お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~本当のわたし~
真相その一、的な。ティアちゃん、まだ可愛いかなぁ。
「見つけたわよ。セシル。……よくも一人で抜け出してくれたわね。おかげで私は、アレクから逃げるのに必死になったじゃない」
少しだけいつもとは違う口調。そして立ち振る舞いだった。
グレイスのとそう変わらないドレスに身を包み、仮面に手をかける。慌てて仮面を着けたセシルとは逆に、ゆっくりと仮面を剥いだ。
「逃がさないんだからねって。アレ? その娘」
「言っとくけど、この娘、ティアより年上だから」
城の中では絶対にできない、軽口の応酬だった。
明るい金髪、完璧な美貌。この街中でそんなものを晒せばただごとでは済まないのだが、あいにく、今は祭りの真っ盛りだった。こんな裏路地には誰も来ない。
「あなた――は」
一回見ただけだった。
しかも新聞か何かで一回。色も何もついていなかったのに、分かってしまうのは醸し出す雰囲気が王族のソレに間違いないからだ。
セシルのものと似ている、だけど全く違うもの。
「リシティア・オーティス・ルラ・リッシスク様」
この国の王女であり、未だ病床についている現在の王が亡くなれば女王の地位に就くといわれているその人だ。
「あら? ばれちゃった」
不思議そうに自分の身を見渡し、セシルに『おかしかった?』と聞いている。
「ティア、ばれるんだって。君は目立つんだから。雰囲気が」
「嘘! 誰も気にしなかったわよ。ここに来るまで」
「皆が祭りに夢中だったからだろう。アレクが来たら、怒られるよ。きっと」
セシルも諦めたように仮面を剥いだ。次いで、グレイスの仮面も一緒に取り去ってしまう。
「その娘でしょう? あなたが気になって仕方が無いと言っていたのは」
「言ってないですし、本人の前で言わないでいただけますか?」
「まだ何も言っていなかったの!? それでもあなたシルドおじ様の息子?」
「そのもう一人の息子もあなたを大切に思っていながら、何も言ってはいないではありませんか」
わざとらしくセシルが敬語に切り替えると、ティアがぼっと頬を赤らめた。
「私たちは! そういうのではないですもの!」
城での口調が出て、セシルは笑う。
「小さい頃からティアもアレクもバレバレ」
「煩いわよ。女の子一人も落とせない男が」
「二人でなに騒いでるんですか」
そこへもう一人、男が来た。グレイスは咄嗟にセシルの服をつかむ。
かもし出す雰囲気があまりにも怖すぎた。怒っています、とあからさまに示された態度を感じ、ティアは舌を出した。
「もう見つかっちゃった?」
「当たり前です。いったい、あなたは何度言ったら……」
説教をする体制に入ってしまったその男に、ティアは『今はそれどころじゃないの』と笑っていなした。そしてグレイスの方へ向き直り、優雅にお辞儀した。
二度目にセシルと会ったときを思い出す。見本のようなその動作に、グレイスはやはりこの人たちは別次元の人間だと実感する。
「初めまして、セシルのお姫様。わたし、リシティアです。本名は長いので割愛、さっき知っていたようだったし。ティアって呼んでくれるとうれしいわ」
にこり、と優雅とは言いがたい無邪気な笑顔が向けられる。
「そしてこちらがアレク。わたしの騎士よ。セシルの弟でもあるわね。あなたの義弟とでも言うのかしら??」
「ティア」
「あら、間違ってる?」
二人の会話が始まったとき、セシルはグレイスにささやきかけた。
「逃げるから、捕まってて。いい?」
こくり、と頷くだけで答えると、セシルは「ありがとう」と笑った。好きなんだ、と唐突にグレイスは理解する。理屈ぬきで、貴族とかそういうのも抜きで考える。
この人の笑顔が好き。話し方が好き。笑いかけてくれて、優しく触れてくれる瞬間が好き。この人が、好きなんだ。
大好き。
逢って少ししか経ってないのに、数回しか会話してないのに、どうしてか泣きたくなるほど大好きだった。いつも何か、心を全て占めるくらい、この人のことを考えるようになっていた。
「行くよ」
走り出そうと、セシルがした瞬間、その裾をティアがつかんだ。王女としての行動ではない。剣を嗜む、戦士の動きだった。
「残念。わたし、帰ることになったわ。で、セシルも逃がさない。そしてそのコも、ね」
