『口移しの嘘』
シリアスーな感じで、一つ。
「イヤよ!! 絶対にイヤ。独り大人しくここへ残るなんて、できるわけないでしょう。アレクはわたしの性格を忘れたの?」
産み月が近いのを心配した両親が、ティアを預かってくれると申し出た。それはよかった。
そこまでなら、ティアもここまで激昂したりはしなかっただろう。しかし、昨日と今日では状況が圧倒的に違っていた。
「わたしも城へ行く。ここで、まるで貴族のお姫様みたいに知らないふりはできない。だって、わたしは……」
王族を辞めたとはいえ、あの子のたった一人の肉親なんだから。
「ティア。たいしたことじゃない。ジークフリート様だって、ケンカを売りに来たわけじゃないんだから」
事の発端は、昨日届いた書状だった。
寒国―ロッラール―から来たそれには、ただ一言『明日、話があるため、伺う』とだけ書かれていた。そして、その差出人は前に来た、ジークフリートだった。
「分からないわよ! だってあのバカ王子よ!! 何しでかすかわかんないじゃない」
「君も、何しでかすかわかんないよ。俺には……。お願いだから、ここにいて。何も心配しなくていい。ただティアは、自分と子供のことだけを考えて。それ以外は、何も考えなくていい」
君はもう、王族じゃないんだから。
そう呟くと、ティアは泣きそうな顔をした。自分は、言わなくてもいいことを言ってしまったらしい。
彼女が一番衝かれたくないところを、一番衝かれたくないタイミングで口に出してしまった。
「わたしはっ、確かにもう、王族でもなんでもないけど、だけどっ!! また、争いが起こるなんてイヤだ。
シエラに、あの子に民の命を背負わせるなんて絶対、させたくないっ。何百人もの命を背負うには――あの子は若すぎる」
ぽたり、とティアの瞳から涙が零れ落ちた。
ぽたぽたとそれは頬を伝い、締め付けのないドレスに落ちる。
目立ち始めた腹が、この少女は王族ではないと知らしめるのに、どうしてだか彼女が『女王』に戻った気がした。
「君は、シエラ様が王位に就くことに賛成した。大臣たちが『若すぎる』と言ったのを、一蹴したんだ。『自分も若かった』と。
そう言ったね? ティア。それなら、今の発言は君らしくない」
『ティアらしい』とか、『ティアらしくない』とか、多分自分が一番嫌いだった言葉を今自分は口に出している。
何をもってして、彼女らしいのか、どうだから、彼女らしくないのか、不思議でたまらなかった言葉を、自分は口から出していた。
「もう、シエラ様は若くない。君が王位に初めて就いたときより、大人になってる。
君が民の命を背負ったときより、ずっと色んなことを体験している。ティアは、シエラ様を信じてないの??」
そっと抱きしめると、そうじゃない、と涙声で言う。興奮した体を落ち着けるように、イスへ座らせて、彼女のそばへ跪いた。
膝へ置かれた手を握り締めて、そっと腹へ顔を寄せる。母が興奮しているのに、中の子供は静かに鼓動しているだけだ。
「わたしは、民の命を背負うことが、戦争に出れない自分ができる、最善のことだと思ってた。だけど、あの子は違う。
この数年で、成長して、いろんなことを考えて、学んでた」
姉さま、と呼んでいた声が、今はもう遠い。
半分だけ血のつながった、可愛くてしかたがなかった弟は、自分がこうやって幸せに浸っている間に大きくなり、自分の身長をとっくに越えていた。
それを語る彼女はどこか寂しそうで、それでも嬉しそうだった。彼女の弟は病弱で、いつも彼女の影に隠れているような存在だった。
強く、美しく、立派なリシティア姫と姉弟とは思えない、目立たぬ存在。
「この前、会ったとき、シエラは毅然とした態度で言っていた。『もし、戦争が再び起こることがあったら……』」
ティアが言葉を切って、ドレスのすそを握った。泣かないように唇をかみ締め、それから震える声で搾り出した。
「『僕は、前線に出ようと思います』って」
