お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~罪を暴く~
結局のところ、どうしたいの? と思う会話だと思います。これがこれからの伏線に……あまりならないのが残念。
「ティア? 父を連れてきたけど」
「入って」
短いやり取りのあと、扉に手をかける。そっと開ければアレクはすでにティアの近くに付き従っていた。
それを見て、セシルはわずかばかり首を傾げる。今日、彼はティアの護衛の日だったろうか、と。
「アレク、今日お前は王女の護衛だったか?」
「いいえ。ボールウィン大臣。しかしリシティア様が話すことがあるとおっしゃるので、代わってもらいました」
同じことを疑問に思っていたらしい。シルドが口を挟めば、すかさずアレクが答える。
どうもシルドの前だとティアに対する態度が硬くなるらしい。その原因が分からないまま、何となくセシルは納得していた。
「それで、王女が我らに何の用かお聞きいたしましょう」
「グレイスの件です。もちろん」
にこり、といつも通りの笑みを浮かべつつ、ティアはセシルとシルドに向き直った。手に持った書類をいくつか選んでシルドに渡す。シルドは何気なくそれを受け取りつつ、素早く目を走らせた。
「これは、十六年前の記録ですね」
「ええ。セシルに調べてもらっているのとは別に、頼んでいた資料が送られてきたから」
誰に、頼んだとは言わないが、相当のやり手であることが伺える。
それはセシルが未だ手に入れることが出来ていない資料の数々だった。その中の数点は、すでに破棄されているべきもので、見つけるのはよほど困難だっただろう。
「あれだけの大事件。どうしてあなたが担当していないの? ボールウィン大臣」
「まだ若造でしたから」
「嘘おっしゃい。たかだか十六年よ。仕方のない嘘を言わないで頂戴。こちらは本気なんだから」
見えない火花が目の前で散った気がして、セシルは身を引いた。
父とティアの笑顔での攻防戦と言うのは、出来れば参加したくもないし見たくもない。できれば遠くの方で高みの見物をしたいくらいだ。
「何故か、と問われれば王様が命じなかったからです」
「あなたのことよ。独自で調べるくらいはしたでしょう? 何せ城の中で起こることは全て把握していないと気に食わないあなたですもの。
命じられなかったからといって、安易に身を引くとは思えないのだけれど?」
「……それは、クラリス様にも言われました、そう言えば」
シルドが苦く笑う。対するティアはさっさと吐きなさい、と追い詰めるように、さらに数点の書類を目の前に突きつけた。
本来それは、世に出るべきではないものたちだ。そして、その中の一点はとっくに処分されているはずのもの。
「一体、どういう手を使って持ってきたのやら」
「わたしにも、色々と伝手があるのよ。残念ながら。狸親父達に対抗するためにね」
ばさ、と音を立てて広げられたのは、事件が終わった直後シルド自身の手によって消された、あの頃の報告書。
どれもがエインワーズ家の無罪を言うものであったが、中にはいくつか違う家の名前も入っている。
「ここ。あとこの家も。あのあと違う理由で断絶された家がいくつかあるわ。あなたが父に報告したんでしょう。
でもエインワーズ家とのかかわりを示すものは一切ない。どういうことか、説明してくれる?」
よく光るその瞳の強さは、ときに王譲りだと言われるが、シルドが見る限りそれはあくまで母親譲りだ。好奇心旺盛で、探究心に満ち、自分が無知であることをよしとしない。ついでに人に操られるのが大嫌いだ。
嘘を見抜く才能は一品で、自分も幾度見破られたか、と苦々しい思い出とともにシルドは過去を思い返していた。
その目で見つめられると、どうしても過去の想いが首をもたげる。まだ若かった頃の、儚い想いだ。
「お答えする義務がありますか?」
「何を言ってるの。当たり前でしょう。王代行のわたしに、命令されてるのよ。答えない義理がどこにあると?」
