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姫と騎士  作者: いつき
短編
58/127

間幕 ハロウィン

 コロン、と手のひらで小さなキャンディーを転がした。ただ甘いだけの、砂糖のかたまりのようなそれを口に含む気はしなかった。

 一つだけの、たった一つの……小さな紙に包まれたキャンディー。それが何を意味するのか、知らぬまま受け取ってしまった。

 あの淡い金髪の警備隊の隊長から。

『お前には、今日それ絶対必要だと思うんだよな~』

 くつくつといつも通りの胡散臭い顔で笑いながら、ポケットから出したのだ。そしてそれを投げてきた。

 そしてにやりと笑う。整ったはずの顔が妙に邪悪に見えてしまうのは、自分の所為ばかりではないだろうと勝手に結論付けた。

『あと、このことは姫様とプルーには内緒な?』

 確認のように問われて、無言でうなづいた。こういう顔をした奴に刃向かってよかったためしがないのだから。

 それを見た奴はまたにやりと笑い、そしてこちらの顔を見て、またにやり。随分と今日はいやな笑い方を繰り返す……。と呆れていると、奴はやっと口を開いた。

『まっ、せいぜい、頑張れ』

 何をだ、と問うまもなく奴は走り出す。すると向こうの方からすさまじい足音が聞こえた。

『エーイール!!』

 女性としては少し低めの声が怒りによって震えているのがここからでも分かった。女性のみでありながら騎士の仕事を立派に全うしているプルー副隊長だった。

『お、来た。来た』

 対するエイル――奴は嬉しそうに頬を緩める。先ほどの『にやり』とはまた違う顔をする。それはいつだってプルー副隊長がいるときだとこいつは理解しているんだろうかとそっと思う。

 自分のことは高い棚に上げて。

『仕事しろ!!』

『あ~、十年後な』

『お前は!! それでも隊長か!! 自覚を持て、自覚を!!』

 叫んだプルー副隊長だったが、こちらを向き慌てて足を止める。

『アレク様!! すみません、私、気がつきませんで……』

 おろおろとするプルー副隊長を見つつ、こちらを見ているエイルに視線を走らせつつ、にこりと笑って見せた。

『いえ、こちらこそエイルが仕事をさぼっていたなんて思いませんでしたから逃がしてしまってすみません』

『いえ、そんな』

 括りきれなかった髪を耳にかけつつ、はにかむように笑った。こうやって見ると彼女が女だということがよく分かる。

 そしてエイルが放っておけない理由も少しだけ。

『で? 二人はいつからそんなに仲がいいわけ?』

 不機嫌そうなエイルが近づいてくる。こいつがこんなに表情をあらわにするなんて珍しい……。

『ふ~ん。アレクもそんな顔するんだな。いや、姫様の前ではもっと面白い顔してる?』

 揶揄するような言葉には何も答えずに再びプルー副隊長に笑顔を向ける。

『それでは、私にはこれからリシティア様の護衛の仕事がありますので』

 それだけ答えると、くるりときびすを返す。すると後ろから声が聞こえてきた。

『お前なんか…………てしまえ!!』

 苦し紛れのその声は微妙に聞こえなかったが、何がと聞くのも馬鹿らしかったので、何もいわずに歩いた。



「で、あいつは何がしたかった?」 

 キャンディーに問いかけてみても、やはり何も言わない。当然の結果だったが、気落ちした。

「何で、キャンディーが役に立つんだ?」

 実を言うと、ティアの護衛までにはまだ少し時間があった。それでもあそこを離れたのは、エイルの視線が刺さっていたからだ。

 さすがに馬に蹴られたくない。

 そこまで考えたときだった。

 トントン、と少し遠慮がちなノックが耳に入る。考えを邪魔されるのは嫌いなので、自然返事をする声は冷たかった。

「どうぞ」

 きぃ、と小さく扉が開く。そしてそこから鮮やかなブロンドがのぞいた。

「あの、今、ダメ、だった?」

 おどおどと遠慮がちな声が聞こえる。いつもより幼い印象を与える声だった。深い蒼の瞳には不安がたたえられている。

「いいえ。ティ……。リシティア様、どうしましたか?」

 いつものように答えると、ティアが不機嫌そうに眉をひそめた。

「いつまでそれを続けるつもりなの?」

 さっと扉の外を確認してからするりと部屋へ滑り込む。少々年頃の少女らしからぬ態度だという自覚はあるらしく、扉の前から動こうとはしなかった。

「必要なときに、必要な分」

 そう答えると、背中に隠していた手をゆっくりと下ろす。

「そう……」

 そして俯いた。手に持たれていたのは、古びたとんがり帽子。どこから見たって、流行でも何でもなさそうな帽子だった。

 黒いとんがり帽子には赤いリボンが巻かれていて、きれいに結ばれている。よく見れば、今日のティアの服装もそれに合わせたかのように、装飾の全くない、喪服のような真っ黒いドレスだった。

