お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~待ってる~
更新がきちんとできているのでしょうか。すごく不安。センター終わったら、またちまちま書き進められたらいいですね!(他人事)
『恋する人間なら分かる』
好きな人を守りたい気持ちくらい。
「グレイスさんは、王族の血縁です。私が守らない理由がある分けない」
「そうだったね」
彼は騎士だ。王女のたった一人の、腹心の騎士。
誰にも膝をつかないだろうと言われた神童が、自らの意思で膝を折るたった一人の仕える主。
王族を守ることに、その命さえ捧げる彼だけど、だけど本当は。
「でも、君が王族を守りたいのと、ティアを守りたいのは違うだろう?」
彼女が王族だから、守りたいのではない。王族を、守りたいわけじゃない。それはとっくの昔に知っていること。
「彼女だから……ティアだから、守りたいんだろう?」
「兄さんには、関係のないことです。俺は、俺の仕事をするだけだ」
初めて口調が崩れた。
職務中、一度として家族の前で態度を崩さなかった彼が、頑なに否定する。それが可愛らしく、いじらしく、自分にはないもののようで目を細めた。
なるほど、あれだけ感情を消していた君に、再び感情を灯したのはやはりティア自身ということか。感情を消した原因も、ティアだけど。
「ティア、だからじゃないと言い切れるかい?」
「だからっ」
あなたには関係のないことです。叫ぶようにそう言って、珍しくアレクが顔を赤らめた。
まるで、情けない自分を恥じるかのように下を向き、大臣補佐の方にこのような口を聞いてしまい申し訳ありませんでした、と静かな声で謝ってくる。
「どうかご容赦ください」
「弟を罰するほど、冷酷になっていないつもりだけど?」
「今の私は、ボールウィン家の者ではありませんから。……ただの騎士です」
すれ違う足を互いに止め、少しの間会話する。
ティアは分かっているのか、何も言わずただ黙ってアレクが来るのを催促することもない。けれどこちらを見てにこりと笑った。
どこまで分かっているのかいないのか、それは分からないがあの笑顔は油断できない部類のものだ。あの美しさに騙されることなかれ。
一度溺れてしまえば、再び浮上することなんてできるわけもない。
現に、この誰よりも優秀だった弟が、溺れて戻ってこないのだから。
「アレク」
それでも、一言。
たった一言、彼女が弟の名を呼ぶ。そこに何が込められているのか分からないが、ひどく優しく甘い声だった。
裏切りは許さないと、いうものではないように思えた。早くしなさい、と急かすものでもなかった。
ならなんだろう、そう思ったとき、アレクが口を開く。
「今、行くよ。ティア」
あぁ、とため息をつく。
それは単純に、意思表示なのかもしれない。
大丈夫? と聞くような。大丈夫だよ、と返事をするような。
好きよ、と囁くような。好きだよ、と相槌を打つような。
そんな、二人にしか分からないような合図。
「セシル……?」
そう、彼女が俺を呼んでくれるような。
「大丈夫だよ、グレイス。大丈夫」
俺が、彼女を呼ぶような。
――それでも、俺の声に二人のような秘密のメッセージはまだ込められないけれど。彼女からの言葉も、はっきりとは受け取れないけれど。だけど、いつか。
「グレイス。王様に会います。次期王である、我が弟にも」
すっと、声が冷たくなる。
それは王女の声だ。ティアの声ではない。だけど、リシティアの声ではあった。その違いは一体何なんだろう。
アレクには、その違いが分かるんだろうか。違いの、原因とも言うべきものが。
「はい」
「しっかりね。部屋で、待ってるから」
「うん」
彼女に、どうか彼女に平穏が訪れることを祈らせてください。
「セシル。あとでボールウィン大臣を連れて私の部屋に来なさい。少し、込み入った話を……しようと思うの。グレイスの話だけど、ううん。ここでは止めましょう」
またあとで、そう言ってティアは振り返らず王様の部屋に入っていった。
「失礼します、王様。リシティアが参りました。入室をお許しいただけますか?」
「ティアか、入りなさい」
すっと背筋が勝手に伸びた。そしてティアに促されて部屋へ入る。しっとりと暗い部屋の中、淡い金髪がこちらへと走ってきた。
「お姉さま」
「シエラ、一人にしてしまって大丈夫だったかしら? お父様のお話し相手をきちんと務めたようね。えらいわ」
ティアの気配が柔らかくなって、そこでやっとその少年が次期王だと紹介された『シエラ』様だと知る。腰を折って礼をすれば、彼は不思議そうにこちらを見た。
見知らぬ顔、とでも思っているのだろうか。
「この方は誰ですか、お姉さま」
「グレイスです。わたしたちの数少ない血脈よ。同じ血が流れているの。どの家か、分かる?」
まるで試すようなその口調に、『ティア』と呼びかけた。そんな風に、シエラ様を試すようなことに使わないでほしい。
思わず零れた声にティアは笑い、大丈夫よとでも言うように、再びシエラ様に視線を戻す。難しい顔をしたシエラ様が、わたしの顔を見つめてくる。
端正な顔は王様譲りなのだろうか。
天蓋のついたベッドでいまいち顔は見えず、でもそのことに安心している自分はそちらの方も満足に見れない。
父が、もしかしたら実の父が殺したいほど憎んでいたのかもしれないと思うと、気が引けた。
もし、わたしが少しでも殺したいと、思ったら……。ティアもセシルも容赦はしないだろう。そんなことを考えていて、知らず身を振るわせた。
