お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~卑怯?~
ティアちゃん、まだ大丈夫。まだたおやかそうな仮面を被ってる、はず。
これからどんどん悪くなっていく感じでお願いします。アレクとの会話が久しぶり。
「随分と、性格が悪い気がしますが?」
「アレクまでそういうことを言うの」
ティアが頬を膨らませて髪をかきあげる。
不敵に歪んでいた顔は端正な元通りの形に戻り、少し幼ささえ含んだ。これが本来の彼女なのか、それとも先ほどの笑みが彼女なのか、それはアレクでさえも分からない。
それが彼女自身だと知ってはいるけれど、どうしても時々知りたくなる。本当の君はどんなことを考えているの?
「どうするのよ。それだったら」
「それはそうですが……。酷なことだとはお思いにならなかったのですか?
あなたも、王族になればどうなるかなんて分かっているはずではありませんか。それを、何も知らないふりをして、彼女を王族として認めるなんて。
あなたらしくない。不利になる条件は一切彼女に知らせず、得なことばかり特筆する。本来、あなたはそういう人ではありませんでした。そうでしょう? それなのに、どうして」
アレクが、長く息を吐いた。
ティアは自分が非難されていることを感じ、黙って唇をかみ締める。じゃぁ、いったい、どうしろと言うの、と彼女にしては珍しい、聞き分けのない言い方をする。
まるで、あなたにだけは分かってほしかったとでも言っているようだった。それでもそれを口に出すことを、彼女の矜持は許さなかった。
「彼女は、わたしの駒になるかもしれない。それはセシルだって分かってる」
「分かっているのと、納得するのとでは、なかなか違うものがありますよ? そうではありませんか? リシティア姫」
ティアがその呼び方に眉を寄せた。それから面倒くさそうに時計を見て、自分のいでたちを見やる。
どこからどう見てもお姫様に見えないその格好は、随分と楽なものだった。それでも、いつもの自分とは全く違うそれを誰かに見られたら王室の威厳が問われてしまう。
むしろ、明日から針の筵に座らされているかのような錯覚に陥るだろう。城というところで噂が立てば、後は済し崩しに広がってしまう。それも、市井の人間にまで。
それを考えるとため息が出て、慌てて顔を戻した。
「時間切れ、ね。あのコを連れて戻るわよ」
「グレイスさんは、一応君より年上だよ? 一歳ほど」
「知ってるわ。だけど、王族としてみれば、あのコは赤子以下。わたしがお姉さん」
胸を張って、それからくすりと笑う。
そしてがらりと表情を変えた。美しい、お姫様の表情がその顔を彩る。優雅なまま、彼女を乗せた馬車がこちらへ来るのを見た。
「あの子を連れ帰るわよ。そして王族として教育しなおす。
……半年後、お披露目のパーティーを開きましょう。そして王族として認める。あの金髪も、翡翠の瞳も、王族の象徴だわ。そうそうあるものじゃないし、似せて作れるものでもない。
それに、どことなく似てたでしょ? わたしと。それが何よりの証拠」
ブロンドを右へ流し、ドレスのフォックをアレクへ晒してから、『外して』と言う。アレクが嫌そうな顔をすれば、時間がないのよ、と急かした。
仕方なさそうにアレクは手を伸ばすが、ためらうように一度二度手を握り締めた。
『ティア』と吐息のように呼ばれても、ティアは振り向かなかった。それは無言の信頼だろうか、それとも自分を試しているのだろうか。
アレクはするりとその背に手を伸ばして、フォックを外す。
「命が、狙われていると言うのは事実だけど、守れると思う?」
「ええ。思い知らせてやるわ」
わたしを敵に回すと、どれだけ怖いか。そんなことも分からず反乱なんか起こされたら、堪らないから。
その顔に、わずかな苛立ちと何かが混ざるがそれもすぐさま消えてなくなる。ドレスを脱ぎ捨て、城から着てきたお姫様の格好に戻る。これで自分は立派な次期王だ。
「それに、初めてセシルが興味を持った人だもの。守りたいじゃない?」
彼が初めて執着した人。
公爵家の跡継ぎ問題で、弟に後継者の地位を取られても仕方がないと、簡単に言い切った幼馴染。小さい頃から、どこか何かを諦めていた。
その碧眼を思い出して、ティアは笑う。いつかあの目に、愛しい者を見つめる温かな光が宿りますように。
せめて自分には一生持つことの出来ない、『愛しい人』を作ってあげたい、とティアは笑う。それが自己満足だと分かっていて、それでも笑う。
「セシルと、アレクのためよ」
二人が、普通の兄弟として笑い合えるために。
「そして。わたしは、王族を手に入れるために」
残り少ない血を、手放すわけにはいかないのだ。
「何があっても、守って見せるわ。それが、ひいてはわが国を守ることになるんだもの。どんな手を使っても、あの子を王族にしてみせる」
優雅な、その唇が弧を描いて、その言葉が本気だと示した。
美しい本物の姫君。
その姫君が、『オヒメサマ』を探しました。本物とは言いがたい、オヒメサマを。
その姫君は、にっこりと笑って、それから……。
意外に優しい子なのだとわかってほしい。