そんなことできはしない、と言ったわ。
ただでさえ少ない王族を、これ以上減らすことなどできはしない。それは結局、この国を衰退させることにしかならない。何の得にもなりはしない。
「それでも、シエラは言うのよ。アレク。あの子は、わたしとまったく違う信念を持った目をして、こっちを見るの。
『姉さまはそうなさろうとしなかった。民の苦しみを、その命を背負うことでしか分かろうとなさらなかった』って」
命を背負うことは、簡単なことではない。たった一人の命を背負うことでさえ、人にはひどく辛く、苦しいものだ。
部下を持つ自分だって、命を背負うことはある。戦のたびに死んでいく騎士たちの命を、兵士たちの命を、彼女は背負い続けているのだ。
王族を辞めた今も、その重荷を下ろそうとはしない。
「王族の、使命は、戦場に行って死ぬことじゃない。まして、兵士とともに戦うことでもない」
戦は民と国を守るための、一つの方法にしか過ぎないのだ。一番愚かしく、手っ取り早い方法と言っていい。
民だけのことを考えるなら、最もとってはいけない手段。だけど国を守るためならば、いつかはとらなくてはいけない手段。
「民の命を犠牲にしてまで、守らなくてはいけない国にしなくては、いけないのよ」
もしこの国が、レイティアを信じていないのなら、ここまでする必要はない。
神を信じないのなら、それから続く王族などなんの意味も成さない。
しかし、この国は『信じている』のだ。レイティアも、神も、王族の血も。
「王族の血があるから、この国は成り立っているのよ。アレクなら、それくらい、分かるでしょう?
この血は絶やしてはいけない。この国が神がいらないというまで、王族は必要ないと、声を上げるまで。もしくは……寒国のような者がこの国を支配するまで」
そのためなら、わたしはどんな手を使ったっていい。どんなにこの手が血にまみれてもいい。あの子が苦しまないなら、自分が悪役を演じたっていい。
彼女の瞳は強く輝いた。『王族』の目だった。ここ最近、全く見る機会のなくなっていた、リシティアの目だった。
「ジークとはわたしが話します。戦の話じゃないとも限らないし、そのほかの話でも、シエラよりはうまくことが運べるでしょう」
以前、彼と話して勝ったのはわたし。ジークじゃない。
『わたし』が勝ったんだ、と彼女は言う。
「ティア。もう一度言うけど、君はあのときの『リシティア・オーティス・ルラ・リッシスク』じゃない。君は俺の妻で、俺の子供を身篭っている。
それなのに、君は王族として『彼』と話すの? 民のために、自分の身を危険に晒すの?」
冗談じゃない、と思う。ジークフリーとにされたことを、忘れたわけではないだろう。
あのとき、ティアの腰にあいつの手が回されたとき、自分は一生彼を許せないと思ったくらいだ。
ぐっと唇をかみ締めるティアの体を抱き寄せて、『ダメだよ』と呟いた。
「珍しいのね。いつもは、アレクが譲るのに。今回は、許してくれない」
「普段君の言うことに反対しないのは、大抵のことは君が正しいからだ。俺よりずっと、先を見ているから。
だから、ティアの言うことに反対しようとは思わない。たとえそのとき、間違っていると思っても、結局最後には正しいと認めてしまうから」
いつも、彼女は正しい。
悲しいくらい、彼女は正しすぎるのだ。
それがいけないことなのかどうか、自分には分からないけれど、その正しさがいつももどかしくて、寂しかった。
「今回も、結局わたしが正しいのかもしれないわ」
「正しいのかもしれない。だけど、それを俺が許せるかどうかは別問題だ」
正しくても、間違っていても、関係ない。
ただあいつに会わせたくない。
触れさせたくない。
辛い思いはさせたくない。
「君はもう、十分王族としての使命を果たしたはずだ。ジークフリートに会ったときも、それからそのあとも。
