表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫と騎士  作者: いつき
続編
42/127

第41話 『真』

「お迎えに上がりました。リシティア様」

「セシル。お願いだからやめてちょうだい。その呼び方」

 ティアがうんざりとしたように頭を振ったのと同時に、髪が空気を孕んで揺れた。

 さらさらと衣擦れするような音がする。彼女の美しさは、何も王族だからではなかったのだと思いつつ、セシルは手を差し出した。

 ティアは小さく迷って手を預ける。音もなく二人は歩き出し、話を続けた。

「アレクの代わりですが、残念ですか?」

「とんでもない。次期ボールウィン家の当主様、御自ら足をお運びいただいたんですもの。ただの小娘一人のために。勿体無くて、声も出ませんわ」

 怒らせてしまったようだ、とセシルは苦笑いした。

 自分はもう敬語を使われる身分ではない、と彼女らしくもなく主張している。よくよく見れば、その表情もどこか幼い。


 あぁ、そうかとセシルは声に出さず納得した。


 年不相応な彼女の大人びた振る舞いは、本来の姿ではなかったのだ。

 それに気付けたのはただ一人。アレクだけだったと思うと、まともに顔が見れなくなった。

 自分も確かに、幼い頃ティアと遊んだのに、あの無邪気な笑顔を見ていたはずなのに。

 自分も大臣たちと同じように『リシティア姫』のみ愛していたのかと、セシルは小さく思った。

「ティア。幸せ?」

 これを聞くために、ティアの迎えを引き受けたのだ、と唐突に思い出す。

 これは、大臣のみならず、国民全員の関心ごとだった。誰よりも国と民の幸せを願った彼女の幸せを、今度は民全員が願っていた。

「どうしたの? 急にそんな質問」

 ふふっとティアが嬉しそうに笑った。照れくさそうに、の間違いかもしれない。

 セシルはそっと笑い返す。小さい子どもがするように、ぎゅっと手を握り合う。

 幼い頃でさえ、そんなことしたことがないのに、と二人は同時に思った。男女の三歩程度の正しい距離も、今は忘れることにしよう。

「幸せよ。すっごく。

国と民を裏切ったなんて、言われなくても分かってるけど、それでも幸せだと思うの。今までのわたしからは想像できないような言葉と思うでしょ? 

でもね。事実なの。本当に、幸せ。心の底から、今そう思っているの。アレクと一緒にいられて、幸せだなぁって」

 ゆっくりと、それは花が綻ぶように。

 他国の代表へ向ける、ただ正しいだけのものでもない。

 民へ向ける、慈愛に満ちたものでもない。

 ただ心底嬉しそうに、その事実を愛しむように、笑顔を作る。

 今まで誰も見たことがないような、誰が見ても分かるような、幸福の証。

「珍しいものを見たな」

 独り言が口から出る。それを聞いて、ティアは不思議そうに小首をかしげた。その様さえ珍しく、口元に浮かぶ笑みを隠すことに苦労した。

「え?」

「いや。アレクへの自慢の種ができたと思って」

 セシルが嬉しそうに笑って、ティアの手を引っ張った。ティアが慌てて前へ歩く。

 パタパタと淑女らしくない足音が廊下に響き渡った。アレクはきっと、まだこの笑顔を見ていないだろうと思いつつ。

「アレクは、君を守れると思うかい?」

 その笑顔が曇らないように、その瞳から涙がこぼれないように。

「どうかしら? セシルの弟だから」

 クスクスと、嬉しそうに笑うティアの顔を見て、そっとセシルは願う。

 どうか、二人が幸せでありますように。たとえ喧嘩をしても、問題が降ってきても、二人で歩くことを止めないように。

「ひどいな。グレイスのためにいつも頑張っているのに」

 守れているとは、言えない。

 泣かしたことがないとも、言わない。

 だけど努力しているということは、胸を張って言えるから。自分の弟がそうであるように、自分もまたそうなのだと。

「セシル」

「うん?」

「あなた幸せ?」

 もしかしたら、ティア自身も不安なのかもしれない。

 王族として生まれ、育ち、生きて……そして死ぬとずっと思っていただろうから。どこかの国へ嫁ぎ、国を離れることはあっても、王族を離れることはないと信じていただろう。

 自分たちも、そうだと信じて疑っていなかった。

「幸せだよ。いっそ、怖いくらい」

「そう。ならば、わたしも数年後、そう言えるのでしょうね。アレクは、あなたの自慢の弟なのだから。あなた以上に、きっと、わたしを幸せにしてくれるんでしょう」

 気高い姫君は、ただの少女に戻り、恋した男の下に嫁ぎ、そして母になる。

 多分、ティアは自分の子が王位継承権を持つことに反対するだろう、とセシルは思いつつ、ティアの手を握りなおした。

 この様子を見た弟の顔を想像し、少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。

「十年越しの恋が叶うわけだ。長かったね」

 ――長かったわ、とティアが笑った。

「だけど。今幸せなら、それもよかったかな、と思ってるの」

「そう?」

 願いが叶うなら、どうかずっとずっと、二人が離れることがないようにと祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