 そしてその上からこれまた黒いマントを羽織っている。ドレスの裾から覗く靴は先がくるりと曲がっていた。

「その格好、どうしたのですか?」

 何をやっているのかわからず、首をかしげると、ティアがふっと顔を上げた。

「今日、ハロウィン、なんだけど……」

 ぐっと帽子を握る手に力が入ったのが分かった。

 そしてエイルに渡されたキャンディーの正体に気がついた。今日はハロウィンだったのかと、いまさらながら思い出された。

 ここ数日書類整理に終われ、日付を確かめることもなかった。ただたまっていた書類に目を通し、必要な書類を作成し、部下たちに指示を出し、ティアの護衛をやり……とを無限ループだったのだ。

 なので、城中が浮き足立っていることなんか眼中になく、その原因を知ろうともしなかった。

「ト、トリック オア トリート」

 戸惑いながらとんがり帽子をかぶり、ティアが言ってくる。ぎゅっと帽子を深くかぶり、顔を隠そうとしているが、隠しきれていない顔が赤く染まっているのが分かる。

「これで、いいですか?」

 そう言って、キャンディーを渡すと、ティアは帽子から手を出して受け取る。その顔は驚きを含んでいた。

「知らなかったのに……。何で?」

 不思議そうに聞いてくる。赤くなったその顔を隠すことさえ忘れていた。

「いえ、エイルが今日必要だと」

 そう言うと、ああ、とティアが納得した顔をする。

「今日わたしもプルーにたくさんお菓子を渡してきたわ。エイルったら絶対プルーにいたずらしようと企んでるんだもの。

プルーの身の危険を感じる」

  笑いを含んでそういうので、やっとエイルがプルー副隊長には何も言うなといった理由を理解した。確かに、あのプルー副隊長も雑務に追われて忘れていそうなのは想像に難くない。

「そうですね」

 そして、ちょっと持ち上がったいたずら心が動き出す。今日はハロウィン、階級差が薄れるというのはこの国ならではの決まりごとだった。

「Trick or Treat」

 そういうと、途端、ティアの顔が青くなった。

「え、いるの?! わたし、アレクはお菓子が嫌いだから、置いてきちゃった……」

 帽子を口元に当てて、あせったように言い訳をする。まぁ、確かに……いつもなら絶対もらわないだろう。

 でも今日は特別だった。

「では、いたずらしてもいいですか?」

 その言葉を聞き、ティアがばっと顔を上げる。

「何するの?」

 スルスルとティアが下がって行く。後ろでに扉の取っ手を探しているのが分かった。

「逃げるのですか?」

 ティアよりも先に取っ手を掴み、ティアを追い詰める。ティアの顔が青から赤へと変わるのがはっきりと分かり、笑いを誘う。

 とん、と取っ手を握っていない右手でティアの横を塞ぐ。ティアはびくりと肩を震わせた。

「お、お菓子がそんなに欲しいなら……、護衛のときにあげ……」

 言葉が途中で切れた。ぐいっと近づけた顔を見て、ティアが動きを全て止めたのだ。

 そしてそのまま、ティアの耳元で言う。

 いたずらの内容を

 『今日はもう書類整理はやめて、ティアと遊びたいかな?』

 俺が仕事しなくちゃ、ティアが困るだろ? だからいたずら。

 そういうと、ティアはひざから力が抜けたようにへたり込んだ。

「分かった……」

 赤い顔のまま、ティアは言う。それから、少ししてこちらを見て、にこっと笑った。

「やっぱり、わたし、『ティア』って呼ばれるほうが好きよ」

 先に行ってお茶入れるわね。

 そう言って立ち上がった。そして先ほどの攻防戦で落としてしまったとんがり帽子を広い、被りなおす。

「アレクと遊ぶのって久しぶりだから、すごく楽しみ」

 そして満面の笑みを残して去っていた。



 その笑顔があまりにまぶしくて、いたずらしたはずなのにいたずらされた気になってしまった。


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