これ以上、ティアは何をするの? やっと手に入ったこの幸せを壊してまで、ティアは何がしたいの??」
一度手を離せば、自分たちは再びこうして暮らすことはできない。
「君が王族に戻りたいなら止めない。だけど、王族に戻る気がないなら……っ」
王族に戻る気がないならどうか、何も言わずここにいて。
もう政なんかに参加しないで。
離れていかないで。
王族である『リシティア』に近づいていかないで。
『ティア』だと言うなら、王族ではないと言うなら。
「アレクは、まだ分からないのね。わたしは、王族ではないし、戻りはしない。もう、戻れないよ。
国を裏切ったんだもの。民を捨てて、あなたと一緒にいたいと思ったんだから。もう、民が一番だった頃に戻れはしないんだよ」
だけど、あなたが言ったとおり、それとこれとは別ものだわ。あなたが許せないように、わたしにも許せないことがある。
「こういうときに、知らんふりをするために王族を辞めたわけじゃない。
何も知らず、のうのうと安全なところに隠れているために、あなたと一緒にいるんじゃない。分かるでしょう? アレクなら」
分かるよ。
分かるから止めたいんだよ。
いっそ分からなければ、幸せなのに。自分も、君も、あまりに互いのことを知りすぎているから。だから、こんなに互いのことを思うと辛くなるんだ。
大切だと思うより早く、深く、互いのことを理解してしまう。
自分が、何をしようとするか。彼女が、何をしようとするか。
「ティア。ごめん。ティアの言いたいことも、信念も、理解してる。よく分かってる。だけど、ごめんね。
『僕は君が好きだよ』」
ティアが、目を見開く。
それは遠い昔、自分が彼女に言った言葉だ。まだ自分たちの立場をよく理解していなかった、いや、理解しようとも思わなかった時代の話だ。
もう、途切れ途切れにしか思い出せない、だけど確かに鮮やかな昔の話。
「『どんなことをしてでも、守るよ。ティアが、大好きだから』」
卑怯なことをしている自覚はある。
彼女の心を、ズタズタに引き裂いている自覚もある。
だけど、どんな手を使っても、彼女を城に行かせたくなかった。
「だからねえ、ティア。
『信じて』」
「……っ!!」
パン、と頬を張られた。
その細腕からは想像できないくらい強い力で、思いっきり。それでも、頬は痛まなくて、逆にティアの顔を見て胸が痛んだ。
今にも泣きそうな顔をしながら、『絶対に泣かない』という意地を貼り付けていた。
涙の残る瞳に、新たな涙を浮かべながら、それでも絶対に流さないようにと。唇をかみ締めていた。
「そんなこと言われたら、わたしはっ!! わたしは、ここにいるしかない!!
アレクが『信じて』って言ったら、信じるしかなくなる。何も、できなくなる……。ズルイよ、アレク。どうして、そういうことを言うの??」
一番ずるいのは、自分。彼女が、自分を信じていると知って、『信じて』とわざわざ口に出して頼むのだから。
それではまるで。
「今のままじゃ、わたしが、アレクを信じていないみたい。『城に行く』と言うわたしが、アレクを信じていないみたい」
「ごめんね。ティア。ティアが好きだよ、大好き。誰よりも、大切なんだよ。
傷一つつけたくなくって、少しでも危険があるなら遠ざけておきたくて、何にもかかわらせず、今までの分を埋めるみたいに、幸せになって欲しい」
だけどそんなの、自己満足でしかない。
現に今だって、彼女の幸せだと言いつつ、泣かせているんだから。
彼女の幸せなんて、誰にも分からないのに、自分は分かったふりをして彼女に『自分の思う幸せ』を与えている。
これから彼女は、自分が出て行ったあと泣くのだろう。自分にも見せない涙を、一人で流すんだろう。
たった一人で、使用人にも近寄らせず、涙をぬぐうのだろう。もし城であの書状の内容が分かっていたなら、彼女は泣いていなかったのに。
どうして間が悪いことに、エイルとの会話を聞かれたのだろう。あれだけ、彼女にだけは知られたくないと思っていたのに。
