第6話 『あれから』
と、いうことで続編(?)載せます。前回のお話を読んでいることが前提なので、お話的には6話目ということになります。
前回よりも短く、長く行こうと思っていますので、そのところ、ご了承ください。相変わらず、進むのか進まないのか分からない関係ですが、よろしくお願いいたします。
少したまったほうが、読みやすいかもしれません……。一週間に一回のペースでやっていけたらいいな、と思っています。詳しくは、活動報告にて。
「ねぇ、アレク」
もう少女とも呼べなくなった幼馴染が、自分の名を呼ぶ。この四年で彼女は随分と変わった。
まったく変わらなかったという人もいるだろうが、少なくとも自分にしてみればさらに手が届くなったと言っていい。
王女から女王へと地位を上げ、幸か不幸かそれを問う暇もなく、三年が過ぎた。
「何でしょう、リシティア様」
自分は四年前と変わらず、彼女を守り続けている。振り返った彼女は柔らかくうねる髪を片手で押さえて、にこりと笑った。
すっかり大人びたはずの顔が昔と重なる。
「あと一年で私は女王でなくなるわ」
「存じております」
「シエラが十六歳になるんですもの」
「はい」
美しいブロンドがふわりと浮いて、首筋のユニコーンを露わにする。彼女はこちらへ歩いてきて、そっと自分の前で止まった。とても嬉しそうな顔をしつつ、どこか泣いているような印象を受ける。
「故ユリアス王も喜んでおいででしょう」
「実家に帰ってしまわれた、お母様もね」
彼女の瞳が一瞬で曇った。
四年前のことを思い出したのだとすぐに分かる。カロス・ノルセスの謀反事件は多大な影響を与えて幕を閉じた。派閥などの話で収まることはなかったのだ。
その中で一番問題になったのは、シエラ様の母であるヴィーラ様についてだ。
ノルセス家はヴィエラ様のご実家の親戚に当たり、その家が謀反を起こしたということは、ヴィエラ様がシエラ様を王位につけようとしてのことだ、という噂が広がった。
根拠も何もないので、表立ってヴィエラ様に何か言う者はいなかったが。
騎士隊では関与を疑い、調べたが結局何も出てこず、一応『噂です』と王とティアに知らせた。
しかしユリアス王が亡くなり、ティアが王位についたとき、周りはこぞってヴィエラ様の幽閉を勧めた。ティアが一蹴したが、大臣たちの間ではその話題で連日持ちきりになった。
そしてユリアス王の葬儀が終わり、ティアの戴冠式も済んだ頃、ヴィエラ様はシエラ様をここへ残し、ご実家へ帰られた。久しぶりにティアの泣き顔を見た日だった。
“わたしのせいだ。わたしが、王位についたから……、シエラは一人になった”
そうやって泣くティアをどうすることも出来ず、ただ抱きしめた。
「あと一年」
「はい」
「そうしたら」
そこでティアが一度言葉を切り、こちらを見つめた。先程とは比べ物にならないくらい真剣な表情がこちらを向く。目をそらせないような視線で射抜かれて、一瞬息を呑んだ。
「アレク、また呼んでくれる?」
ティアが綺麗に笑んだ。
「ティアって、わたしが女王でなくなったら、呼んで」
ふわりとまたブロンドが広がる。今度はその髪がユニコーンを覆い隠す。そっと手を伸ばしてその髪を捕まえた。手の中でさらりと、自分の知る中で最も美しく気高い色が踊る。
「いつでも、呼ぶよ」
ティアが少しだけ驚いたように目を見開いた。そしてにこりと笑う。
「呼んで」
アレクの、声で呼んで。
「ティア」
「うん」
呼ぶ度に、心の中で何かが動く。
「ティア」
「……っうん」
そっと手を差し出すと、その手に小さな手が重なった。自分の剣を持つ手とは随分と違う、『女性』の手だと気づく。そのひんやりとした手を握り、放した。
今の立場では、彼女の手をこうやって握ることさえ、許されないのだと思い出したのだ。歯がゆい、と思う。この手を握れないことというよりも、その距離感が。
とても遠い、自分たちが。
「来年」
一年後、ティアが女王でなくなるとき。
「伝えたいことがあるんだ」
女王でなくなったからといって、この関係が変わるわけないと知っているけれど。守る関係と、守られる関係は変わらないけど。女王が、王女に戻るだけだけど。
「――私も、あるよ」
それは何か、分かる気がする。
分かっているような気がしているだけかもしれないけれど。それでもいいと、思ってしまう自分がいる。
二人でそっと、言いたいことを隠して笑った。