今、してはいけないことをしていた。考えることさえ、許されるはずもないことを考えていた。これも、父が謀反人だからか。
嫌な汗が背中を伝い、足から力が抜けていきそうになる。そのとき、目に入ったのは無垢なほどにじっとこちらを見つめる、シエラ様。
シエラ様の金髪は、ティアのものより若干薄い。
どちらかといえば自分の髪色に似ていて、ちょっとだけ嬉しかった。顔のつくりはティアともわたしともあまり似ていないのは、少し残念ではあるけれど。
たったこれだけのことに、わたしの中で安心感が広がる。自分と、同じものを見つけたときのような安心感。髪の色が、似ているというだけなのに。
「お姉さまに、似ていらっしゃる……。クラリス様のご親族ですか?」
「いいえ。あなたにも同じ血が流れているわ」
「では、この金髪の髪は」
彼の頭の中で、何が描かれているのかは分からない。
歴代の人物画が思い浮かべられているのか、はたまた歴史書をめくっているのか、わたしには分からずただオロオロとティアを見つめる。
「エインワーズ家の謀反を知っていて? シエラ」
「ええ。ついこの前先生に教わりました。確か、16年ほど前に……」
何かに気がついて、シエラ様は答えを止めた。
「グレイス、様。あなたの、苗字を聞いてもよろしいですか」
あぁ、分かってしまったのか。この人も。
そして、それでやっと自覚する。自分の苗字は、それほどの意味を持っているのかと。『エインワーズ』の名を聞き、全ての人が目を見開くような、そんな意味を持つのかと。
「紹介します。シエラ。彼女の名前は『グレイス・エインワーズ』。王名は『 グレイス・ユーリ・スルノ・エインワーズ』です。エインワーズ家最後の生き残り」
あなたが、気付いてよかったわ、シエラ。
穏やかに、だけど確かな冷ややかさを込めて、ティアはシエラ様に笑いかける。
「この子に『様』はいらない。グレイスも、シエラに尊称は無用よ。親戚ですからね」
「お姉さま、どういうことか聞いてもよろしいですか。だって、エインワーズ家は」
焦ったようなその声は、確かに『エインワーズ』がどういう家か知っているという意味が込められていた。
そして、そんな娘がどうしてここにいるのかという戸惑いも、確かに秘められているのだ。当然だろう、わたしは、確かに一度殺されているのだ。
歴史の中で、城の中で、一切の証拠を残すことなく、わたしが生きているという証を消された。
なら、今生きているわたしは一体なんだというのだろう。確かにわたしは生きて、ここに立っているのに。
殺された、『グレイス・エインワーズ』はどうなるのか。それは、『わたし』ではないのか。
「シエラ。次期王というあなたなら、もう分かってもいいはずよ」
それだけ言って、ティアは笑った。
「そろそろ、勉学の授業でしたね。お帰りなさい。先生があなたを待っています。また、お手紙を書くから、それまで頑張って勉強して頂戴ね、シエラ。お父様の跡を継ぐのは、あなたなのですから」
どこか突き放したように、だけど最後までそれが出来ず、優しさが漏れ出すように。ティアはシエラ様に向かってそう言った。
「お姉さま、僕は」
そのあとの言葉は続かず、やがてシエラ様は『失礼します』とだけ言って出て行った。
「ティア。何か急に冷たくなった」
「あの子は、次期王だから甘やかしてはいけないの。今から、王としての自覚を育てなければ」
この人は、自分が王になるという自覚はないのだろうか。
「王様、そう思うでしょう?」
「そうだな、私もそう思うよ。ところで、そろそろウォルターの愛娘を連れてきてくれないか? さっきから楽しみにしてたんだが」
先ほどから、わたしの出自を知る人は誰一人として笑わなかったのに、王様だけは違うようだ。楽しみだと言わんばかりに急かす声へ、ティアは笑いながら応じた。
「そうですね。シエラとの会話ばかりで、少しもお話になりませんでしたね」
「シエラの思考の邪魔をしては悪いかと思ってな。いや、もちろん口を挟みたくてウズウズしていたが」
思わず、笑いが零れた。
こんなに、優しい人? こんなに、嬉しそうにわたしを迎えてくれる人? 本当に? 自分を殺そうとした人間の娘、なのに?
また殺されるかもしれない、なんて思わないのかな。
「あの」
「何だい? あぁ、こっちに来てくれて構わないよ。顔をよく見せてくれ」
天蓋があげられて、現れた男性が手を広げる。まるで飛び込んでおいでとでも言いたげで、思わずティアのほうを向いた。
「王様、グレイスが困っています。もう少し、何とかならないのですか?」
「楽しみで仕方がないんだ。ウォルターの娘が、こんなに近くにいるのかと思うと、いてもたってもいられない」
早く、おいで。
その言葉に誘われるようにベッドへ近づいた。少しずつ、少しずつ、顔の見えるところまで言って止まる。もしかしたら……と不覚にも思った。
もし、自分の父親が生きていたら、こんな人なのかと。
「わたしが、あなたを殺すとはお思いにならないのですか。王様」
だけど出てきたのはそんな言葉で、一瞬にして場が凍りついたのが分かった。
言ってはいけない言葉だというのは重々承知している。その証拠に、ティアの目がきらりと美しくも冷たい光を宿して光った。
長め、です。一応。切りどころが見つからず、きちんと切りどころを意識して書きたいなぁ、と思います。
一気に書いちゃうんですよね、だーっと。するとどこできればいいのか分からず、中途半端になる、と。