お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~愛しいのに~
2pほど書き足したけど、それってここに載せるほぼ一話分という事実にショボーン。書いても書いても完結が見えないってどういうこと。
転にまでいかないので、もしかしたら起承で終わっちゃうかもしれません。起承結にならないようにします。せめて大々的に『転』を書きたい。
今回ちょっと短めです。
……すみません、題名間違えてました。
「兄に発破をかけるためとはいえ、少々言葉が過ぎるかと」
「そう? 我ながら素晴らしい演技力だと思うわよ? あのセシルの顔と言ったら、ちょっと笑っちゃいそうだった。そこまで大事なのね、って抱きしめてしまった」
いとし子を抱きしめるように宙へ手を回すティアを見て、アレクはわずかに目を眇めた。腹立たしい、という表情こそしていないものの、明らかに不機嫌そうだ。
そんな表情をしているアレクを見て、くすり、とティアが相好を崩す。よほどその顔が気に入ったらしく、いつもの彼女にしては珍しく、もう一度笑った。
「彼女は『死んだ』人間。それは事実。だけど、わたしがこれから『生きた』人間にする。誰にも文句を言わせないわ。わたしが、全てを背負ってやる」
血を、欲しているのだ。結局ティアも。自分の存在意義は『血』以外にもあると信じたいはずなのに。
血だけで何かが変わるわけではないと、血以外に大切なものはきちんとあると、そう知っているはずなのに。
「そこまでして、王族の血が欲しいですか? 一般人として育った彼女を巻き込んでまで」
そんなこと、言うべきではないと思いつつアレクは言った。これは、彼女の思いを否定するようなものなのかもしれない、と思いつつ。それでも口に出さずにはいられなかった。
どうにかして、こちら側に引き止めたかったのかもしれない。つまり、身分や血に捕らわれない考え方をするこちら側に。
王族として生まれ、生きていく彼女には無理なのかもしれないと思いつつ、それでもアレクは口に出していた。
「ええ、巻き込んでまで」
その答えが、瞳が悲しそうに見えて手を差し出しかける。しかしティアはするりとそこから視線を外し、ドアを開けた。そしてそこにいるプルーへ話しかける。
「プルー。エイルに言って、行儀作法の先生を。あとは、そうね、彼女のための部屋をセシルに宛がわれた私室の隣に移してしまってくれる?
まだ彼女の存在は公式に認めてないから、大臣達が変なこと言ってきたら、黙らせるようにもエイルに言っといてね。
必要なことはまた言うから、とりあえずプルーはグレイスについて。悪いわね、管轄外の事をいつもさせて」
「いいえ。お役に立てるのならば喜んで」
笑って答えたプルーに、ティアは普段見せないような柔らかい表情を見せる。
それは心底心を許しているというよりも、その人間を信頼している表情だ。彼女が心を許す、なんて滅多にありえないんだから。たとえ、自分にだって。
「さっそく伝えてきましょうか?」
「そうね。早いほうがいいわ。ここにはアレクもいるし、あなたも立ちっぱなしなんて嫌でしょう? 適材適所、好きな言葉だわ」
自分の言葉に満足しつつ、プルーを促す。失礼します、と律儀に頭を下げるプルーに手を振って、ついでこちらを向いて笑った。
「アレク。なぁに? 不機嫌そうな顔をして」
笑顔が、愛しい。
こんなにも、愛しいのに。
自分達の距離は遠い。きっと、兄達よりずっと、届かないくらい遠い。一生、手を伸ばし続けたって、自分の指先は彼女の幻影さえ捕らえはしないだろう。
そんな思いを込めて、指を伸ばそうとする。しかしアレクの指はティアの片鱗さえ捕らえることなく、自らの戒めを持って下げられた。
触れない。
それが、悔しいと思っていたのはいつぐらいだったか。
もう今では、それでもいいと思っている。それでもいい。そばに入れるなら。先ほど彼女が言ったように、傍にいるだけで自分は強くなれる気がするから。
彼女のために、強くなろうと思えるから。今は、それだけで十分なのだ。だから、どうか傍にいることを許して。
アレクはそんなことを思っている自分を戒めつつ、それを否定しようとは思えずにいた。これが、恋のなせる業なのかと、半ば呆れるように思いながら。
「ティア」
「最初から、そう呼べばいいのに。不機嫌そうにするなら」
「兄は、彼女を守れる?」
「分からないわ。彼らの愛なんて、わたしには分からない。だけど、願うことがわたしにとって罪にならないのなら」
国を守っているわたしが、『民』のではなく『セシル』と『グレイス』の幸せをもし、祈っていいのなら。
「彼らが泣かないように、女神のご加護を」
それが嘘偽りのない彼女の言葉だと分かった。
何だかんだ言いつつ、彼女は優しい。どれだけ口で厳しいことを言いつつも、最後に救いを差しのべてしまう。それは多分、自分にも救いが欲しいからではないだろうか。
彼女も、もしかしたら救われたいのか。一生逃れることのできない『王族』という名の籠から。縛り付けられて、その辛ささえ自覚できないくらいの戒めから。
「救われたい、なんて……彼らは思ってないかもね」
ただ、静かに暮らしたいだけなのかもね。
「わたしは、救われたいと思う状況に陥ったことがないから分からないわ」
彼女の、今の状態は『救われたい』と『逃げ出したい』と思う状況ではないらしい。
強がっているのかどうなのかも分からず、アレクはあいまいな表情を作った。
「ティアは、何を望む?」
彼女の、望むものなんて分かりきっているんだけど、それでも彼女の口から聞きたくなった。どう、したいのか。何が、したいのか。そうすれば、自分も覚悟ができる気がして。
できる、とアレクは思った。自分も、彼女も、覚悟なんてとっくに出来ているはずだけど。
「わたしの、望むこと?」
「そう、君が心から望むことを教えて欲しい」
それが、想像通りのものだとしても決して落ち込んだりしないようにするよ。それが、君だと分かっているから。
決して、落ち込まない。
そんな決意を込めてアレクはこぶしを握り締めた。自分自身を自制するように、手のひらに爪が食い込むまで握り締める。
そんなことをしても、出来ないことは絶対に出来ないとわかってはいるが。
「わたしの、望むことは、簡単だわ」
言うだけなら。
「この国と、民が安らかになること」
せめて、争いで人が死なないように。
せめて、飢餓で苦しまないように。
せめて……。
「全員を幸せにするなんて、無理なのは分かってる。幸せ、なんて不確かな形、全員に与えられない。だけど、わたしには」
それくらいしか、願えないからね。彼女の笑顔は、いつもどおり美しくて、アレク自身も笑った。
その笑顔を、手に入れたいなんて思わない。
だけどどうか、その笑顔が見れるところにはいさせて。
アレクの心はいつだってティアちゃん一直線。こんなに芯のしっかりしている人間も中々いないだろうに。
でも書いてると、アレクの心は純真すぎて『もっと欲張ればいいのに!』と思わないでもない。