お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~親の手~
羨ましがってないとか言いながら、実はしっかり羨ましがってると思います。王様が意外にまともに書けてよかった。
もっと壊れてる感じにも出来ましたが、年をとって彼も成長したということで一つ。
「どうして、そういうように思う?」
しかし王様は依然として優しい瞳を細めたままだ。
金髪の髪色は美しく、男性にしては端正すぎる顔立ちは、繊細なのにひ弱さは欠片もない。薄っすらとできた隈でさえ、その美しさを損なわせるようなものではなかった。
あくまで、男の人。だけど何より威厳にあふれて、美しくて……国民全員が賢君だと褒め称える能力を持っていると、見ただけで分かってしまうような人。
ティアの作り物めいた、人形のような美しさではない。
あくまで生きている人間らしく、力強く、威厳にあふれている。しかし笑ってみると随分と優しくて、ほっとできるようなそんな笑顔をわたしに向ける。
王様の笑顔は、自分の子供に向けるかのような、慈愛に満ちた微笑だった。それを見て、肩に入っていた力を少しだけ抜く。
「わたしの、父が、王様を殺そうとしたと、聞いて」
そんな人間の娘を、近くに連れてくるのは、どうかと思って。
そんなことを、途切れ途切れに言った。
今すぐ切り捨てられても、仕方のないことなのかもしれない。だけどどうしても聞きたくて、王様の言葉を待った。
どうして、この人はこんなに優しい目でわたしを見るのだろう。それが不思議でならない。もっと、冷たい視線を受けるものだとばかり思っていた。
自分を殺そうとした人間の娘だ。愛しいはずもないだろうに、と。
「もし、君が少しでもそんな様子を見せれば、アレクが黙ってないよ。それに、私は自分の目を信用している。ティアとセシルが見て、感じて、ここまで連れて来たのを信用しているし、何より」
君の瞳は、どこまでも澄んでいるからね。
「アグネスは随分と素晴らしく育てたようだ。素直で、穢れ知らずで、心根の優しい」
心根の優しい? 本当に、そうなんだろうか。
「そう、どこまでもお姫様らしいでしょう? 王様。わたしより」
「そうだな。剣を操り、歴史書を友とし、誰よりも跡継ぎらしくしていたお前は、お姫様というより」
少しだけ、苦く王様が笑う。
だけど、どこまでも誇らしげに笑う。
あぁ、この人は本当に、心の底からティアを愛しているんだと分かる。羨ましいのか、悲しいのかよく分からない感情が胸を締め付け、今まで感じたこともない感覚を味わう。
今まで、本当の親がいてほしいと願ったことはなかった。
マザー・アグネスのおかげで何不自由なく育てられ、近所の人皆から愛されていたから。実の親でも、ここまで愛してくれるのかどうかなんて分からなかった。
だから、今まで羨ましいとか、そんなこと……一度だって思わなかったのに。どうして、今になって。
「あぁでも、よく似ている」
「え?」
「君の、お父様に。目の辺りなんて、本当にそっくりだ」
嬉しそうに、王様は目を細める。
愛しくて、愛しくて、たまらないとでも言うように。それほど優しく、甘く、愛してくれる目。慈しんでくれる、目。
そんな目を、するのか。本当の親は。
「目の辺り、そう。特に私が好きだった彼の目だ」
そっと、確かめるように輪郭をなぞられる。愛しい幼子を触っているようだ、と思った。それくらい優しく、わたしの頬をなでる。
「意志の強そうな瞳。絶対に自分を曲げない、負けん気の強さ。懐かしい」
おいで、とその言葉に引き寄せられた。
差し出された手に、おそるおそるだが手を置く。
怖いことはない。ただ、わたしは感じてみたかったのかもしれない。『お父さん』の手の温もりを。それが、自分のものではないことを重々知ってはいるけれど。
自分の父は、この優しい王様を殺そうとして、死んだのだと嫌というほど頭の中でもう一人のわたしが繰り返すけれど。
