だから、部屋から出てはダメよ。一応、見張りの騎士はつけていくけど、セシルとアレク、それからエイルがこっちに出席する以上、どうしても手薄になるから。いつものならプルーがいるんだけど、プルーも重要な用を任せているし」

 せめてエイルだけでも、と頭を抱えたティアに、心配ないよと首を振る。

 エイルさん、というのはアレクさんの古くからの友人であり、騎士を代表する優秀な出世頭らしい。庶民の出であるにもかかわらず、その実力によって上り詰めたという。

 今ではその生まれを嘲笑う人さえ少なく、少しずつではあるが世襲制も廃れている。

「分かってる。外に出ないよ」

 約束して、ティアを送り出そうとしたとき、ティアがそっとドレスの中に仕込んでいる小剣を差し出してきた。

「今日は、嫌な予感がするのよ。出来れば食事会を欠席したいくらいね。

アレクも、セシルもいない。あなたの味方はほとんどわたしと一緒にいる。あなたは本来ここにはいないはずの人物だから、大げさに守ることも出来ない。

本当なら、王様のところで匿って欲しいところだけど、また病状が悪いらしいから、それも頼めないし。だからあなたにこれを預けるわ。

いい? 預けるだけよ。決して使わないように。持っているだけで、安心することだってあるでしょう」

 手渡された小剣は、驚くほど軽く手になじむ。

 一見実用に向かなさそうに見えるものの、ティアが渡すくらいであるからそれは驚くほど簡単に人を切れるものなのだろう。

 そんなものを、この人はいつも身につけているのか。

「わたしが、これを使うことは滅多にない。だけど、王族なら誰もが持っているものだわ。自分の身を守るためにね」

「わたしっ、いらない」

 こんなものを、持っていたら、わたしは。

「使っちゃう、かもしれない。使いたくなくっても、抜いちゃうかもしれない」

 わたしは、この剣を扱うだけの心の強さを持っていない。

 何かあれば、この剣に頼ってしまう。簡単に、鞘から抜いてしまう。自分の身を守るためと言いながら、人を傷つけてしまうかもしれない。

 それは、何よりも怖い。

「ティア、みたいに強くないもの。本当にそれが、抜くべきときなのか判断できない。だから、いらない。どうせ、わたしが持っていても剣術を習ってないからうまく使えないだろうし」

 そっと、ティアの手に小剣を押し返すと、ティアは少しだけ困ったように笑った。

「あなたは、心の底から腹立たしい子ね。わたしには、ないものを持っていて羨ましいくらいだわ」

 そこには皮肉は含まれておらず、ただ憧れだけがあった。

 ティアが羨むものなど、何一つ持っていないわたしを、そんな目で見るのはどうしてだろう。美しさも、賢さも、兼ね備えて権力さえその手中にある。愛しい人も、いるのに。

 あなたは他に、何を望む? それ以上、一体何を欲しがる?

「羨ましい、とは絶対に言ってあげないけど。わたしは、今の自分に満足しているもの。民と、国を愛するわたし自身を、わたしは保ち続けたい」

 たとえ、大切な人を失うことになっても、ね。

「ティア」

「いいわ。この剣はわたしが持っている。そして、食事会の最中に祈ってる。あなたに、女神の祝福があらんことを」

 ふわり、と柔らかくも冷たい笑みが降ってきて、やがて頬に柔らかく口付けられる。それは家族に向ける親愛の情が感じられて、ほんの少しだけ息を吐けるような気がした。

「ありがとう。ティア」

「何もなければ、いいんだけど」

 こういうときの予想は、驚くほどあたってしまうから嫌なのよ、とティアは苦く笑ってブロンドをふわりとかきあげた。

 美しい曲線を描くその髪は、光を反射してきらきらと輝く。その光は彼女を包み、一瞬目を奪われた。

「あぁ、そうそう。おめでとう、と言っておいた方がよかったかしら? セシルに伝えたんでしょう?」

 なっ、と言葉に詰まるとあらあら、と微笑まれた。

 何だか馬鹿にされている気がして、むっと眉を寄せると口元を押さえていたティアの笑みが一層深くなる。からかわれているのか、単純に祝福されているのか非常に怪しいところだ。

「そっ、なっ。何で知ってるの?!」

「あの後、私の部屋に来なさいとセシルに言っていたでしょう?」

 それよ、それ。

「だから! 何でっ、ティアがそんなっ」

 むきになっている自分を自覚しているが、セシルがティアの部屋に言ったからなんだと言うんだ。セシルが自分でティアにそのことを話すとは思えない。

 ティアの言葉に引っかかったというのも、あまり信じたくない。

「セシルが偉くご機嫌だったから、かなぁ。セシルの機嫌がいいなんてこと、滅多にないんだもの。絶対何かあったな、と思って」

 お酒盛っちゃった、と笑う。そんなティアにくらりとめまいを覚えて、頭を抑えた。

「セシル、お酒弱いの?」

「いいえ。強いわよ。それよりわたしが強いってだけ」

 べろんべろんに酔わせて、吐かせちゃった。ごめんね?