しかし、よく似てはいても彼女は彼の娘なのだ、と再び思い返す。
どんなに姿形が似ていようと、どんなにその瞳に秘められた強さがあろうと、その考え方も生き方もティアが大好きな『王』そのものだ。
だから、とシルドは思う。自分はどこまで言っても、この親子に敵うわけがない。
「私が調べた限り、エインワーズ家の謀反を示すものはどこにもありませんでした。……むしろ、潔癖なまでです。一切の証拠がない。
それが逆に怪しいと言えば怪しいのです。本音を言えば、政治に携わっている以上、あそこまで白いことはありえないかと」
ボールウィン家でさえ、叩けば埃なんていくらでも出てくるだろう。
自分の代で例えなかったとしても、その前やずっと前なら普通になされていたことだ。不正、とまではいかなくても、褒められた行為でないこともしている。
「白すぎる、ね」
ティアが笑んだ。
「逆に、証拠隠滅が徹底されてた、と?」
「そういうことになります。事実、エインワーズ家の当主がそこにある家の人間と親しかったのは事実ですから。ただ、会合などが開かれた形跡は一切ありませんが」
無実か、無実でないか。
事実なんてこの際どうでもよかったのだ、と十六年前の記憶を思い返した。要はそれが怪しいか、怪しくないかの問題なのだから。疑われる方が悪いと言ってしまえば、それだけなのだ。
「ほとほと、呆れるわね、王族と言うものは。自分の命を守るのに、そこまでしなくてはいけないんだから」
そう言いつつ、ティアの目に映るのは、王族を誇っている瞳に他ならない。
どこまでも嫌気が差すという割りに、その目は輝きを失ってはいなかった。まるで、その『嫌気』さえまとめて誇っているようにさえ見える。
「ちょっと待ってください、それじゃあ、グレイスの家は無罪と言うことですか?」
「セシル。有罪、だったのよ。もう今更変えられないのよ。そのときの事実は」
だけど。
「その罪ごと、消してあげる」
わたしがその罪を、背負ってあげる。だから。
「あなたの大切なお姫様を、わたしに頂戴? 謀反人の娘だと、誰にも言わせない代わりに」
「どういう、こと?」
セシルの顔が強張った。シルドの、顔も険しくなる。
「エインワーズ家を復興させる。本当は無実を証明させるのもいいと思ってたけど、ボールウィン家が裏で関わってた時点で、覆すのが少々難しくなった。いくらアレクとセシルが優秀だと分かってはいても、その父には皆逆らえないでしょう」
無実かどうか、それはもう焦点ではない。
「真相を明らかにすることは当然だけど、もしかしたらそれは王族の根幹を揺るがすかもしれない。慎重にやって頂戴。真犯人は、わたしが分かっていればいいわ」
「しかしっ!! 間違っていたかもしれないと、グレイスには言わないんですか?」
「言う必要があると? あの子を傷つけることしか出来ない事実を、伝えろと?」
「たとえそうだとしても、彼女には知る権利がある!!」
「いいえ。わたしには彼女を守る義務がある」
鋭く切り捨てるティアは、セシルを睨んだ。まるで、そんなことをすれば絶対に許さないと言うように。
「新たな家として、名を授けます。謀反を知らない人間もいる中、それも難しくはないでしょう。緘口令だって何だってしてあげる。だからセシルは黙って」
「無茶を言うなっ」
「言うわよ! さもなくば、『謀反人の娘』をあなたは妻にすることになる」
「そんなの関係ない」
「ええ、あなたにはねっ。あなたは愛していると言いさえすればいいと思ってる。だけどそうじゃない。これからもっと、大変なことが起きる。
わたしでは、歯止めが利かなくなるかもしれない。守りきれなくなるかもしれない」
それだけは、避けるべき事態だわ。
「グレイスを、『グレイス』として愛すればいいというものじゃないわ。セシル。あなたには『長男』としての責務がある。外国からの目だってある。お願いだから、いい加減あの子を『謀反人の娘』だと自覚しなさい」
