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姫と騎士  作者: いつき
短編
54/127

『甘いだけの躾』

 痛い話は居たたまれなかったので、ちょっと明るめの話を一つ。

 真面目にユリアス王を書いてますが、この人実は重度の親ばかです。かつ妻馬鹿です。いや、何か薄々ばれてた気がするけどね。


 親馬鹿さ加減を笑っていただければ。ついでに言えば、一番のイケメンはシルド(アレクとセシルの父)だと思って疑わないです。

「アレク、ちょっと来なさい」

 ちょいちょい、と手招きするのは、尊敬する自分の父親。その顔に笑みが浮かんでいて、とりあえずお説教でないことに安堵しつつ、ティアに読み聞かせていた本を閉じる。

「アレクー」

 続きを、と促すティアの頭をそっと撫で、すぐに戻るよ、と言い置いて額に一つキスを落とした。

 くすり、とまた父親が笑っているのを見て、ほんの少しだけ眉を寄せた。自分は何も恥ずかしいことをしているわけではない、と思う。

「父上、何でしょう?」

「ん。まぁ、な。私は構わないんだが、ちょっと気になる人がいてな。それのお遣いだ」

 訳の分からない言い方に、首を傾げる。大抵は分かりやすく説明してくれる父だったが、ときどきそれが嘘のように難しいことを言う。まるでそれで首を傾げる自分を笑っているかのような。

「それで、ティアはどうだい? 仲がいいようだけど」

「最近、やっと勉強してくれるようになりました。……まぁ、読み聞かせ程度ですけど」

 勉強嫌いの姫君に、とっておきの勉強方法。自分が楽しそうに読めば、彼女は横から覗き込む。そして読み聞かせれば、夢中になって聞いてくる。そういうところが可愛いんだ、と声に出さずに思った。

「誰に呼び出されたんです?」

「まぁ、私の上司だよ。悪友でもあるがね」

 さぁ、ここだ。そう言って示されたのは数度しか入ったことのない、王の仕事場だった。

「父上っ」

 さすがに怯えが先にたつ。どうして自分が王様に呼ばれたのか、見当もつかない。もしかしたら、ティアにもっと勉強させろとか、剣術を止めさせろとか、そういう話だろうか。

「大丈夫だよ。あいつだって今回の呼び出しが不当なことくらい分かってる。……不当なことだと思っていても止められないのが、親心というものなのだろうがねぇ。確かに、娘のことは心配になる」

 幼い妹を思い出しているのか、父親の顔が緩んだ。さすがにこの父でも娘は可愛いらしい。

「さぁ、いきなさい。大丈夫。いきなり殺されるようなことは、多分、ないと思うよ」

「多分って」

 呆然として返した。多分って、それ息子に言うことじゃないと思うんですけど。仮にも自分の自慢の息子でしょう?

「あぁ、大丈夫だよ。あいつにだって最低限の常識はあるさ」

 随分言いようがヒドイ気がする。上司兼友人に言うことだろうか。

「行って参ります」

「はい。行ってらっしゃい。……私はティアと仲良く勉強していようかね」

 その一言が余計なんだ、と今更ながらに気がついた。



「アレク。待っていた」

 むすっとした顔をした王様が現れる。隣に立つ側近の人が、王様、と諌めるが全く意に介した様子はない。むしろぐぐぐっと余計眉間にしわを寄せた。

「お呼びでしょうか。王様」

「うん。まぁ、な。シルドから話しは行っていないようだな」

 机についていた肘を浮かせ、組んでいた手の上に乗せていた顎を外す。

 優雅なその動作だったが、それはひどく緩慢な動きで武勲を立てたという人物には到底思えない。まだ剣術の苦手な父親の方が素早い。

「王様、アレク殿が困っておりますが」

「あ、そう。シルドの息子だから、いいと思う」

 何というか、子供っぽいなと思った。いつもは威厳に満ちているはずの声も、今はどこか拗ねているようにも聞こえる。一体何があったと言うんだろう。そもそも機嫌を損ねるようなことをしたか?

「王様」

 側近の人が苛立ったように声を上げた。

「あー、もう下がってよし。というか、お前は下がれ。今すぐ」

 しっし、と犬か何かを追い払うような仕草をしてから、王様はこちらへと向き直った。

「僕に、何か御用ですか」

「……ティアの、ことだが」

 その妙な沈黙が、嫌な予感を助長させる。汗ばんだ手のひらをズボンに当てて、ゆっくりと深呼吸する。公爵家の子供がこんなことで動揺してどうする、と自分に言い聞かせつつ。

「最近、甘えが目立つようになってきた」

「はぁ、えっと」

 口ごもる。なんと返すのがよいのか分からず、返答に困ってしまった。王様の御前で、だ。

「王様」

「私はその原因を、お前だと見ている」

 厳しい瞳に射抜かれて、こくりと喉を鳴らす。自分にそんなつもりがなくとも、王の不況を買えばどうなるのか。そんなの王宮史を習っている自分なら簡単に想像がつく。

「アレク」

「はい」

 緊張しすぎて、もう喉はからからで、上手く発音できている気がしない。

「お前な。ティアを甘やかして、一体どうするつもりだ? 政の『ま』の字も知らない深窓の姫君にでもするつもりか? 政治学も帝王学もそんなに進んでいないそうじゃないか。全く。