 全くもって悪いと思ってないのだろう。笑いながら謝ってくる。

 が、そんなことよりもお酒に強すぎるお姫さまというのもどうなんだろう、可愛げなさすぎじゃないだろうか。

 わたしの知っているお姫様というもののイメージは、何と言うかもっと……可憐だった。

「大丈夫、なの?」

「さぁ、どうかしら。まぁ、大丈夫じゃない? あのボールウィン大臣の息子だし」

 そう言うからには、ボールウィン大臣はさぞやお酒に強いんだろうと思う。が、どうにもセシルが心配で、眉を曇らせた。

「グレイス。セシルがわたしの所に来て、何て言ったと思う?」

 にやり、と意地悪そうなその顔は、楽しんでいてとても可憐なお姫様には見えない。

「グレイスを、傷つけたら許さない、ですって。可愛いわよねぇ。セシルって」

 セシルとティアの間には、四つほどの年の差があるにも関わらす、ティアはまるで年下にでも言うように笑う。

 ふふっと声を出して笑うティアは本当に嬉しそうで、こちらもつい頬を緩めた。

「セシルは、何にも執着を示そうとしなかったから、それはちょっと嬉しい。だけど、ちょっと寂しい、かな」

 頼もしかった幼馴染はやがてわたしとは距離を保つようになった。

 そのうち少しずつ会話の中に棘が混じるようになり、わたしも自然と警戒するような発言が多くなっていった。

 もうずっと、ティアとは呼ばれなくなっていて、それが悲しかった。

「やっと、普通に会話できる関係に戻ったと思ったけど、そこにはもうグレイスがいるんですもの」

 大切な、幼馴染はもうあの頃同様に自分を見てはくれない。ただその瞳に映るのは、どこまでも愛しいと思っている少女だ。

 そう笑って、ティアはこちらの頭に手を置いた。

「だからね、グレイス。決して無茶はしないで欲しいのよ。わたしの大切な幼馴染を、傷つけないで欲しいの。

あなたが傷つけば、セシルもきっと傷つくし、自分を責めるから。だから、ちゃんとお留守番しているのよ」

 子供に言い聞かせるような優しい口調に、頷くだけで答えるといい子ねとまた笑われた。どちらが年上なのか分からないが、彼女の方がよほど大人っぽく思慮深いのだろうと思う。

「ティア」

「うん? 何、グレイス」

 ふわりと振り返る彼女は美しい。

 しかしそれは少し、人形のように作り物めいている。それは、これからしたくもない会話をし、笑いたくもないのに微笑まなくてはいけないからなのか。

「わたし、ちゃんと自分を大切にする。セシルも、大切にする」

「そう、ならよかった。安心して、仮面を被れるわ」

 その意味は、いまだよく分からなかったが、ティアにはもう、見えていたのかもしれない。

 わたしたちが、これから立ち止まってしまうことを。その理由を。その先にある、結末さえ予期していたのかもしれない。

「行ってくるわね」

「行ってらっしゃい」

 その会話が、何気ない日常の終わりだったのだ。

 ぬくぬくと、何も知らずにいれる、最後の瞬間だった。もう、このままではいられないと、どこかで誰かが言う。

 わたしは、知らなくてはいけなくなった。

 自らの出自がどんな影響を表すのか。わたしの血が、どんなに厭われているのか。

 ぱたん、と閉まった扉をしばらく見つめ、それからため息を吐いて本を開いた。この国の歴史が綴られた本だ。

 ティアからもらったそれは随分古いもののような気がしたが、聞けばつい一年ほど前に出されたものらしい。

 ティアがいい教科書になる、と言ったので読んでいるのだが、昔の話しすぎていまいち実感がわかなかった。この国の始まりが、わたしの中に流れているのかと思うと、ほんの少し怖くなってしまう。

 自分は、その血に誇られるように生きていけるのだろうか。

「わたしの血は」

 どこに向かう?

 きな臭い雰囲気をかもし出しつつ続いてごめんなさい。きな臭い、というか単純に山場を迎える準備、みたいな。

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