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姫と騎士  作者: いつき
短編
53/127

『最期に頼むこと』

 ええ、題名から察するとおり暗いです。救いようがないです。

 時間軸的には、5話と6話の間、かな。王様が死ぬ寸前?? という感じかな。この人は一度、じっくり書いてみたい人。

 自分の無力さを悔やむのは、これで一体何度目だろう。

 一体何度、この身の弱さを自覚すれば、悔やむことはなくなるのだろう。それも分からず、一人イスに座っていた。座っていないと、足元から崩れ落ちそうになっていた。

「ティア様?」

 横から大臣が気遣わしげに呼びかけている。しっかりと返事をしなければいけないのに、どうしてか口からは弱い音が出てきた。

「何……?」

「王が、――王はもう、手遅れだと、医者が」

 そう、と言う形を作る口からは音が出ず、ただ下手な笑顔が浮かんだ。

 自分はもう、この国の主になるのだという自覚は出来ていたはずだ。なのに今更、覚悟が出来ていないという思いが、心を占める。

「用意は、いいの? 書類は? 戴冠式の準備は?」

 だというのに、もう一人の冷静な自分は着実にこれからのことを考えていた。

 たった一人の父親が、死にかけているというのに、自分は冷たくも愚かな親不孝をしている。父はまだ、生きているのに、その手だってまだ温かいのに。

 なのにどうして、自分は彼の死んだ世界を考えているのだろう。死んでいくのを当然と考えて、準備しているんだろう。

「はい、準備は順調に進んでおります」

「そう。なら、いいの。書類の方は、わたしが見ますから、……部屋に、用意して」

 わたしの部屋は、数日後には王の部屋へ移るのだろうか。数日後、わたしは何食わぬ顔をして、その頭に王冠を頂くのだろうか。悲しみも、寂しさも何一つ感じず、ただ王となるのだろうか。

「リシティア様」

 立ち上がった瞬間、横から腕を掴まれた。

 強い、強い力は倒れそうになるほどで、わずかに体を揺らす。怒ったような顔が目の前にあり、思わず泣きそうになった。泣いて、縋り付いて、叫べば、どうにかなるという話でもないのに。

「王のところへ、行ってください」

「でも」

「あなたにしか、できないことをするべきです。書類など、ボールウィン大臣に任せればいいんですから」

 彼は、わたしを甘やかすのが上手い。わたしが、心の底で何を望んでいるのか、わたしにさえ分からないそれを、いとも簡単に見破ってしまう。見破って、簡単に叶えてしまう。

「会えなくなって、後悔することの方が、ずっと辛いですよ」

 ねぇ、会えなくなったら、どうすればいいと思う?

 ずっと、ずっと、進んでいく道には王という位にいる父がいて、父に追いつきたくてここまで来たのに。

 憧れて止まなかった父がいなくなってしまえば、わたしは生きる指針さえ失うというのに。

 泣くのを我慢して、ドレスを掴む。震えそうになる足を叱りつけ、前へ進もうとする。……それでも、一人で立っていられない。

「少し、王の部屋へ行ってきます。すぐに、戻りますから」

「部屋の外で、お待ちしております」

 大臣が、苦い顔で言う。

 あぁ、そう言えばこの人、母が死んだときも同じ顔をしていた。痛々しさを隠そうともしないまま、幼いわたしの頭を撫でていた。ボールウィン大臣と一緒に、難しい話だってする人なのに。

