お蔵入り 『オヒメサマの夢』 ~現実の毒~
ということで(どういうことで?)、ティアちゃん登場。まだそんなに黒くないはず。これからどんどん鬼畜でドSなティアちゃん書いていきます。
彼女の残像を、追いかけていた。
瞳で、心で彼女の姿を探そうとする。だけど当然のように姿は見えなくて、ため息をついた。どれだけ彼女に振り回されているんだろう。
彼女は、何者なのか。そればかりが気になって、近くにいる気配に気づけなかった。こつり、と長靴の音がする。セシルはゆっくりと振り向いた。
「兄さん」
自分とは違う、漆黒の髪と瞳を持つ弟が声をかけるのを、セシルはぼんやりと見ていた。どこか他人事のように、どこか虚ろに。
しかし、アレクはそれに気が付いてもあえて何も言わなかった。
「久しぶりだね。アレク」
にこり、と笑ったつもりだったが、アレクの顔を見るとそうでもないことが分かる。それでも、何も言わなかった。
「お久しぶりです。一年ぶりですね」
家族にも馴れ馴れしくしない、完璧な礼儀作法にセシルは魅入った。そして何度も思ったことをまた、思った。絶対アレクは、自分より跡継ぎに相応しい、と。
ボールウィン家に代々伝わる漆黒の色。
それは当主の色だ。代々の当主は、皆がその色を持っていた。しかし、セシルは持っていない。弟である、アレクにはあるのに、自分にはない。
それが幼い頃、どれだけのコンプレックスだったことか。
「まだ、あの姫の護衛をやっているのかい?」
アレクが興味を持っていた、先程の少女――グレイスのことに触れられたくなくて、話題をそらす。しかし、アレクはそれを分かった上で下がろうとはしなかった。
「ええ、リシティア様に付き従い、今日は来ました。兄さんはどこかの令嬢に夢中で気付かなかったかもしれませんが」
皮肉のような言い方にきっと睨むが、アレクは真っ直ぐとその視線を受け止めた。そして、小さい時のように無邪気に笑った。いつの間にか忘れかけていた、遠い昔の笑顔だ。
「しかし、兄さんが中流階級の令嬢に入れ込むとは思いませんでしたが?」
あなたは、公爵家の長男ですよ、と諭された気がして余計、睨む瞳に力を込めた。
「何が言いたいの?」
鋭くそう問うと、再び笑顔が返ってくる。アレクにそのつもりがないことは十分知っているつもりだが、自分を嘲笑っているように見えてしまう。
「いいえ、しかし兄さんは気付いているはずですよね? あの身のこなしは、労働階級ですよ?」
アレクが仕えている姫には絶対に見せないような、人の悪い顔。
「中流貴族に化けていたつもりでしょうが、身のこなしが違いましたね。まさか貴族家の、しかも公爵家の長男が労働階級に恋をするんですか?」
私たちは上流階級です。分かりきったことを、言い聞かせるように言うアレク。悔しいが何も言い返せず、しかし何か言わなければと口を開いた。
何が、言いたいのかとはっきり問えればいいのに。
お前は、そんなことを本当に思っているのかと、問いただせればいいのに。弟だって本当は、こんな制度バカらしいと思っているに違いないのに。
「お前は、公爵家の人間でありながら王族に恋をし、私情で近衛に入ったんだよ。そんなお前が、僕を責めるのかい?」
苦し紛れに出た言葉だった。アレクがボールウィン家を出て行った日、父ははっきりとは言わずに、誤魔化すように言った。
“アレクは、女神に魅せられてしまったんだな。そして、女神も――アレクを虜にしたくてたまらないらしい”
幼い自分には何のことか分からなかったが、今ならはっきりと分かる。アレクが魅せられた天使の正体も、アレクを虜にしたくてたまらない悪魔の正体も。
ばっさりと否定されるかと思ったが、思いの他効果はあったらしく、アレクは漆黒の瞳を揺らした。
「アレク、お前が帰ってくればお父さんはすぐにでも迎えてくれるはずだよ。いつまで意地を張って、近衛隊の隊長を務めるつもりなんだい?」
そう言い返す。しかしアレクの顔が歪むことなく、何かに気が付いたように、アレクはふっと口元を緩めた。それと同時に向こうの方から声が聞こえる。
「アレク?」
明るい黄色のドレスは格式高いイブニングドレス。
大きく開いた胸元はカットが複雑で、かつユニークだ。胸から下はすぐ切り替えがあり、シフォンがたっぷり使われたスカート部分は美しい曲線を描いていた。
身体の線を表に出すものではなく、どちらかと言えば幼い印象を与えるドレス。それは決してその少女のイメージを崩すものではなかった。
ふんわり膨らんだドレスを揺らしながら、それでもその少女は優雅に近づいてきた。