いや、私としてはそれでも全く構わないんだがな、王としてはいかがなものかと。いやいや、というかだな。アレク。

最近、ティアとのスキンシップが多い気がするんだ。お前たちは家臣と王族の間柄を超えての付き合いをしているんだ、と知っているが、少々度が過ぎているようにも思えるし。

どこまでイチャつけば気が済むんだ。私だってそんなにティアに会えてないのに。……つまりだな。えーっと、どこまで語ったっけ?」

「王がティア姫様のことが心配で心配で、ついでに言えばアレク殿との関係に嫉妬しているところまでです」

 さらり、と側近の人が答える。あ、この人まだ出てなかったんだ。

「お前な、はっきりと言うな。どういう王だと思われるだろう」

「いえ、もう思われているかと」

 二人の会話がしばらく続く。その間、自分はずっと考えていた。先ほど王様が言っていた事の真意を。はたしてどういう意味だったんだろう。……自分がティアを甘やかしすぎている、と?

「王様」

「ん、何だ。聞きたいことか? それとも不満か、言い訳か? それともなんだ、結婚の許しか?! 俺はそんなこと断固として許さんぞ!!」

「王様、落ち着いてください。『私』が取れてます」

 がらがらと今まで抱いていた王様のイメージが崩れている気がするが、もう気にしないことにする。それに、ちょっと今なんか変なこと言われた気がするけど、それも気にしない。

「僕、ティアを甘やかしすぎですか?」

「当たり前だ! 机の上で勉強させず、読み聞かせてるだと?! お前、どういうつもりだ! うちのティアに。可愛らしいからといって、手を出したらお前なんかな」

「……ユリアス、そこまでだ。うちの息子をそこまで苛めるな」

 がたっと扉が鳴って、そこから父親が現れる。

「シルド。黙っててもらおう! 俺はな、今重大な話を」

「お前の話が重大だとは思えん。というか、ただの親馬鹿だ。そんな理由でうちの跡取り候補を拉致監禁するな。いい加減、我慢も限界だ。何ならクラリスを呼んだっていいんだぞ」

 王様の顔が青くなるのと同時に、ひょこっと父親の後ろからティアも現れて、こちらへ走ってくる。ドレスのすそが翻って、そのすそを踏んだティアの体が傾く。

「ティアっ」

 慌てて手を差し出して、その軽い体を受け止める。金糸の髪がふわりと浮かんで、自分の肩にも降りた。

「危ないよ。走ったら。……お姫様」

「だって! アレクがいたから」

 赤い顔をして、暗に『お姫様』らしからぬ行動を責められたことに抗議の声を上げる。その様さえ可愛らしく、笑ってしまった。

「笑わないでったら」

「ティア。お父様のところへおいでー」

「いやっ。アレクがいいっ!!」

 …………今のティアに、どうしたらその言葉が禁句だと伝えられるだろう、と思いつつ王様の方を向く。王様が引きつった表情を浮かべつつ、ふらふらと父に近づいていった。

「どうせ、どうせ娘なんて、いつか嫁に、嫁にぃ~~」

「――ユリアス、お前、子供のことになるとここまでアホになれるんだな。今まで見てきたお前は幻想か? それとも俺の妄想か? 

あまりに痛々しいお前を見ていられなかった俺が作った、立派な王の幻想なのか?!」

 父の方に縋り付く王様は、何と言うか、王様らしくなかった。

「ティアは、お父様よりアレクが好きなのか?」

「うん。だってね。お父様はお母様のものなんでしょ? だからわたしの王子様はアレクなの」

 ねぇーと同意を求められて、思わず頷きそうになった。いや、頷いた。

「うん。そうだね。僕だけのお姫様」

「ま。そういうことだ。ユリアス。悪いな。今日からティアはうちの子だ。可愛い娘が二人かー。いや、いいもんだな、娘。ほら、ティアおいでー。抱っこしてあげよう」

「シルドおじ様好きー」

「そうかそうか」

 父親が嬉しそうにティアを抱き上げ、くるくると回しつつ、王様に向き直り、にっこりと笑う。

 今なら分かる。父親の笑顔がどんなに邪悪か。子供の自分にも分かるんだから、王様にはもっとはっきりと映ったんだろう。

「アレクの髪とね、目と同じ色だね」

「……ティア。お父様の髪の色だって綺麗だろ」

「黒色が好き」

 このお姫様はどれだけ周りをかき回せば気が済むんだろう。いや、無邪気なその笑顔が見れればもうどうでもいいかな、なんて思っている自分がいるのも事実だけど。

「そうかそうか。ティアは黒色が好きか。見る目がある。さすがは次期王だ。今の王様よりずっと立派だぞ」

「シルド。けんかを売っているなら、私は買うが?」

「まさか。次期王に心酔しているんだ。現王に興味がないだけで」

 さらっと言っている自分の父親の処遇が不安になるが、抜かりない父なので心配は不要なんだろうなぁー。





「アレク」

「ん。何? お姫様」

 できればいつか、本当に、君が自分だけのお姫様になることを祈って。

 甘いというか、変態の集まり。

 そういう意味では皆馬鹿です。国の中枢は、実はアホな人間が多いんですという話。

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