お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~背負う覚悟~
そろそろやっと城へ! のところ。
かっこいいティアちゃんが書きたいです。
「今、なんと言いましたか」
「……王宮に、あの城へ行きます。マザー」
ばれてしまったんですね、とマザー・アグネスは頭をたれた。その体はいつもよりずっと小さく見えて、グレイスは眉を寄せる。
それから自分が置かれている状況を説明するように、横へずれた。
そこにいるのは、先ほど自分を脅すように説得したこの国の王女。今度こそ、マザー・アグネスの肩がこわばったのを、グレイスははっきりと見る。
マザー・アグネスは目を見開き、一度二度と肩をあげたり下げたりした。
「リシティア、姫」
「始めまして。マザー・アグネス、と言うのね。あのとき、エインワーズ家が取り壊された日に辞めていったって言うあなたを探すのに、本当に苦労したの。
聖職者として、その名を馳せながら、エインワーズ家一の姫を守るため、辞めていったあなたを。エインワーズ家は、協会にたくさんの寄付をしていたし、そこの当主が殺される日に忽然と辞めれば、怪しむ人だっているでしょうに。
そこまでして、彼女を守りたかったのね。たった一人の、エインワーズ家の生き残りを」
ずっと、探していた。
「父に信頼されつつ、あっけなく辞めていかれたそうね? シスター。そこまでして、この子を、守りたかった?」
王族としての自覚を植えつけることなく、ただの子供のように今まで育ててきた。
「おかげでこの子は、王族が何たるかも知らない子になってしまった。まぁ、男を見る目はあったようだけれど」
「リシティア様」
セシルが焦れたように口を挟むが、ティアは一瞬目を向けるだけで黙らせる。
まるで、お前が出る幕ではないと言うように。たったそれだけのことなのに、セシルは口を噤む。逆らえない力があるのだと、グレイスは自分のことのように思った。
生まれたときから王族だというこの人は、自分の言うことが絶対だと言うように話す。
そこへ他人の入る余地はない、とはっきり言っているようなものだ。自分に間違いがないと、そう思っているのだろうか。
――本当に?
「この子を、リシティアの名において城へ召還します。そして、王族として復権させます」
「まさかっ。エインワーズ家はっ」
アグネスが、初めてティアの声に逆らった。きらり、とティアの翠の瞳が光る。
「エインワーズ家は、確かに謀反人を輩出した、今は亡き家。だけど、その血筋は王族の血筋。必要なら、その謀反の罪さえ消し去ってあげる」
どうせ、16年も前のこと。誰も覚えちゃいないわ。
「謀反の罪って、そこまで軽いの……?」
そうやって、言い切ってしまえるほど、軽い罪なの?
だとしたら、自分の両親は、そんな罪のせいで殺されたのか。
そのときのことをまったく知らない、生まれてさえいなかった姫に、一言で言い切られる罪なんかのために。
そんな考えが脳裏をかすめ、グレイスは手を握り締めた。
そのときそっと、隣から手を握られる。未だ慣れないその体温は、馬車の中でも、先ほどからずっと近くにある人のものだった。
城へ行くと決めた理由を思い出し、彼に微笑みかける。せめて、彼に心配をかけさせないように笑おう。
手の力を緩めると、指を絡みとられて、しっかりと握られた。
「そうね、あなたは王族の血を引いてるだけ、だったわね」
教えてあげるわ。何も知らない、可愛いお姫様。
「この国で、王族を裏切ることがどういうことか、初めに教えておいてあげる。あなたも、その『王族』なんだから」
美しい、と思える笑顔ではなかった。造形は誰もが見とれるほどのものであり、その仕草はどこまでも遠い『王女様』のもの。
なのに、その気配さえ見出せないのは、その顔を縁取る表情があまりにも空虚だったからだ。
真っ白、と表現してもよい。この国の国家である、白薔薇の可憐な白さではない。絶対的な無を示す、何にも属さない白。
いっそ恐ろしくなるほど冷たくて、触れるのさえためらわれる。それが怖くて、グレイスはセシルの手を握り返した。
「この国でそれはね、決して許されない罪になる。死んだって許されない、罪よ。だからエインワーズ家は取り潰され、何の関係もないあなたさえ、殺されそうになった」
裏を返せば、それだけ成功しそうだったってことよ。分かる?
