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姫と騎士  作者: いつき
続編
41/127

第40話 『虚』

「気分はどうだい?」

 振り向けば、にこやかな笑みを浮かべて兄がいた。


 セシル・ボールウィン。


 我がボールウィン家の長子であり、父が身を引けば当主になる人物だ。淡い煙ったような黒髪と、鮮やかな青色の瞳は自分とはまるで違う。

 その容姿ゆえの苦労を知っているので、小さな頃は顔を合わすことが嫌いで仕方がなかった記憶がある。

 長男の彼には、ボールウィン家の当主に引き継がれたはずの黒髪も黒目もない。

 闇より深く、濃い色は何人にも染まらぬ孤高の証。どんな権力にも決して屈しないという、無言の表れ。

 ゆえにその色さえ持たぬものは、後継の候補にさえ選ばれることはない。

 その事実は、物心がついた直後には既に叩き込まれていた。周りの親戚全員が、口をそろえて俺に言っていた言葉だったからだ。

 そして、その色が自分自身にしかないということも、嫌と言うほどよく知っていた。

 これもまた、つまらない親戚が口々に言っていたからだ。その事実が、煩わしくていけなかった。

 だが父は、『優秀であれば、セシルに位を譲る』と断言していたので、少し安心もしていた。少なくとも、兄が跡を継ぐ可能性のほうが遙かに高いのだと。

 自分より、努力をしている兄が跡継ぎになるに決まっていると。

「悪くないです。むしろ、いいくらいだ」

 だから、ティアを守ろうと騎士になったときの安心はすさまじいものがあった。

 これで兄に罪悪感を覚えずに済むのだと。

 予定通り、兄が跡を継ぐのだと。自分はもう、跡継ぎ候補でさえもない。ならば、跡継ぎを決める方法なんて、どうでもよかった。

「それはそうだろうね。誰のものにもならないだろうと思われていた、我らが姫君をこの城から奪い去っていくんだから。気分が悪いはずがない」

「やめてください。情報が外へ出るのはなるべく避けたいんです」

 優しく努力家な、そして誰より後継者にふさわしいこの人の心を傷つけずにすむ事実がありがたかった。

「皆知ってるよ。誰に取られるかなんて。それよりもう、ボールウィン家こっちへ帰ってくるんだろう? ティアは王女でも女王でもなくなった。お前が騎士である理由はなくなったんだ。

家へ帰っておいで。お前になら、次期当主の座を譲っても、文句は言われないだろう。神童、だからね」

 傷つけずに済むと、そう思っていた。

「俺に、そのつもりはありません。シエラ様のこともありますから。それに、今年四歳の後継者を持った兄さんの方が、何かといいと思いますよ。体面的に」

「あぁ、男の子がいるというのは重要だけど、ティアにできないと決まったわけじゃないし……。そうか。完全に王族を辞めてないから、ティアの子は王位継承権を持つのか。

シエラ様のとこに子どもができなければ、男の子でも女の子でも、王位に就いてしまう」

 兄が手を打って納得し、相互を崩した。とても柔らかな、父と自分にはちょっとできないような笑顔。

「お前が必要なときには、頼れるようにはしたいと思っている。だから帰ってきなさい。

お前が当主になりたくないのならそれでもいいけど、名門公爵家の名の方が、ティアを迎えるとき安心だから」

 ――ティア、と兄が彼女のことを呼んだのは幼いときの数年間と、ここ数年だけだと思い出した。そしてその響きが、自分とは少し違う色を映しているということにも気がついた。

「愛するティアのためだからね」

「奥方に言いつけますよ。兄さん」

 その言葉を聞き、兄は笑い出す。思ってもみないことを言われたらしい。

「大丈夫。グレイスは知っているし、グレイスだってティアを愛してる。僕たちは『民』だからね。

愛することを止めないし、止められないようにできているんだよ」

 だけど、これはお前のとは違うのだろうね。

「民が彼女に持つ愛は美しく、敬愛の念に満ち溢れている。お前の持つソレみたいに、穢れてはいないんだよ。アレク。

僕たちの持つ愛は、お前が持つのとは違う」

 ずきり、と小さく胸が痛んだ。その表情を見て兄は笑う。

 父に似て、性格が悪い。やはり父の後を継ぐのはこの人だと思った。自分では狸度合いが足りないはずである。

「だけどね、アレク。よく聞きなさい。民が持つ愛は軽くて、儚い。脆くて、弱くて、案外安い。お前のように、甘く深くない。まぁ、重くないとも言えるけど。

少なくとも、ティアが強くあってもなくても、アレクには関係ないだろう」

 つまりはそういうことだ。

「あまり」

 むしろ弱くていいと思う。泣けばいいと思う。情けない自分はそういうときでしか、彼女の力に離れないのだから。そういうときが少しはあればいいと思う。

「民は違うからね。強くて、美しくて、聡明な……ある意味冷淡な白薔薇姫を愛している。

女神であるレイティア様の再来と謳われ、崇められている『リシティア』王女を愛しているんだ」

 お前しかいないんだよ。ティアを“ティア”として愛せるのは。王族の彼女には本来いらないはずの存在だけど、それでもお前が必要だと、彼女は思った。

 それならば、お前は。

「彼女を心の底から愛さなければいけないね」

「心の底から、愛してますよ」

 何よりも、誰よりも、それは……言葉で伝えきれないほど。

 この心全てを愛することに費やしても、まだ足りないほど。どうにかして、埋めてしまいたいほどソレは強く、執拗に。

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