「ティア。大丈夫だよ」

 こっそりと、背中で呟かれた声に頷き返して、部屋を出る。

 急いでいることもないのに、パタパタと淑女にあるまじき足音が響いた。早く、早く、もっと早く。どうして、こんなにギリギリまで、側に行くことが出来なかったんだろう。

 もっと早く、気がついていたら、こんなに泣きそうになっていないんだろうか。





「とう、様」

 懐かしい、呼び方だと、笑われるだろうか。

 随分と呼んでいないこの呼び方で、自分は父親に何が伝えたいんだろう。父親の前に王であり、頼るべき存在である前に目標だった。

「ティア」

 弱々しい声にはもう、あの頃のような威厳もない。だけどどこまでも王だと言う、誇りを捨てない声。

「どうした。ティア。……あぁ、さては、アレクの仕業だな」

 にっこりと、笑った父親の側に行く。

 手をとって、ぎゅっと握ればその冷たさが倍増した。少しずつ、手から零れ落ちる体温に、母の死とアレクの怪我を思い出す。

 目を瞑って、その悪夢から逃げ出そうと足掻くが、上手くいかなかった。

「アレクが、ここに来るようにと言った、そうだろう?」

 確認する声に頷くと、『やっぱりな』と笑われた。

 力ないその笑い声に、こちらも力なく笑い返す。上手く笑えているはずなんてないのに、父は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「よく、似てきた」

「お母様に?」

 うん、と父は頷いて、懐かしそうに目を細める。本当に、愛しいものを見る目だった。それが羨ましくて、父の手を握る。

「初めて見たとき、何て……」

 父がこちらを見てまた笑う。わたしを通りして、母を見ているようだった。

「何て、やんちゃな人なのかと」

 ああ、そう言えばそうだ。

 わたしのやんちゃぶりは母に似たのだと、幼い頃誰にともなく言われた。その美しさで、人目を引くわりに、行動で引く男性多数(そして結婚話は白紙)。

 それを知らずに結婚を申し込んだ父も父だが、行き遅れるよりはと了承する母も母だと思う。

「本当に、よく似てる。出会った頃の、彼女を見てるみたいだ」

 父が一筋だけ、涙を流した。

「お前をおいて、母の元へ行く私を、お前は許してくれるか?」

 ヴィーラも、シエラも置いていってしまう。

「だけどな、ティア。私は国も民も愛しているはずなのに、どうしてか今、死ぬことは怖くない」

 むしろ、

「クラリスに会えるかと思うと、少しだけそのときが待ち遠しくも思う」

「とうさっ」

 目標がなくなって、目指す者がいなくなって、そうしたらわたしは、どうしたらいいの?

 いい王様って、何なの? こんなのでわたし、本当に国と民を守って行くことが出来るの?

「そんな顔をするな。――お前なら平気だ。私の娘なんだから。大丈夫に決まってる。きっと誰よりすばらしい王になって、この国を治めるだろう」

「そんなのっ」

 そんなの、分からない。自分がいい王になれるなんて思えない。どうやって、国と民を守ればいいかなんて、習ってない。

「行かないでっ」

 懇願する声が零れる。

 ついぞ出ることのなかった、引き止める言葉が溢れて、今まで我慢してた何もかもが零れてゆく。留めないその声はあまりにも痛々しくて、自分の声でないかのようだった。

 周りに誰もいない。

 だから、今この場でだけは、わたしはわたしでいれる。王女様でもなく、次期女王でもなく、ただの娘。

「やだっ。行っちゃやだ。行かないでっ。父様、お願い」

 幼い子供のように、しがみついて、引き止める。

 こんなことが、今までは出来なかった。それがそのまま弱さになると分かっていたから、余計近くに行くことが戸惑われた。

「ティア。難しいことを言わないでくれ。父様は、不幸せではないんだから」

「でもっ、でもわたしには、守れる自信がない。一人で立つ自信がない」

 たった一人で、この国を守るのか。たった一人で、この国を支えるのか。たった一人で……。

「ティア」

「だってっ!!」

 お願い一人にしないで。一人でおいて行かないで。もし行くなら、行ってしまうなら。連れてって。

「独りでいるのは、怖いよ」

 父も母もいなくなる。

 わたしを、たった一人残して。

「国を、民を、たった一人で守るのは無理だよ。いつだって、助けてくれる人がいるからこそ、私たち王は国を治めていける。

 一人で、なんて自惚れてはいけない。私たちは誰よりも誰かの助けがいる位置にいるんだ」

 自分一人の力で民を守っていけるわけではない。一人で国を治めて行けるわけではない。

「それを忘れなければ、ティアは立派な王だよ」

 さぁ、もう行きなさい。お前にはするべきことがたくさんある。

「王は、お前だ」

 これが最後だと思うのに、わたしはもう何も言えなくなる。行かないで、連れて行って、置いて行くなんて言わないで。側にいて。

「父様」

「ん。何だい」

 これが、最後なの? 