「今まで、生きていてくれてありがとう。グレイス。ここに、来てくれて、私のところに来てくれて。本当に、ありがとう」
ぎゅっと手を握られて、涙が出た。
悲しくもない、痛くもない、ただ嬉しいだけなのに。厳しい顔をして、わたしの素性を話すばかりの人たちの中で、王様だけは違った。
その素性を愛し、わたしの全てを肯定してくれた。
きっとそれは、セシルにもティアにも出来ないことだろう。この王様だから、できたことなんだろう。
それが嬉しくて、嬉しくて、たまらなくなって、涙が零れた。わたし、ここにいてもいいんだと、初めて思った。
違う、少しでも役に立ちたくなった。『グレイス・エインワーズ』を全て肯定してくれる王様の、力になりたくなった。
こんな気持ちを、抱くのか。民は王に。愛してくれる分だけ、その愛に報いたいと。
「君がグレイス・エインワーズだろうと、グレイス・クロレスであろうと、私は君を愛しているよ。自分の子供のように、君を守ろう。仲のよかった、従兄の変わりに」
「それでは困ります、王様。愛するなら、『エインワーズ家』の一の姫を愛してください」
「それはできない。どちらも、彼女だから」
苦しくなって、嬉しくなって、涙が止まらない。
そんなわたしの頬を包み、王様はわたしを抱き寄せた。そして落ち着かせるように背を叩き、撫で摩る。まるで、幼子みたいにしがみついて泣いてしまった。
痛い。心が痛い。その原因が分からず、ただ涙を流す。
どうして、と思った。どうして父は、この人を殺そうとしたの。どうして、こんなに優しい人の愛を手放してしまったの。
どうして……この人を憎いだなんて思ったの。こんなに、わたしを、父を愛してくれているのに。
「随分、無理をさせたようだ。怖かったろうに。たった一人、ここへ連れてこられて。
もう、大丈夫だよ。グレイス。君は家族だ。私たちの、かけがえのない家族だ。だから安心しなさい。誰も君を否定などしない。させないよ」
もし、両親が生きていても、同じことを言ってくれるだろうか。
『わたし』を愛してくれるだろうか。貴族の立ち振る舞いも出来ず、話し方も出来ず、庶民として育ったわたしを、はたして受け入れてくれるだろうか。
「うん、大丈夫だ。グレイス、君は十分愛されていた。だから、生きていられたんだ。色んな人に愛されて、大切に思われて、だから君は今、ここにいる。そうだろう?」
それは、血を愛したからじゃないのかな。
王族の血を、いやエインワーズ家の血を、ただ残したかっただけじゃないのかな。ティアが言うとおり、血が途絶えるのを恐れたから、ここまで生きてこれた。
ただそれだけじゃないの?
「あぁ、ティア。そういうことをいうものじゃない」
「だって、事実です」
きっぱりと言い切るティアに、困ったような顔をした王様が首を振る。
「いいや、違うな。親が子供を愛す。それに、そんな『血』だとか『家』とかは関係ない。そんな難しいもの、必要ないんだ。
必要なのは唯一つ、その子を愛しいと、守りたいと、心の底から思うことだけ。難しいことなど何もない」
笑いながら、ティアにも手を伸ばす。ティアは逃げることもせず、その手を甘んじて受け入れた。
王様の手が緩やかに波打つティアの髪をかき乱す。ティアは面映そうに頬を緩め、くすぐったそうに目を細めた。
「私も、クラリスも、ウォルターも、みんな我が子を愛しているだけだ」
「……それでも、王族には血が必要です。その事実は変わりません。だから、この子をここまで連れてきた。それだけは、否定しようのない事実です」
「意地っ張りはクラリス譲りだな。まったく」
ため息をつき、わたしから体を離す。最後に残った涙を指で救い、『笑うと本当に似ている』と嬉しそうに笑った。
どうしようもない幼子をどうにか宥めるような手つきに、甘えたくなってしまう、そんな手を感じていた。
王様との邂逅編終了です。何気にグレイスの心をぐっと掴む王様。ここの王族は、人に愛されることに長けていると思います。(笑)