『大きくなったら』
小さな頃の言葉は純粋であるがゆえにひどくまっすぐで、時にそのまっすぐさに心奪われる。
「大きくなってもずっと一緒にいようね」
その頃はまだ、自分たちの立場など、よくはわかっていなかった。
彼女が王女だと言う事実も、自分が公爵家の跡取り候補だと言うことも、きちんと分かっていたけれど、その重要さなど何一つ正しく理解してはいなかった。
それを幼さゆえと、笑うことは出来ず、ただその頃の無知さに身が小さくなるだけだ。
あの頃、その事実をきちんと理解していれば自分は『ティア』への接し方を間違えることはなかったのだろうか。
「ずっと、ずっと一緒にいよう。一緒にいれば、寂しくないから」
二人でいれば、寂しくない。
二人でいれば孤独に負けることなどない。ずっと幸せで、暖かな空間にいられるはずだと、当時の自分たちは疑うことなく思っていた。
「うん。一緒にいよう。そうしたら、寂しくないね」
自分も彼女も、『寂しい』のが嫌いだった。誰よりも恵まれていると言われ続けていた自分たちの孤独など、他の人間に分かるはずもない。
傍から見れば、どれほど恵まれた人間かなんて想像がつく。
彼女はこの国の王女で、下に弟はいるものの次期王候補であることには変わりない。
その美しいブロンドと、何者をも吸い寄せるような瞳という組み合わせは、誰もが見とれるほど美しくて、貴婦人に違いない。
柔らかな物腰も、身のこなしも、どこまでも『王女』に相応しく、これからの彼女に不幸など何一つないように思われる。
そして自分は、兄弟の仲で唯一漆黒の髪と瞳を持つ人間だ。
ボールウィン本家に生まれた子供で、たった一人、『資格』を持つ者。たとえ兄がいようと、関係ない。生まれた順番など、その髪と瞳の色に比べれば問題でもない。
資格があれば、どんなに遅く生まれようと、どんなに遠縁に生まれようと、跡継ぎに選ばれる。それがボールウィン家の常識だ。
だから自分は、親戚中からありとあらゆるものを与えられた。家庭教師を、領地を、たくさん。
「アレク、寂しいのは、イヤよね?」
「うん。嫌だよ。だって、怖いもの」
だけど、恵まれるということは、その分嫉妬されるということだ。
幾度あっただろう、親戚の子供から心無いことを言われたのは。もう、その言葉さえ覚えていないけれど。馬鹿馬鹿しいと言いつつ、自分は確かにその言葉に傷ついていて、親戚が嫌だった。
だから同じ位置にいる彼女を見たとき、自分だけじゃないと思った。
……いや、正直に言おう。彼女よりはマシだと思った。彼女よりは、孤独ではないと思った。
「ねぇ。ティア。ごめんね」
「うん? どうしたの?」
自分の方がマシだと、そう思いたかったのかもしれない。
自分は彼女よりマシだと、そう実感したくて彼女といるのかもしれない。
そんな自分が嫌になって、首を振って彼女に笑いかける。どうかこの迷いが、彼女にばれないようにと思いつつ。
「何でもないよ。ティア。大好きだよ」
「うん。わたしも、アレクのこと大好き!」
だけど。君を大切に思っているの。同情でもなく、傷の舐めあいでもなく、ただその瞳に囚われていたい。
「何考えてるの? アレク」
「ん~? まぁ、ちょっと過去のこと」
もう、記憶も定かでないくらい過去のこと。
最近、その記憶をちらちらと思い出す。彼女と生活し出したからか、それとも別に原因があるのか。それも分からないけれど。よく思い出す……彼女と一緒にいたあの頃を。
彼女を守ると、心のそこから誓う前。まだ無邪気に、彼女を守れると思っていた頃。
今思えば、あの頃が一番素直に、彼女のことを想えていた。そして想っている心を、そのまま彼女に伝えることができた。それが羨ましいと、今ではもう思わないけれど。
「過去?」
「うん。まぁ、色々。王様に怒られたなぁー、とか、ティアはこの黒色が好きだったなぁーとか」
自分の髪を弄りつつ、彼女の膝に乗せた頭を傾ける。
ちょうど真上にある彼女の顔がふわりと綻んで、垂れてくる金髪を耳にかけた。そして、ふわふわと自分の髪を撫でて、何が楽しいのか黒い髪へ顔を寄せた。
「懐かしいことを思い出したのね。もう、わたしには思い出せないくらい昔の話だわ」
自分と彼女は、そんなに年が離れているわけではない。それでも、三歳離れているわけで、幼い頃の三年というとかなり大きい。自分がはっきりと覚えていても、彼女には記憶にないことも多いのだ。
「俺ははっきりと、覚えているけど」
「そう? あなたがお父様に怒られたなんて、覚えてもないわよ?」
あぁ、そうだろう。彼女は無邪気にも、『黒』が好きだと言い張った。
彼女の父が欠片も持っていない、『黒』を。ボールウィン家の一員にしかない、時には軽蔑の目さえ向けられる『黒』を。それがどれだけ、あの頃の自分にとって救いだったか。
「ティア」
「なぁに」
穏やかな彼女の声が耳に気持いい。ずっと、できればずっと、こうしていたい。彼女の言葉が、『寂しい』自分への唯一の励ましだったというのは言いすぎだろうか。
「ありがとう」
「いきなりどうしたの?」
だから、『ごめんね』の代わりに、『ありがとう』を手向けた。この言葉が、彼女を救うように。あの頃、彼女の言葉が自分の言葉が自分を救ったようになればいいと思った。
「ずっと一緒にいよう」
今までありがとうございました!
二人の道に、少しでも幸あることを願いつつ。
そして同じくらい、読んでくださった皆様にも、幸せが訪れますように。また次の物語で、出逢えることを願って。