 今までほとんど、親子らしい会話なんてしてこなかったのに。母が死んで、悲しむ父にわたしは何もしてあげられなかった。

 ただ自分の寂しさを、悲しさを、押し隠すことに精一杯で。

「愛してるわ」

 こんなこと、言ったことなかったね。

 いつだってわたしたちは、王族として生きていたから、家族間の愛よりも民への慈しみの方が多かったから。

 それを今なら、素直に後悔していると言える。もっと言っておけばよかったと、心の底から思う。





「すまなかったな。アレク」

「いえ。大したことはしていません」

 王の寝室に一人、騎士の制服を着たアレクがいる。隣に先ほどまでエイルもいたが、今は外に出ていた。

「ティアとは、話しましたか」

「まぁ、な。泣かれて、しまったよ」

 懐かしそうに目を細め、王は笑った。可愛らしい我が子を見る目は、どこまでも優しくて、アレクは頬を緩める。

「ティアは、王様も王妃様も大好きでしたから」

「……親らしいことは、ほとんど何もしていなかったがな」

 忙しさにかまけて、大切な子供の世話をすることはほとんどなかった。

 たまに会ったとしても、勉強はしているか、行儀作法はどうだ、政治がどうだという話ばかりしていたようにも思う。

「こんなに早く、クラリスも私も死んでしまうなら、もっとティアと一緒にいればよかった」

 あぁ、その罪悪感で、彼を呼んだのだ。親友と呼ぶべき悪友に頼み、彼自慢の息子を連れてきてもらった。

「いつ取られるかと、冷や冷やしてたよ」

「……そうですか?」

 いつか、自分の大切な娘が取られてしまうという自覚はあった。

 彼女が大好きな幼馴染が、自分をどう思っているかなんて、彼女はまだ考えていないのかもしれないけれど。

「アレク。まだ、王としての命令は可能だろうか」

「あなたは、まだ王ですよ」

 死ぬそのときまで、死んでさえ、家臣はみな一人残らずあなたにひれ伏すだろう。

「ティアを、頼むよ」

 たった一人、味方かどうか分からない人間の中に残していく、大事な娘を。

「あの子は聡い。誰より王に相応しい器を持っている。――だがな、その分脆い。弱くて、誰かが支えてやらないと、あの子はいつか壊れてしまう」

 ベッドの上で、小さく王がうめいた。

 それはそんな娘を残していく後悔が混ざっている。

「死ぬのが、怖いとか言うことじゃないんだ。ただな、あの子を一人残していくのが、嫌だ。クラリスに、怒られてしまう」

 弱いあの子を、可愛いあの子を、こんなところに残していく。

「責任も何もかも押し付けて、重荷を背負わせて、クラリスが手にいれ、私が手に入れた幸せさえ、手に入らない位置に追いやってしまうかもしれない」

 普通の少女として生まれれば、当然のように手に入った『ソレ』が彼女にはとても遠い。

「アレク」

「はい」

 お前にだけは、やりたくないと思っていたんだけど。

「お前以外にはやはり、思いつかない」

 そっと、幼い頃やったようにアレクの髪をすいて、王は笑う。

「その漆黒の髪と瞳が、何を意味するか、知ってるな」

「はい」

 その何にも染まらぬ色は、どんな権力にも屈服しない矜持の証。

 王以外の命令には、決して従わないという無言の宣言。ボールウィン家の持つその称号を、王は違う意味で認識していた。

「その強い意思で、ティアを守れ。

どんなことがあろうと、決して手を離すな。決して、離れようと思うな。ティアの剣となり、盾となり、どんなことがあってもティアを裏切るな」

 たとえその身が朽ちようと、穿たれようと。

「その漆黒が意味するとおり、貫け」

 息子のように可愛がっていた子が、息子になる日までは生きていかった。

 ティアが嬉しそうに笑い、たった一人愛する人と腕を組む瞬間をこの目に焼き付けたかった。

「お前たちなら、この国を任せられる。この考えが、甘いと思うかい?」

「いいえ。ユリアス王がそうお考えならば、きっと」