「今、自分を責めてるでしょ。どうしてわたしに知られたんだろうって、知られなかったらわたしは知らないままここにいたのにって」
「どうして分かったの? でも……、どっちみち知られて、こうやってティアを悲しませたのかなって、ちょっと思う」
情報収集が得意な彼女に、隠し事はできない。どんなことをしたって、知られてしまうのだ。
特に今回は、寒国の王子の訪問だ。そんな大事、国中に知られてしまうだろう。それも一日中に。そうしたら、時間の誤差はあろうと、こうなることは目に見えている。
「どっちみち、知られてしまうなら、早いほうがよかった。ティアが城へ来た後だったら、どうにもならないから」
城での自分たちの立場は、未だにティアのほうが上だから。気分的な意味でだけど。
あそこでは、自分は彼女の騎士に戻る。立場も、想いも、あの頃に戻ってしまう錯覚に陥るだろう。彼女には、城の白い壁がよく似合うから。
「おいで、あと一刻もしないうちに、迎えが来るから、それまでこうしていよう」
彼女を抱き寄せて、金糸の髪に唇を落とす。
なるべく体に負担がかからないように抱きしめるのは、存外に難しい。そのとき、コンコン、とノックされ、『お茶をお持ちしました』と声が聞こえる。
彼女が興奮することが分かっていたので、頼んでいたのだ。半刻後に、持ってきて、と。
「随分、用意がいいのね。わたしを説得する自信があったの?」
「いや?」
このお茶は保険。もしものときの、最後の手段。
それは言わず、お茶を含む。彼女のあごに手を沿え、口付けた。甘いお茶は口を経由して、彼女の中に入っていく。コクリ、と彼女の喉が動くのを確認して、唇を離す。
けほり、と短いせきをして、彼女は口を押さえた。そして恨めしそうにこちらを向く。
それを笑顔で流し、もう一回いく? と聞くと、『結構よ!!』と低い声で怒られた。彼女の声はよく響いて、少し怖い。
「ティア」
この名が愛しいと、どうしたら分かってもらえるだろう。
たとえどんな手を使ってでも、守りたいと、どうしたら理解してもらえるのだろう。
だけど、そう思うと同時に、分かってはいるのだ。
彼女がどんなに自分のことを想っているか、分からない自分も彼女とそう変わりはしないのだ、と。
「アレク、このお茶。あなたにとって、最後の手段だったの?」
あぁ、もう分かってしまった。だから、彼女は聡すぎるのだ。だから、騙そうなんて思えないんだ。
そう思いつつ、彼女の言葉を封じるためにもう一度口付ける。肌を合わせるだけの、今では随分味気ないとも思ってしまう口付け。
「わたしが、説得に応じなかったら、こうしようと思ってたのね?」
そう。もし、彼女が説得に応じなかったら、そのときは。
嫌われる覚悟で。
「眠り薬入りのお茶を、飲ませようとしてたのね」
「そうだよ。一回、ティアが女王のときに使った手だから、ばれるかと思ってたけど」
本当にばれてしまった。まぁ、口移しで、強引に飲ませようと思ってたから、ばれるのは別にいいんだけど。
「即効性があるの?」
「ううん。ない。眠くなるけど、すぐ寝ちゃうわけじゃない。だけどそうだな。判断力は落ちるから、その状態なら説得できるかな、と」
最低だね、と苦く笑う彼女の顔をまともに見れない。
事実だから。言い訳のしようがないから。
「ちなみに自分は、解毒剤を飲んでた、と」
「毒みたいな言い方しないでよ。ちゃんと体に害はないようにお願いしたんだから。エイルがいっつも使ってる手」
プルーは無理しすぎるから、こういう手も必要なんだよ、と帰り際に小瓶を渡した同僚のことを思い出す。
まぁ、あとで平手ぐらいは覚悟しておいたほうがいいぞ、と危険な任務の後には必ず頬を腫れさせてくる友人の痛々しい顔が浮かんだ。
自分もああなるのかと思うと、少々背筋が凍る。
