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姫と騎士  作者: いつき
短編
60/127

間幕 日常2

『台所』




「お、おやめください。奥様っ」

「奥様っ。結構でございますから。もう十分ですからーー」

 メイドたちの悲鳴が聞こえた。この屋敷の主は、その声を聞きつけ書斎のイスから立ち上がる。いったい、何があるというのか。

 声はどうやら厨房から聞こえるらしい。何が起こっているのかという好奇心に駆られてしまえば、仕事など手につかなくなる。

 ましてここは城ではなく自宅なのだ。好奇心の赴くままに行動しても、大抵の人間は許してくれる。

夫婦そろって好奇心旺盛だといってしまえば、それまでなのだ。

「ティア」

「あ、アレク。お仕事終わったの?」

「いや、まだだけど……何してるの?」

 厨房にいたのは自分の妻と、雇っているメイド全員(十数人が皆厨房に入っているという事実!)、それとコックが一人。

「んーと、料理?」

「何で疑問系なのか、ちょっと分かる気がする」

 見えたのは料理と呼ぶにはあまりにもおぞましいそれ。……戦場でも見たことない、グロテスクなものだという他ない。

 他の表現は思いつかないのだ。正直。怖すぎて。

「何を丸焼きにしたの?」

「え、これ、ケーキの生地を焼いたの」

 きょとん、とティアが首をかしげる。

 随分と幼いその表情は、過去のそれと重なるが、いかんせん、今はわざとやっているのだろうと簡単に想像がつく。

「どうやったら、こうなるか、聞いていい?」

「普通にやったら、こうなった」

 そこは自信満々に言われても、リアクションのしようがない。そして怒る気にもなれない自分が恐ろしい。

 妻のことになるととことん甘いと、今更ながら自覚する。いや、自覚を新たにするのだ。

「はぁ、メイドがかわいそうだから、こっちへおいで。かたづけはメイドに任せて」

「え、でもわたしが汚したのに」

「いいの。むしろ手伝わないことが、ティアの手伝いなの」

 ぐいっと手を引っ張って、書斎へ連れて行こうとすると、後ろから尊敬と感謝の念が送られてくる。

 それはそうか、メイドたちが『やっと解放されるー』と喜ぶ声が小さく聞こえた。

「どうせ不器用ですよ」

 とすねる妻の声も。

「もともと俺たちは向いてないんだよ。ティアは料理より向いてるものがたくさんあるんだからいいじゃない」

「普通、奥さんはお菓子とか作るんでしょう?」

「普通の、奥さんは、だよ」

 うちの奥さんは普通じゃない。

 外国の書をスラスラと読んだり、政治経済の書について論じたり(これは夫婦共通だが)。

 刺繍や料理より剣が得意だったり、外国の王子相手にケンカ売ったり。

 そうかと思えば、誰よりも美しい笑顔で微笑んでみたりする。(妻バカだと笑われてもかまわないけど、これは主張しておく)

「普通じゃないみたいね、わたしが」

「一番特別な奥さんだから」

 でもまぁ、少しは……本当に少しは、料理とかができてもいいかなぁ、とは思う。


――――――――――――――

口から砂が、むしろ砂糖そのものがっ!!

