お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~どちら?~
グレイス視点のアレクはどうしても怖めの描写。堅物というか、ただの鉄面皮。
「王様に、会わせておこうと思って、ね」
ごめんなさい、今、何て言いました?
「りしっ、リシティア様っ!!」
「まだその呼び方を守ってるの? ティアでいいって言ってるのに。わたしたち、血がつながってるのよ」
さらり、とリシティ……ティアがわたしの髪を撫でた。そして彼女のものよりずっと薄くて淡い金髪を愛しそうに持ち上げる。まるで、その金髪が全ての証だというように。
「金髪は、この国では珍しくない、と言いたげね。でも分かるの」
『この』金髪は他とは違う。
「自惚れてるって、思ってもらっていいわ。でもね、違うの。分かるの。これは他のものじゃないって。これは、レイティア様から続くものなの。だから、あなたも誇りに思いなさい。胸を、張って」
するり、と両手で顔を掴まれて、ティアの目線に合わされた。
「リシティア――ティア、様」
「ティアでいいわ。あなたも、王族でしょう」
違う、と言いたかった。
わたしはただの町娘だって。孤児で、マザーに拾われて、暖かな愛に包まれて、世界の何も知らないまま生きてきた。そしてこれからも、マザーの保護下でぬくぬくと生きていくのだと思っていた。
「わたしは、王族なの? 本当に」
「疑うの? どうして? 確かに、幸せばかりじゃないわ。あなたにとって、辛いことしかないかもしれない」
だけど。
「あなた、自分が『誰』か気にならないの?」
あなたが、あなたである要素が『王族』にはあるのに。
「知りたく、ないの?」
あなたは誰? わたしは誰?
わたしは、
わたしは……。
「わたしは、グレイス・クロレス」
「いいえ、グレイス・エインワーズ。何なら、王族らしく、もう一つ名を与えましょうか?」
名と姓の他にいくつか、王族は名を持つ。
リシティアならば、『リシティア・オーティス・ルラ・リッシスク』というように。シエラであれば、『シエラ・ロスタ・ヨーク・リッシスク』というように。
もちろん、今の王様にもあるし、貴族から王族に入った王妃様はそのとき与えられたらしい。
「グレイス・ユーリ・スルノ・エインワーズ。そう呼ばれるのはお嫌かしら?」
ふふ、とティアは笑った。
こちらが嫌がると分かっていてやっているのなら、かなり性格が悪い気がした。いや、初めからいいと思っていたわけではないんだけど。
セシルが言うほどではないにしろ、国を治めるのだから一筋縄ではいかないのだろう。
「アレク、降ろしなさい。グレイス、惑わされないように。セシルみたいな貴族ばかりだと思ったら大間違いよ。セシルは中々やり手だけど、あなたには甘い顔しか見せていないようだしね。それに……」
セシルはまだ、いい方だ。
「王様に会って、お偉い方たちに会って、話はそこからだわ」
あなたがここで生きていけるか、それともあの狸親父どもに食い殺されるか。
「わたしは、あなたを守るわよ。だけど守れないときが来るかもしれない。そのときは多分」
セシルもきっとあなたを守れない。
「だから、肝に銘じて。ここで生きていくには、何より自分の力が必要だって。矜持を持って、顔を上げて、胸を張って進みなさい。はったりで十分。その瞳は力を宿す色なの。
――見つめられて、抵抗できる相手なんていないわ」
強がりだ、と思った。そんなわけない、と分かっていた。
それでもティアが笑うから、頷いて手を握る。帰っても、殺されるかもしれない。ここにいても、殺されるかもしれない。王族とは、常にそんな状態でいなければいけないのだろうか。
この少女は、そんな世界に生まれたときからいて、死ぬまでいつづけるんだろうか。それは、自分にはきっと耐えられない。
「ティア。ありがとう」
「やっと呼んだわね。いい瞳の色だわ」
彼女は強い。だけど自分は強くない。
だから、強くあろうと思う。気持ちだけでもせめて、負けないように。セシルが悲しい顔を、しないように。
「そういえば、グレイス。あなたセシルが好きなの?」
今思いついた、と言わんばかりの口調にびきりと身体全体が硬直する。あら、やだ、図星? と年下の彼女は小さく笑った。
「なん、なんでっ。どうしてそんなっ」
「身分差なんて気にしないーっていうセシルのセリフは聞きごたえがあったけど、あなたからは何も聞いていないなぁと思って」
セシルは、『恋愛』的な意味であの言葉を紡いだんだろうか。そうじゃない気もする。
急に心細くなって眉を下げれば、『あぁ、またそんな情けない顔をして』とティアが呆れたように声を出した。
「セシルは、グレイスが好き――かもしれない。グレイスは? グレイスは、好き?」
「好き、だよ」
でも、それでどうしたいというわけでもない。ただ好きなだけ。
お嫁さんにして欲しいとか、今更そういう夢を持っているわけじゃない。この気持ちの置き場所に悩んでいるんだ。いったい、どうすればいいんだろう。この想いは。
「ねぇ、ティア」
わたし、セシルを好きでいていいのかな。
身分も違うし、何もかも不釣合いな気がして問いかけた。
「貴族的な意味で言うんなら、釣り合ってないと思う。あなたはまだ作法も分からないし、立ち振る舞いだってまだまだだもの。だけど、人間的にという意味なら、とても釣り合いが取れてると思うわ」
結局、大事なのがどっちかなんて、わたしには分からないもの。
ティアが笑んでアレクさんのほうに向いた。それは、何かの合図みたいなものなのかもしれない。
まるで計ったみたいに、アレクさんも笑顔を作る。この人の感情の全てを形作るのは、きっとティアなんだと思った。
「アレクは、どっちが大切だと思う?」
「……人間的に釣り合っているのなら」
言葉にならず、アレクさんの声は消えた。
言えなくて、言いたい言葉を飲み込むように喉を動かし、それから『なんでもありません。私には分かりかねます』と返事をする。
『それ』はきっと、騎士としての正しい言葉なんだ。
「いいわ。変なことを聞いて悪かったわね。忘れて頂戴」
ティアも、全てを分かっているように眉を寄せた。言わせるべきでないことを言わせた、と後悔しているのかもしれない。
「ねぇ、グレイス。もしセシルが好きなら」
言ったほうがいいわ。伝われば、セシルも安心するでしょう?
短めですね。すみません。
グレイスはセシルの前では自信をなくすよなぁと思います。彼だって完璧人間とは程遠い人間なのに、グレイスから見たらかなり雲の上の人なんだろうな。