あの子の責任じゃないって言いたいなら、それは大いに賛成すべき意見だわ。彼女のせいじゃない。彼女に流れる血が悪いわけでも、生まれが悪いわけでもない。
謀反とかかわりがないと思われている今であれば、その父でさえ悪くはない。
「謀反に関わった人間は、もうほとんどいない。真相も分からない闇の中。今更無罪と言おうが有罪と言おうが、……もう関係ないのかもしれないわね。だけど彼女が苦しむのは簡単に想像がつくわ」
「無罪とはっきり言えばいい」
「それは、わたしの父の判断が間違ってると国民に知らせることになるわ」
「それでもっ、そう言うべきだ!」
セシルが叫ぶが、ティアはあくまで下がらなかった。いつもの冷静さをかなぐり捨ててまで、セシルを説得しようと試みる。
「謀反があったことは事実なの。変えられない、事実。それを今さら無罪だと? 真犯人さえ分かっていないのに」
「いい加減にしなさい、二人とも。ここで言い争おうが、どうしようが、真相はあのときの私でさえ掴めなかったんだ。今更掴めるとは思えない。とりあえず落ち着きなさい」
間に入ったシルドの声に、二人ともはっとして声を静めた。
お互いむきになりすぎていたらしい。途中からはもはや最初の論点からずれて、支離滅裂な発言になっていたと言うことをやっと自覚する。
「とりあえず、様子を見ることにするわ。半年後には、王族としての披露会もある。それまでに、結論を出しましょう。なるべく、誰も傷つかない方法で」
帰って。
そっと呟かれた声に、セシルは異議を唱えようとする。むきになりすぎていたと言う事実は認めるが、だからといってこのままティアの要求を呑むわけにもいかない。
呑んでしまえば、永遠にエインワーズ家は『謀反人』のレッテルを貼られることになる。
「ティア」
「何。悪いけど、もうこんな時間だから、あまり冷静になれないの。できれば、グレイスと告白し合いました、とかいうとても平和な報告をしてくれるとありがたいんだけど?」
笑顔で語るティアに、もはや先ほどの激しさはなく、ただ余裕そうに口角を上げただけだった。
それに笑顔で返し、セシルも声を静める。これ以上の口論は、無駄だと悟ったのか、はたまた出直そうとしたのか。
「明日、君はこのことをグレイスに何て言うの?」
「そうね。セシルに酒を飲ませた挙句、あなたたちが愛を確認したと言う事実を聞き出した、とでも言いましょうか。とても平和そうな話題でしょう? 今までの話とは似ても似つかない」
「そうだね」
二人とも、努めて明るく友好的に話し合ってはいるが、見えない緊張の糸がギリギリと引っ張られているのを感じていた。
その中で唯一まともに発言しなかったアレクだけが、二人を冷静に見ている。
「……また、話し合いましょう。できれば、温厚に、静かに。友好的であれば嬉しいのだけれど」
「俺も怒鳴りたくはないよ」
「奇遇ね、わたしもよ」
おやすみなさい、と綺麗に笑う彼女の笑顔のどこを探しても、怒りは読み取れない。焦りも、悲しみも何もかもを含んで飲み込む彼女の笑顔は、どこまでも読めない。
そう思いつつ、セシルは部屋を辞した。とりあえず、何も出来ない自分の無力感を嘆くことは止めようと心に決める。代わりに、十六年前の真相を暴けばいい。
元々そう支持したのはティア自身だ。
王がその冤罪に関わっていたからといって、それを取りやめさせる権利は彼女にはない。調べればいい。ティアが命じたとおりに。
一寸の疑いを差し挟む余地もなく、はっきりと証明して見せればいいのだ。そうすれば上手くいく。全て、十六年前に戻ってやり直せる。……疑いもなく、そう思った。
結局無実だったの? と思われる方がいらっしゃるかと。それものちのち解明できればいいなぁと思いますが、重要なのはその中でセシルがどんな答えを出すか、ですので。(要は深く考えてないと)
アレクの発言が少なすぎて、私が泣けてくる。