ありえないけど、ありえそうな夫婦です。……個人的に、周りにいたら切れます。


他でやってろ、と叫びます。






「ひーめーー」

「ひめーー」

「ノエル様ーー」

 城の中に響くいくつもの声。それを避けるように、柱の影から覗く少女が一人。十歳ほどの少女だろうか、淡い金髪と明るい翠の瞳が印象的だ。

「……どうしよう」

 親の言いつけを守らなかった自分が確かに悪いのだが、さすがにここまで捜索の手が届くとは思っていなかった。

「で、でもっ」

ぐ っと手を握りしめて、小さく頷く。母親譲りの緩いウェーブのかかった髪が揺れた。

 自分は母親にそっくりらしい、というのはもっと幼い頃から分かっていた。父の自分を見る目がとても穏やかなのは、幼い頃の母を思い出すからだと思う。

 現在の母も十分綺麗だが、幼い頃はそれはそれで随分可愛かったのだそうだ。

「あそこに行くまでは帰らない!」

 淡い桃色を刷いたような頬をさらに紅潮させて、少女は歩き出す、と同時に首根っこを掴まれた。プラン、とピンクのドレスが揺れるのを見る。

「ノエル」

「あー。ユージスに見つかった」

 見上げれば今年成人したばかりの少年がいた。

「ここまでどうやって来た? 久々に城へ来たと思ったらすぐこれだ。だから、俺は騎士隊長に連れてこないように進言して……」

「うーるーさーいーーー。ユージスが意地悪するーー」

 ばたばたと暴れれば、すぐに離された。女の子は男の子にあまり近寄っちゃダメなのに。

「ユージス、知らないの? 男の子と女の子は三歩以上近づいちゃダメなんだよ! 

近づいたらね、きぞくの人たちにね、えっと、はたしないって言われるんだから!!」

「はしたない、だろ」

 そしてそのとても十六歳に見えない大人びた顔が苦笑に変わる。

 自分から見たら随分と大人だけど、母や父から見れば『まだまだ子ども』らしい。

「ノエル。送っていくから帰れ。そろそろご両親が心配してる。それにお前がここにいるとあらぬ誤解を招くだろう」

「ごかい?」

 何のことだろう。心配されるようなことは何もしていないはずだ。

 母曰く『好奇心だけは、わたしたち以上』らしいので、ときどき知らぬ間に大変なことをしていることも多いが。

「……半分王族のお前が城の中にいると、心穏やかにいられないような人間だっているということだ」

「あいかわらず、難しいことを言うのねーー」

「相談役がおられたら、頭を抱えるだろうな。我が娘がこんなのだと思うと」

 はぁ、とため息を吐かれる。

「何でかあさまのことを言うのよ」

「相談役であられるあのお方は、ノエルと同じ年で国史を学び、帝王学を修め、政に関心を持っておられたそうだ」

 その目には敬愛の念がこめられている。母を語るとき、大抵の人はそうだ。

「かあさまはまつりごと? をするために生まれたらしいわよ。わたしは違う。ただのきぞくのむすめ」

「でも公爵家ではないだろう」

「そうよ。とおさまがきしさまのままだから。でも生活はきぞくかいきゅう、財産もある。かあさまが王族だから悪口を言う人もいない」

 恵まれているのだ。それは分かっている。

 現にどこの家のパーティーに出ても、馬鹿にされるどころかいつも丁寧に接せられる。

 貴族の階級を持たないのに。

「でも、もうすぐきぞくのしょーごーをもらうらしいけど」

「王は前々から相談役を心配しておられたからな」

 自分の姉でもあるし。

「ノエルー」

 そのとき、また呼ばれた。今回は母の声だ。

「ユージス、かくしてっ」

「ダメだ。帰れ」

「ユージスーー」

 つかの間の攻防戦が繰り広げられる。

「ノエル。お前一応、王位継承第三位だぞ」

「大丈夫。前に二人もいるから」

「そういう問題じゃないだろ」

「自分がそうじゃないからって」

 むすっとするが、いきなりユージスは笑って頭を撫でた。

「まぁ、お前が王様になったときのために頑張るから、お前も頑張ればいいだろう」

「見つけた。もー、どうしてこの子はこうやって、好奇心旺盛なの。そのわりに覚えはよくないし、興味のないことにしかのめり込まないし。

ユージス、どうしてすぐに知らせないの」

「すいません。口車に乗ってしまいました。可愛いいとこなので」

「思ってないくせにーー」

「ノエル、やめなさい。女の子でしょう」

「それをティアが言うか」

「アレクっ!!」

 両親が出てきたので、おとなしく引き下がることにする。これ以上駄々をこねると後が怖いのだ。母の。

「帰るぞ。ノエル。……ユージス、すまないがまた相手をしてくれるか?」

「喜んで」

「嘘ばっかり、面倒だと思ってるくせに」

「ノエル」

 父が咎めるように言ったので黙る。今日はおとなしく帰ろうと思った。

 いつか、あそこに行きたいと思った。


――――――――――――――

ちょっと未来の設定でお二人を。

ツーといえばカーという二人が書きたかったんだけどなぁ。



ユージスはお兄ちゃん(セシル)家の長男。ノエルちゃんとは6歳差? かな。

シエラくん(ティアちゃん弟)とこには王子が二人います、という設定でした。

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