「アレク、ここまでするのは……わたしのことを、大切に思っているからよね?」
確認するような声に、『そのほかに何があるの?』と聞き返す。
『そうだよ』とはっきりと答えられない自分は、あいも変わらず卑怯者だ。だけどそれをティアに晒すような事態はなるべく避けたかった。
「そう」
まるで吐息のような声を出し、ティアは眠そうにゆっくりと瞼を下げては上げる。
その繰り返しを見るうちに、自分も眠くなりそうだ。できれば、明日は一緒にベッドに入りたいな、と思う。ジークフリートが持ってくる問題の大小に関わるけれど。
「ティアが、俺がいない間に泣くのはイヤだから」
泣く暇もないほど長く、夢にも出てこないくらい深く、自分が帰るまでは眠っていて欲しい。そうすれば、彼女が泣くとき、自分は側にいることができる。
側にいる以外は、何一つできない自分だけど、いないよりはマシだと思う。そう、自分勝手に願っているだけだけど。
「アレクがいなくなると、自分を責めそう?」
「もう自分を責めてるような顔をしてるから。このことは謝らないよ。自分勝手だけど、ティアのためだって、言い張らせて」
眠ればいい。
何もかも忘れて。何も考えないで。ただ愚か者がするように、無邪気に、何一つ、心に留めることなく。
「あと、一刻は側にいるよ。だから、寝て。そうしたら、ティアは痛くない」
「アレクは、痛いままでしょう? アレクは、自分を責めるでしょう?」
彼女の聡さは、時として罪になると思う。
その聡さに救われている自分だけど、もう少し、愚かでもいい気がしてきた。どのみち、自分が彼女から逃げるすべはないのだから。
眠そうな彼女を膝の上に抱き上げ、彼女の代わりに椅子へ座る。
それから髪に顔をうずめ、温かい体温を確かめるようにそっと力を込める。彼女が壊れないように。彼女を守るように。
「ティアが痛くないなら、俺は痛くない」
「嘘ばっかり」
本当だよ。
君が傷つくことが、何より怖くて痛いんだよ。
だから、そんなふうに言わないで。
「おやすみ、ティア。どうかいい夢を」
額に口付けて、そっとベッドへと運ぶ。
一人で寝るには随分と広いベッドに彼女を横たわらせて、髪を撫でる。まだ寝顔は幼い。いつまでも王族のときのまま。
この寝顔を見るのが、本当に幸せで、でも悲しくなる。
彼女はどこまでも王族なのだと。
血肉が朽ちるそのときまで、もしかしたら朽ちてさえ、王族のままなのだ。それは魂に刻み付けられた、何かのせいなのかもしれない。
自分がティアに惹かれて、全てを守りたいと思うのと同じようなものなのか。
「ままならないね。ティア。俺たちは、一生このままなのかな」
何かある度に、自分と彼女の違いを再確認し、全ては手に入らないと自覚しなくてはいけないのか。彼女の全てを手に入れた、と誤解する自分への戒めにしては、少々痛すぎる。
「ティア。お願いだから」
一瞬でもいいなんて言えない、ほんの少しだけでいいなんて、もう考えられない。
「君の全部が欲しい。王族であった部分まで含めて、全部ちょうだい」
どうか君を手に入れたと、思わせて。
どうせ幻想なら、覚めないほど深く甘いのをちょうだい。
嘘でもいいなんて、口が裂けても言えないけど、だけどどうせ手に入れられないのならば、甘い夢を見せて。
そうならば自分は、現実世界なんていらないから。君が手に入るなら、夢の世界で生きるのもいいと思えるから。
中途半端に手に入って、全部を手に入れたつもりになって、そしてときどき、一番肝心なところで奈落へ落とされる。
そんなの耐えられないから。それを何度も繰り返すのは、自分が辛いから。
「愛してる」
どうかこの言葉で、彼女を縛れますように。
もし願いが叶うなら、彼女の身も心も、何もかもを縛ってしまいたい。どこにも行かないように、国の様子なんて見えないように。
罪深いって、知ってるよ。そう呟いて、寝室から出た。せめて彼女が泣くまでには、帰って来たいと思いつつ。