 かしゃん、とアレクが剣を外し、王のベッドの横で跪く。絶対忠誠の礼を取り、その忠誠が王ともう一人の少女に捧げられていることを示した。

「ご命令、しかと承りました。命に代えましても」

「まぁ、命に代えることはしないで欲しいな。ティアが泣いては、私がお前に頼んだ意味がなくなってしまう」

 親らしいことをしてやれなかった自分がしてやれること、それは娘の幸せを願うことだけ。

 これから、きっといくつもの試練が降りかかり、彼女を翻弄するかもしれないけれど、その中で決して離してはいけない手があると知って欲しい。

「娘が出来て、そのときはただ将来の婿を恨んだよ」

 こんな愛しい存在を、いつか奪う輩がいるのかと。

「だけどそうだな、今考えれば私もその奪う輩の一人だった」

 そのときは、考えても見なかったけれど。

「だから、今なら、素直に祝福できる。それには少し、早すぎるが」

 あの子の笑顔が、今は遠いよ。

「幼い頃は、あんなに『お父様、お父様』と呼んでいたのに。今は、笑顔を見ることが滅多になくなった」

 ダンスをして、上手だと褒めたこともあった。

 勉強をして、才能があると頭を撫でたこともあった。

 剣を与え、一人でその身を守れと諭したこともあった。

 ……それが今は、本当に遠い。

「懐かしい、思い出だな」

 『とおさまー』と初めて呼ばれたときの感動を、この青年はまだ知るまい。

 この小さな手を、自分は守っていけるのだろうかと、不安に思ったことも。

 国と民を守る自分が、この小さな手をどうやって守ればいいか分からなかったといえば、笑われるだろうか。

「お前が愛するのは、誰より尊いこの国の花だ。それを忘れてはいけない。

他の人間の言葉に、惑わされる必要もない。お前がティアのことだけを考えるなら、答えはおのずと出てくるものだ」

 焦るな、手を離すな、傷つけるな。自分自身もだ。

「お前が騎士の訓練で怪我をしたと聞く度、ティアが泣いていたことは知るまい?」

「はい」

 王としてなら、自分の娘には寒国に嫁いで欲しかった。

 他の有力諸侯でもいい。この国には力がないから、そうすることでしか守れないというのも分かっている。

 外交はいざというとき、あまりにも脆いということを知っている。

 だけど父としてなら、大好きな人と一緒にいて欲しい。

 人並みの生活をし、人並みの幸せを手にいれ、できれば王族とは無関係に生きて欲しい。そんなこと、誰よりも王族らしい彼女に、望めないことだとは知っているけれど。

「私の大事な娘も、『お父様が大好き』と言った娘も、もういないんだな」

 娘の口から、『アレク』という名前が出るたび、少しずつその声に色が加わっていくのが分かった。

 友人としての情がやがて信頼に変わり、もっと違うものになっていつしか甘く響く。

「クラリスと、笑っていたよ。こんなにも、声だけで『恋してる』と分かるものなのだろうかと」

 若い頃の自分も、もしかしたらそうだったのかもしれない。

「アレク。娘を、誰よりも愛しい娘を、頼む」

 それが、王ではなく、父として望むことだ。

「あの子の、幸せを私は望んでいる」

 これで、少しは父親らしいことをしたと胸を張ってクラリスに会えるだろうか。


 憎らしいほどの笑顔を目の前にして、王は苦く笑った。

 彼ならば、もしかしたら、娘に幸せを与えてくれるかもしれないと思いながら。

 うん、アレクと王様の絡みが書きたかっただけ。

 正直それだけ。もっと王様のこと書きたかったんだよーー。お母さんに一目ぼれして、その場で求婚! みたいなさ。

 実はボールウィン大臣だって、クラリスさん好きだったんだよ、とかさ。


 でもあまりのバカップルぶりに嫌気が差して、必死に勉強してたんだ、とか。


 エイルの裏話も、出来れば入れたかった。

 ……エイルが今騎士隊にいるのも、王様が原因なんだよ、みたいなさっ!!

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