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姫と騎士  作者: いつき
続編
44/127

第43話 『幸せの単位』

 まるで壊れ物に触れるかのような、優しい口付けに涙が出た。

 『愛してる』なんて言葉では伝え切れそうにない思いが溢れるように、涙が頬をすべる。

 あぁ、もう化粧が落ちてぐしゃぐしゃだろう。せっかくの記念日なんだから、せめて綺麗でいたかったのに。

「……愛してるよ」

 一度も言ったことがない言葉を口にした。

 ありがちな言葉で、それだけではきっとないだろうはずの想いが胸を締めているのに、その言葉以上に心を伝えられる言葉をわたしは知らなかった。

 大臣たちを黙らせる話術も、各国の代表と話すことに使う様々な異国語も、今の想いを正確にアレクへ伝えてくれそうにない。

 一番近いと思って口に出した言葉でさえ、口に出した瞬間に“そうではない”と思ってしまった。

 だけど、やはりこの言葉以外に思いつかないのだ。

「国より、民より」

 ずっと口に出すのが怖かった。

 “言ってはダメだ”と血が警告していた。

 それでも自分は結局、自分に負けて口に出した。どうしようもなく愚かな、元姫君。血を引き継ぐ器も、気概もなかった。

 そしてそれを継ぐだけの努力さえ、してこなかったのかもしれない。

 王族を辞めたという言い訳があるせいだろうか、前のようにひどく自分を責める声は聞こえてこない。

 ごく自然に、出てきた想いの欠片だった。

 想いの丈だった。それだけだ。

 国と民が大切でなくなったわけではない。

 それらが危険になればシエラの元へ行き、自分にできることをしようと思うだろう。必要とあれば兵を差し向け、再び失くした命を背負う覚悟だってある。

 ただアレクがそれへ参加すると聞けば、今度は泣き落としてでも止めるだろう。

 元王族としての威厳も責任も、全て捨ててまでアレクを引き止めるだろう。国と民の心配より、アレクの身に迫る危険を心配する、それだけだ。

 国と民のために、アレクの手を離すことができなくなったというだけのこと。

「ティアが、そんなことを言う日が来るとは思わなかった……って、前にも言ったっけ」

 こつん、とアレクと額があたる。

 そういえば、王族を辞めようと思うと言った日にも、確かそれに似たことを言われた気がする。

 そういう、顔をされたことを思い出す。一年前までなら、自分自身でもこんなことを口にする日が来るとは夢にも思わなかっただろう。

 実際、考えたこともなかった。いくらアレクが好きだとしても、そんな考えは出てこなかった。

 そっと祭壇のほうのレイティア様を見る。美しい像がこちらを見ていた。自分と血が繋がっているこの人に少しだけ罪悪感も覚える。

 国と民のために尽力したことの人の再来と言われつつ、この人のようにはなれなかった。

「そうね。わたしも、思ってなかったし、考えたこともなかったから」

 彼女に、許しは請わない。

 認めて欲しいと思わない。

 だけど、見届けて欲しい。あなたの子孫は、国を守ること以外でもちゃんと幸せになったと。国と民のために命を使わなくても幸せになれると。

「ティア、幸せ?」

 アレクがわたしの心を読んだように問いかける。そんな不安そうな顔をしなくてもいいのに。

 返事の代わりに手元にあるブーケからスズランの花を一つ抜き取り、アレクの胸ポケットへ差し入れた。ブーケを右手へ持ったまま、アレクの首に手をかける。

 身長差が大きいので(悔しいことに)、アレクは屈み、わたしは精一杯背伸びする。

 こういうとき、ペチコートもコルセットも付いていないドレスは便利だ、と思いつつ、アレクへ抱きついた。アレクが危なげもなく抱き上げてくれる。

 ここまでしても、まだ彼は分からないのか。まだ彼には伝わらないのか。

「幸せよ」

 はっきりと告げる。教会中へ響くように。嘘偽りがないことを証明するように。

「レイティア様に、喧嘩を売るくらいにはね」

「はっ?」

 アレクが首をかしげる。その理由はしばらく教えてやらないことにする。

 やっと結婚したのだ。話をする時間はきっと今までより多くなるはずだから。そんなに慌てて何もかもを話す必要はないだろう。

 自分たちはもう、王女とその騎士ではないのだから。

「なんでもない。幸せって、言いたかっただけだから」

 アレクの頬へ、額へ小さな口付けをする。どうか彼も、幸せでありますようにと願いながら。

「今度……」

「え?」

「今度ちゃんとドレスを着て写真を撮ろう。やっぱり惜しくなった。いつもパーティーで着てるシンプルなドレスでも十分綺麗だって思ってたけど、まだウエディングドレスは見たことないし。

一度くらい、真っ白なドレスを着たティアを見たいし。その姿をちゃんと残しておきたい。そしたら、何年後でもまた見れる」

 やっぱり、きちんとした記念日みたいな服装のティアが見たい、とアレクは笑って言った。

 でも妙にまじめな顔になって言うので、ついおかしくなって笑ってしまう。そんなにドレス姿が見たかったのだろうか。あまり変わらないと思うのだが。

 なんせ、中身はいつだって変わらないのだから。

「昔からの夢が叶う瞬間を、残しておきたいの」

 みんなのお姫様を、自分だけのお姫様にすること。それが、ずーっと小さい頃からの夢。

 そう言って、あまりに幸せそうに笑うから、写真を撮るときは真っ白なウエディングドレスを着て、世界で一番幸せそうに美しく笑う努力をしようと思ってしまった。

 とびっきりの笑顔で写ろう、なんて考えるだけで幸せだと、そう思った。

 ずっと一緒にいよう、いつだったか、とても昔、言われたことを思い出す。

 確かに自分はそれに答えたのだ。『一緒にいよう』と。それが今叶っていると思うと、自分から彼へキスするくらい嬉しくなった。


                                            ~END~

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