サラリ、と黄金と呼ぶに相応しい金髪が落ちた。纏めてもなお、広がる髪は波打っている。先程話していたグレイスよりも濃く、美しい金髪。
そして、グレイスより一歳、二歳幼いのにそれを感じさせない、威厳を放つ。
それを見て、一瞬セシルはため息を吐いた。
弟の心を掴んで離さない姫君は、誰がどう見ても美しく、王女と呼ぶに相応しい。そう、これが天使であり、悪魔の正体だ。
「ティア」
アレクが小さく呼ぶのを聞き、セシルは小さく首をかしげた。
いつの日からかは知らないが、アレクは姫君のことを「リシティア様」と呼んでいたはずだった。
それを姫君がお気に召していないことを知ってはいたが、まさか呼び方が戻っていたなんて、そう思いながらセシルはアレクを見つめた。
そう言えば、この前会ったときは姫君に対して随分そっけなかったのに、今は優しい接し方になっている。
ティアはアレクの姿を見て、微笑むと次いで視線をセシルに向けた。視線を向けられ、セシルはスッと背筋を伸ばす。
「お久しぶりですね。リシティア姫」
そう言うと、ティアはふっと口元を吊り上げた。
途端、可憐な印象はなくなりどこか策士めいた印象を与える顔になる。平らに言うと、性格が悪いように見える。
「セシル様。お久しぶりですね。先程のお嬢様は射落とせまして?」
分かっていて聞くのだから、こちらも随分と性格が悪い。しかしこれで謎が解けた。
ティアしか見えていないアレクが、どうしてグレイスを知っていたのか……。それはこの小生意気な姫君が面白そうに話したからに違いない。
「いいえ、彼女は射落とす、射落とせないというような人ではありませんから」
そう言うと、ティア少しだけ驚いた顔をした後、すごく嬉しそうに笑った。
「もう、止めましょう。堅苦しい言葉なんて嫌いだし」
途端砕けた口調になった。
「あなたが女性に興味を持つなんて……。思っても見なかったわ。あの子のこと、本気なのね?」
すごく嬉しそうに聞かれて、思わず頷きそうになるを寸でのところで押し込めた。
「あなたには、関係ありませんよ。所詮は、一貴族の心の問題ですから」
その言葉を聞き、ティアが不機嫌そうに眉を顰めた。普段、公の場では感情を表さない彼女にしてはとても珍しいことだとセシルは目を瞬かせた。
「そう。でも、わたしが興味を持っているのよ? それだけで、関係ないなんてありえないでしょう?」
この姫は、自分の地位をよく理解している。
一生逃げられず、好いている相手とも添い遂げられない代わりに、その地位は沢山のものを彼女に与える。
それを彼女はよく知り、疎ましいとも思わずその範囲で自分の望むことを最大限叶えてしまうのだ。
だから、敵わない。
弟を取られて、憎らしいと思うものの取り戻せるなんて思えないのだ。彼女から、弟を取れば彼女は壊れてしまう、そんな気がした。
唯一無二、最初で最後の彼女の砦が、自分の弟だと喜ぶべきか、憎むべきか。未だに答えを出せずにいた。
「わたし、多分、あの娘を知ってるわ。そして予想できる。これから起こるであろう、あの娘が原因の大きな事件が。
多分、あなたも、わたしも、アレクも、ボールウィン大臣でさえも振り回される、大事件。
だから、警告しておきましょう。本気でないなら、今すぐに手をお引きなさい。本気でない相手なのなら、あの娘がこれからどうなろうと関係ないでしょう?
そう、例え事故か何かで死んだとしても……。そして、今ならまだ、無関係と言えるから。わたしだって、あなたを庇えるから。
もし、本気なら、あなたの全てを、捨てる覚悟を持ちなさい。わたしに言えるのは、それだけだわ」
その言葉を理解する前に、セシルは席を立った。ティアに何か指図されるのは昔から大嫌いだった。
こと、自分にとって初めてのこの感情を、彼女の思うとおりにしたくなかった。
そして、暗に暗殺の計画があることを示唆したことが尚気に入らなかった。ティアの口から、そんな言葉が出てくるなんて考えもしなかった。
彼女がもっとも嫌う方法だ。
裏で何かを画策することは必要だとしつつ、それでもなるべくしないように。王族に必要な方法だと分かっていつつ、ギリギリまでそれに抗っている。
自分が知っている王女は、そういう存在だ。融通の利かない、頑固な姫君。だけど彼女は今、確かに『あの子』のことを“関係ない”と言った。
それがどうしてか気に入らなくて、言葉を返した。
いつの間にかお気に入り登録が200件超えてました。ありがとうございます。本編が終わっているのに、未だ読んでくださる方がいるとはっ。
な、何か主役カップルで書いた方がいいんでしょうか。何を書けばいいんだろう。やっぱり甘い感じかな。
うーん、アレクがかっこいい話とか……。書けませんね。