「軽い頭じゃ考え付かないし、生半可な覚悟では実行もできない。ずっと、考えていて、ずっと憎んでいたんでしょうね。あなたのお父様は――王族を、わたしの父を殺すことを望んでた」
ゆらり、とわずかだがティアの気配が動いた。抑えても、抑え切れない何かがあふれ出すように、笑う。
「あなたのお父様が、ウォルター・エインワーズが何を思ってそうしたのかは分からない。
賢臣として、ボールウィン大臣と張り合うとされていた彼に、何があったか分からない。事実だけで、あなたのお父様が本当にわたしの父を殺そうとしたかどうかも、今は分からない。
だけど、16年前は、その行動が『謀反だ』と取られたの」
言っている、意味が分かる?
「事実なんて分からないけれど、そう取られてしまえば『そう』なるのよ。だけどね、わたしが一言、調べ直しを命じたらどうなると思う? たとえば、アレクに」
それは。
「わたしが、エインワーズを無実だといえば、そうなるのよ。だって、アレクが調べたんですもの。ボールウィン家が輩出した、神童の一人が、ね」
誰がそれを疑えると思う? 堂々と、エインワーズの罪を言えると思う?
「あなたは、この王族の制度が馬鹿らしいと思うかもしれない。だけどよく覚えておきなさい。わたしたちは、ある一定の責務さえ果たせば、この国で一番恵まれていると言われるわ」
事実なんて、どうだっていい、軽く笑ったティアを、グレイスは見つめる。
「わたしは王族が欲しい。血を、繋げていきたい。そのために、大きな罪をわたし自身が背負ってあげる。王族を殺そうとしたっていう、罪をわたしが背負う。
それくらいの覚悟が、わたしにはある」
まっすぐとこちらを見つめる瞳は、怖いくらいに澄んでいた。
「だから、マザー・アグネス。グレイスを引き取らせてください。命の保証はします。不自由な生活だってさせません。その代わり、この子の自由を頂きたい」
すっと、ティアは膝を折り、マザー・アグネスに礼をとる。誰よりも誇り高いといわれる彼女が、腰を折った。
「リシティア姫、お止めください」
「いいえ。わたしは自分の望みのために、一人の人間の人生を欲しているのです。この国のためだと言いつつ、それでもわたしの欲ですから」
罪を、背負うと言った。決して許されない、死んでさえ消えない罪を、自ら背負うと。
何でもないように、いとも簡単に。自分には決して分からぬその覚悟が、ひどく遠いと思う。
「グレイス、あなたはいいのですか」
「……わたしに、選択肢なんてありません」
グレイスの方を向いたマザー・アグネスにグレイスは返す。そう、初めから選択肢なんて与えられていない。
聖職者としてある程度の地位にいたという、マザー・アグネスよりも権力を持たないのだ。この人たちの中にいて、発言権なんてあるわけもない。
「ええ、ないわ。あなたには、そんなものない」
「ティア、そういう言い方はよくない。グレイスさんにだって、発言権はある。人権だって、何だって、彼女は今までどおり持ってる。ただ、生活する環境が変わるだけだ」
漆黒の髪が、少しだけ怖いと思った。グレイスには見慣れない真っ黒の髪と瞳は、何よりも鋭くて、はっきりと映る。怖くて、でもセシルと同じ気配はする。
だけど、セシルよりずっと貴族の気配を持ち、凛としていて厳しそうだった。
「ええ、そうね。そういうことにしておきましょう。その方が彼女も安心するだろうし、何よりセシルの顔だって和らぐわ」
いいわね? 口に出さずに、彼女は確認を取る。それからマザー・アグネスにもう一度礼をとり、それからグレイスの手を取った。
「マザー・アグネス。あなたの娘さんを、確かにお預かりいたしました。次に逢うのはきっと、この子が立派な王族になったときですね。そのときまで、どうかお体を大切に」
「グレイスは、王族には向いていません。……きっと、耐えられません」
あなたのような、生活はこの子には似合わないんです。
「いいえ。この子も王族ですよ。生まれる前から、生まれても。わたしと何の違いもありません。置かれている、状況以外は」
それが一番大切だと、思っていたのはわたしだけなの? セシル。
今まで考えて生きてきたことは、無駄なの? 生まれと血が、その人の全てを決めるとでも、この人は言うの?
「行きましょう。わたしたちの、いるべき場所に」
そこは、わたしがいるべきとこじゃない。
また書き足さなければ。ん~、頑張ります。どんどん人でなし度UPなティアちゃんを期待してくださると幸いです。