お蔵入り再利用
出会ったのは、ほんの偶然。
『大丈夫ですか?』
淡い黒髪に、明るい碧眼。穏やかな容貌とは裏腹に、その人の口調は否定を許さない。
『セシル、と呼んでいただきたいですね』
そんな貴公子然とした話し方。自分とは違う、遠い世界の人なのだと自覚する。なのにどうしてだろう、彼を見ると、心が騒いでどうしようもなくなる。
訛りのない話し方も、洗練された動作も、自分には不釣合いなものばかりなのに。
『君を、守りたいんだ』
一体、何から?
こんな何も持っていない、ただの町娘を、何から守りたいというの?
淡い金髪に、澄んだ翠色の瞳。それは王族の証。
彼女の持つ、美しいブロンドと、蒼から翠へと変わる瞳とは違うけれど。
『あなたを、探していたの。グレイス・エインワーズ。わたしの、血縁――いいえ、新たな王族』
それは、本物の王族とは似て非なるもの。
『仕方ないわ。だってあなた……、王族の気配が希薄だもの』
本物の『王女様』は美しく笑った。
隠された王族に連なる血を求めて、王女は一人の少女を見つける。十六年も前に隠された、エインワーズ家の最後の一人を。
『わたしはっ、わたしはグレイスよ。王族でも何でもない。孤児院で育った、ただの町娘っ!!』
彼女の想いとは裏腹に、『王族の血』が城を騒がせる。
『王族がもう一人いたらしい』
『エインワーズ家の生き残りだ』
『あの謀反人の娘ということか』
『全く、リシティア姫にも困ったものだ。あのような娘を王族だ、などと』
次期公爵家の当主も執着しているらしい……なんて。
『あぁ――。あの、『漆黒』を持たぬ者か。アレク殿がいるのに、一体ボールウィン大臣は何を考えているんだ』
『漆黒を持たぬ者が、ボールウィン家を継げるわけがない』
『それはあなた方が決めることじゃない。父が決めることです』
ねぇ、あなたのその深い闇はどこから来てるの?
『あなた、このままじゃ死んじゃうの。目ざわりだって、殺されちゃうのよ。いいの? それでも』
王族に、貴族に利用されるくらいなら、それもいいのかもしれない、そう思った心を止めるのは、たった一人の言葉。
『君を守りたい。だから、城にいて欲しい。町にいたら、僕は君を守れない』
君をみすみす殺されるわけにはいかないんだ。
『それは、わたしがっ。残り少ない王族だから? だから、セシルは、リシティア姫の言葉に従って、わたしを」
わたしを守ろうとするの?
『僕は君を』
『覚悟がないのなら、身を隠すのね。この城の中で、永遠に。そうして、この城で死ねばいい』
『許してやってください、とは言いません。『この中』で育っていないあなたには、理解できないものだから。だけど、これだけは分かって欲しい。彼女は、ただ国と民を愛して、守りたいだけなんです』
『君が、新しい『お姫様』かい?』
『君が目障りなんだ。死んでほしい。俺は、君がいてもらっちゃ困るんだよ』
『ねぇ、どうして。どうして、グレイスのおうちはなくなっちゃったの?』
自分が生まれた場所を知らない少女は、城に入って初めてその場所の恐ろしさを知る。
『 あなたがいれば、随分と助かるの。どう? 戻る気ない? 王族の血を引く、お姫様に』
そんなもの、いらないと言ったのに。
『 このまま市井にとどめて、殺されるか。王族の血筋を認め、王宮で命を守るか』
城に入ったって、殺されるかもしれないのに。
『 君が、大切だから』
だけど、この人の言葉が、外に出ることを戸惑わせる。
『控えなさい。王族に手を出して、どういう末路をたどるか、その身に刻んであげる』
『ティアっ!! やめて!!』
『随分と甘いことを言うのね。あなたを殺そうとしたのよ?』
本物の王族とは、こういうものなのか。
『教えてあげる。わたしたち王族はね、国と民のためなら喜んで死ねるのよ』
それが正しいのかどうかなんて、わたしには分からない。
『今まではシスターに守られて、これからはセシルに守られて――グレイス、あなた本当に幸せな人ね。民のために死ねないのなら、今ここでセシルのために死んでちょうだい?』
美しい、姫君は残酷な笑みを浮かべてこちらを見た。
『わたしは、王族の地位を放棄します』
それが、どんなに間違っているとしても、わたしにはそれ以外選べない。
『そう。なら、それ相応の罰を受けるだけよ』
『『ティア!!』』
『ボールウィン家の兄弟は黙ってなさい。これは王女としての決定で、あなたたちが意見することを許した覚えはありません』
このお姫様は、もしかしたらこの重圧というものに耐え切れなかったのだろうか。たった一人でいることが、寂しくて仕方がなかったのだろうか。
『あなたに、罰を与えます。謀反人、ウォルター・エインワーズの娘。グレイス・エインワーズ。あなたが王族に戻る気があるのなら、この罰も、謀反の事実さえ、なくしてあげるって言ったのにね』
その罰は、わたし一人の命でどうにかなるような罪なんだろうか。
ティアちゃんの鬼畜度5割り増しでお送りいたしました。
他人目線から見ると、彼女のなんと冷淡なことか!! さすが白薔薇姫。やることなすこと、全て怖いです。
……the 恐怖政治。
そしてアレクのセリフがー、セシルのセリフがーと叫んでいました。
ボールウィン家の兄弟は、ブロンド女子に弱すぎる。金髪碧眼に弱い血筋なんでしょうね。