「何を、考えていらっしゃるのですか。この子は関係ありません」
セシルの声が低くなる。
ティアはその声に動じることもなく、反対にセシルに近づいてきた。ふっと、ティアが背伸びしてセシルの顔に自分の顔を近づける。
二人の顔がくっつくくらい近いのをグレイスはぼぅと見ていた。
不思議なくらい、違和感がない。とてもよく似合っている。だが二人はどちらも譲らない、と睨み合っていた。
「それを決めるのはわたしです。あなたではありません」
「王女だからといって、全てのことが許されるわけではありません。お諦めくださいますよう」
丁寧な言葉が、怖いと思う。
「セシル?」
グレイスが思わず問いかけると、ごめん、とだけ返された。
「この子が何をしたとおっしゃるのですか。正当な理由がなければ、リシティア姫であろうと許されないことがあります」
「やけにつっかかる言い方をするのね? 素直にこのコが大切だから、無事に返したいと言えば考えたのに」
「嘘おっしゃらないでください」
二人の会話が白熱した、と思った途端、違う腕に抱きかかえられた。気がつくとグレイスはアレクの腕の中に納まっている。
「アレクっ」
セシルのあせった声が聞こえ、思わず手を伸ばす。セシルの手がグレイスの手をかすり、そしてつかめず離れた。
「今はまだ、あなたに言うつもりはありませんでした」
ティアが残念そうに言う。
「どういう、ことだ。ティア」
親しげな呼び方とは裏腹に、声は低く、ひたすらにティアを拒絶する色だけが含まれている。それを過敏に感じ取り、ティアは苦く笑った。
「今回の目的は、彼女を探すことだったの」
ティアが笑って、グレイスの金髪の髪を取った。
「前王の后を輩出した、エインワーズ家一の姫。グレイス・エインワーズ。
あなたはね、グレイス、わたしの血縁なの。曾祖父母が一緒なのよ。遠い血縁だけど、王族にはよくあることだと思って聞いて頂戴。
今現在、わたしたち王族は血縁者が少ないの。だからずっと、あなたの行方を捜してた」
「私は、孤児です。エインワーズ家など知りません」
「知らなくて当然だわ」
ティアが笑った。
「だって、エインワーズ家はね、十六年も前にその爵位を奪われて、家を取り潰されたの。謀反の罪で」
「なっ、なら、何故今更……」
ティアがグレイスの顔を覗き込んで、その瞳を見た。自分のより幾分か翠色が多い瞳と、薄い金髪。それでも王族の証ははっきりと彼女の血にあった。
それで十分だ。
「そしてあなたの両親はいつか自分たちが殺されることを恐れた。それと同時に、エインワーズ家の血が途絶えることも。だから」
だから、シスター・アグネスを頼った。
「孤児だということにして、王族の血を隠した。決して血が途絶えぬように、と。
だけどわたしは探したの。疫病もはやらなかった年に、あのタイミングで死ぬはずがないと、諦めつつ探してた。
……今王族の血を引いているのは、我が父・ユリアス王と、わたしと、弟だけ。わたしも、怖いのよ。王族の血が途絶えるのが」
とても一生懸命探したのよ。と、ティアが言った。
「あなたがいれば、随分と助かるの。どう? 戻る気ない? 王族の血を引く、お姫様に」
「あ、りません……。私は、グレイス・クロノスです」
「そう。残念だわ。だけど、覚えておいて頂戴」
あなたこれから、命狙われるわよ?
「あなた、このままじゃ死んじゃうの。目障りだって、殺されちゃうのよ? いいの? それでも」
ティアは笑ってセシルに向き直った。
「セシル。あなたはどう? このまま市井にとどめて、殺されるか。王族の血筋を認め、王宮で命を守るか」
セシルの顔が苦渋にゆがむ。そしてセシルがアレクからグレイスの体を引き取った。きゅっと抱きしめて、グレイスの頬に自らの頬を寄せる。グレイスはそっと目を閉じ、その感触を感じる。
「市井にとどめたら、僕はきっと君を守れない。それなら……」
王宮で、僕の目に入る場所にいてほしい。
「君が、大切だから。殺されたくないから。どうしても、傍にいたいから」
お願いだ。
そういわれて、グレイスは小さく頷いた。そうする以外、選択肢はないのだと目の前の少女を見た瞬間から分かっていた。
あと8ページ……4話分くらいしかないということに……。
しばらく潜るかもしれませんー。