『学問のススメ』
実はティアは、そこまで勉強が好きじゃなかったんだよ、というお話。
……やっぱりチビアレクの甘さは伊達じゃないです。大人になった彼に分けてあげたいくらい、本音駄々漏れです。
困った王女様が一人。そして泣きついてくる王様一人。
「わたし、勉強しなくていいのよ」
にっこり笑う彼女に苦笑いを返しつつ、王様から貰ったテキストをパラパラと捲っていた。
さて、いったいどうやって彼女にコレを読破してもらおうか。そんな計画を立てていると、『師匠に会いに行きましょうか』と笑われた。
さて、とイスから腰を上げ、同じくイスに坐っていたティアの前に立つ。
すると自分の持っているテキストに気が付いたらしく、むっとしたような顔をして、『お父様ね』と拗ねたような声を出した。
「アレクまで、勉強をさせるつもり? わたしは、王様なんかにならないわよ」
あぁ、知られているらしい。
あれだけ王様が泣きついてきたということは、既に数度失敗していると考えたほうがよかったらしい。ものの見事に見破られ、少々居心地が悪くなる。
何より彼女からの冷たい視線には耐えかねる。
「アレク~。ね、湖に行こう。イリサにお菓子用意してもらって」
ねぇ、早くー、と頼まれると、ぐらりと決心が揺らぎそうになった。
「ダメだよ。コレをしなきゃいけないんだ」
「いいじゃない。わたしもあなたも、やらなくたって常人並みの学問はもう身につけちゃってるんだから」
だから、余計タチが悪いんだよ、とは言わない。余計怒らせるだろうから。
事実自分たちは、幼い頃から専門の家庭教師が付いていて、必要なことは全て教わった。彼女も自分も出来がよいのか、この年になると大抵のことは分かってしまうのだ。
だからと言って、次期王と目される彼女が勉強しなくていい、なんてことにはならないんだけど。
「君はきっと、女王になるんだよ」
「分からないわ。お母様が、王子を産むかもしれないでしょう? そうしたら、わたしはどこかへ嫁ぐのよ、きっと」
少しだけ、悲しそうなのは彼女がやはり賢すぎるからかもしれない。彼女は自分がどういう存在か既に知っているのだ。
「女だから……。この小国に必要なのは出来のいい王様、というよりも強国との繋がりだわ。
男ではそれも難しい。だからわたしはどこか……そうね、寒国にでも嫁ぐんでしょうね」
あそこはとても寒い国だと言うわ。ここにあるものも、ないかもしれない。
「だからわたしに、必要以上の学は必要ないのよ。賢すぎる女は、お嫌いでしょう。あちらの王子も」
そっと頬へ触れると、だから遊ぼう、と子供っぽく笑う。
「今しかこんなことできないのよ? アレク。あなただって、次期当主候補、でしょう」
「ちがっ。僕はっ、――当主になんかなりたくない」
自分も、彼女もどこか似ている。
自分のするべきことがよく分かっているという点で。彼女は、国の駒になることを、自分は次期当主になることを、どこかで分かっているのだ。
「ねぇ、ティア。それならティアが王様になればいい」
だから、希望を持つんだろう。彼女が王になれば、もしかしたら、と。
「もし生まれるかもしれない王子より賢くなって、王に相応しくなって、王様になれば……きっと君が嫁がなくてもいい国になるよ」
君が国を作ればいい。
強国との縁だけで国を守るのではなく、王その人の力で国が守れるような。
「君が望むなら、僕はどんなことでもするよ。勉強だって一緒にする」
王女を国の駒にすることのない国を作ればいい。
「君なら、絶対に出来るよ」
君は誰よりも賢く美しい、この国の姫。この国の国花で呼ばれる、唯一無二の国民の宝物。
「白薔薇姫、どうか賢君に」
君がその気になれば、どんな者だって跪かすことが出来るだろう。
君がその気になれば、王になることだってきっと容易い。だって君は、誰よりもこの国を愛し、民を慈しんでいるんだから。
その自覚があろうとなかろうと、君はどこまでも『次期王』なんだよ。
「そのために、王様は僕を君に遣わしたんだよ。僕なら、君と競ってもきっと遜色ないって」
実のことを言えば、三歳年下の彼女の勉強相手なんて……と始めは思っていた。いったい、三歳も年下の彼女に何を教えればいいのか、と。しかしそれも杞憂に終わった。
何せ自分が習得していること全てを、彼女は既に自分のものしていたんだから。
自分が彼女に勝っているのは、ほんの少しのことでしかないと分かった瞬間、自分は必死に勉強をしたのだ。実は。
もともと嫌いでもなかった勉強に力を入れ、家庭教師が感心するほど集中した。父に苦笑いされるくらいだ。
彼女に追い抜かれたくなくって、彼女に追いつかれたくなくって。せめてもう少しだけ、彼女に教えたくて。
「さて、帝王学だけどね。――ティア、才能ないねぇ」
「なっ」
「僕に負けるのが怖くて、帝王学を学ばないの?」
負けず嫌いの彼女のことだ。こういえば、もう落ちるのはすぐそこに来ている。
「ま、負けるっ?! わたしが、アレクに?? そんなことあるはずないでしょうっ!!」
「でも、王様が言ってたよ。『ティアに教えてやって欲しい位だ』って」
カァっと赤くなった白い頬が、可愛らしく、あぁ、またやってしまったと思う。
可愛すぎて、ついついからかってしまうのは自分の悪いくせだと自覚していた。まったくもって、反省しないのは自分であったらしい。
「いいわよっ。やるっ!! アレクに負けないくらい勉強して、父様を見返してやるわっ!!」
表向きでは『お父様』、だけど本当は『父様』。そんな違いを知ったのはつい最近のことだけど。
「さぁ、王様はどういうかな? 生半可なことじゃ、見返せないと思うけど」
「どうすればいいの?」
ティア、君は自分が言いように遊ばれてるって自覚したほうがいいかもね。
「女王様になればいいんじゃないかな?」
君が女王様になれるまで、側にいるよ。